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自己紹介

 今、私は上体だけ起こして、ニコルにハーリナ粥、前世でいうオートミールだ、を食べさせてもらっている。

 全く動けない上に怪我を拵えたせいで、集中すれば、声を出したり、咀嚼はできるが、他は動かすことは出来ないのだ。

 立場が逆転して、気恥ずかしい気分であるが、自業自得だ。仕方がない。

 私の口に匙を運びながら、ニコルはこれからの生活について説明してくれた。


『ここは、貴女のご実家の麓にある森林の近くです。まぁ、先ほど確認したようですが。』


 ニコリ、じゃないニコルは、笑顔でそう宣った。ハハッと乾いた笑いしか出てこない。


『この家は、私が貴女と住むために作りました。邪魔する者はおりません。』


 何の邪魔だ、と内心ツッコミながら、この部屋のドアの向こうで、多分腕を組みながら、指をコツコツ叩いている者の方を見遣った。

 ニコルは私が察していることに気づいたのだろう。


『そいつのことは、ない者として考えてください。』


 と、言い切った。しかし、ニコルは少し考え、ハァと溜息を吐いた。

 そして少し苦い顔をして口を開いた。


『誤魔化すのはやめます。……ドアの向こうにいる者は、私の秘書のようなものです。名はシュワル・ストルガツキー、人間です。私が未熟である為に、ここにまで付きまとってくるのです…。』


 ニコルは視線をおとして、匙で皿のなかのハーリナ粥を集めている。


『どうして、誤魔化すことにしなかったの?……多分、気にはしなかったよ。蕁麻疹は出るかもしれないけど。』

『貴女を、完全に手の中に閉じ込めることが、私の一番の理想です。』


 は?突然どうした。

 開いた口がふさがらないとは、このことを言うのか。私はポカーンと、ただニコルの次の言葉を待った。


『しかし、それは今のところ、現実的ではありません。残念なことに…。』


 現実的でないことなど、当たり前だ!

 そして、全く残念ではない!

 ニコルの脳が残念すぎるのだ。

 順に突っ込んでいったら、ニコル節が炸裂した。


『貴女の意思で、私の手の中に留まって頂かなければ意味がありませんから。その為には、私自身だけではなく、その周囲のことも知って頂くことが、遠回りですが着実な方法です。』


 ニコルはそう言って、最後のひと匙を私の口に運んだ。


『私が貴女に触れて、もう蕁麻疹など出ないでしょう?』


 私はそれを咀嚼しながら、確かに、と思った。

 しかし、何故だろう。その事実は限りなく危険な気がする。

 ニコルは私の様子を見て、優しげな笑みを浮かべ、頬に触れてきた。


『見ていきましょう、少しずつ。お連れしますから。』


 そう言って、私の手をしっかりと握った。


  一時でも育てた子に、覚悟しろと言われたのだから…。踏ん切りつけるためにも、知る努力はしないと、か。


『んー、分かった。じゃ、この国の言葉を知りたいから、何か本を貸してくれないかな?あとー、今私が喋ってる言葉とこの国との辞典とかある?』


 ニコルはそれを聞いて、目を細めうんうん、と頷いた。


『かしこまりました。私が古代語を学んだ時使った本を持ってきます。』

『こ、古代語!?』

『?、はい。今話されているのは古代語です。魔法学園で学ぶのですよ。』

『魔法学園!?』

『こんなに流暢になる程、学びませんがね。』


 私が話している言葉が、そんなに時代遅れだったとは…。

 前世でいう、高校時代に学ぶような漢文のようなものではないか、いや、それよりひどい。多分、甲骨文字を解読するレベルではなかろうか。


『魔法学園って、前にニコルと会った場所?』


 ニコルは私がそう言うと、顔を輝かせて頷いた。


『そうです!覚えて下さっていたとは!』


 ハハッと私はまた乾いた笑いしか出てこない。


『そりゃ、あんな再会されたらね。トラウマものだったよ。』


 ニコルは、どこに喜んでいるのか満面の満足そうな笑みで、両手で私の手を包んだ。


『トラウマでも、何でもいいんです。貴女の頭の中も私は独占したい。そして、貴女が何を感じ、何を考えているか、私も貴女を知っていきたいんです。』


 何だろう、これも藪蛇と言うのか?

 突っ込むのも疲れてきた。


『他に欲しいものや、質問はありませんか?』

『いや。もう頭いっぱい…。お腹いっぱい……。』


 実際、重量も増えたのではないだろうか。枕に頭が沈んだような気がした。

 ニコルは、そっと私の頭に手を添えて、身体を仰向けに寝かせてくれた。


『では、貴女について……。』


 そう言って、ニコルは私の額にかかった髪を梳きながら、また手を握った。


『私に、貴女を名前で呼ばせては頂けないでしょうか?』


 なまえ……。


 こっちに来てから、無いのが普通だったから、すっかり抜け落ちていた。


 なまえなまえなまえなまえ……。


 念仏のように、唱えてみるが前世の名前も何故か思い出せない。


『うーん、無いからなぁ…。お姉さんとか、おばさんとかでいいんじゃないかな?』


 私がそう言うと、ニコルは強く手を握りしめ、首を頑として横に振った。


『名前です。私は貴女を名前で呼びたい。呼ばさせて下さい。……無いならば、ご自分で付けてみてください。』


 自分で、か……。そこまでさせて呼びたいのね。


 私を一言で言い表すとしたら、何だろう…。


 そう思った時、一つの言葉が思い浮かんだ。


『クロ。』


 途端、小さく口に出ていた。

 自分で付けてみたが、中々良いのではないだろうか、と自画自賛、自名自賛する。

 もう一度、今度は、はっきりと口に出してみる。


『クロ、……うん。そう呼んで。』


 ニコルは、私の手を両手で包み込み、口元へと運んだ。


『クロ……、貴女の吸い込まれるような黒い瞳、そして黒く長く美しい御髪を表しているのですね…。これから私は、貴女をそう呼ばせて頂きます。そして、誰にも呼ばせない…。』


 最後の言葉は聞き取れなかったが、宣誓するかのように、ニコルは私の手の甲に接吻した。


『うん、じゃ改めて、クロです。よろしく…』

『ニコ、です。』


 間髪入れず、ニコル、改めニコは訂正してきた。


『うん、よろしく。ニコ』

『はい、クロ。』

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