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脱出未遂

 ニコルは私の額の髪の毛をかきあげて、そこにキスをした。


『すぐ戻りますから。暫くお身体を休めて下さい。』


 そう言って、催促する男と一緒に部屋を出て行った。

 ミッション開始だ。


 先ず、首が動かせるようになってきたので、部屋をぐるりと見回してみる。

 天井は高く、夜空の絵が描かれている。それは、ニコルとおじさんに会いに行った時の夜空だ。星々が天の川を遊泳している。

 壁にはニコルを抱いて駆けた山々…。冬の景色から順にひと季節分がグラデーションになって描き表している。

 たった三日間、けれど私の胸をいっぱいにするには十分であった。

 が、部屋の隅の方に人間の形をした、いや私に似た人形があった。そして、机の周りには、ニコルが描いたのだろうか、私の美化しすぎな似顔絵の描かれた紙が散乱している。

一気に頭を冷やすには十分であった。


 今、私の身体は長い間眠っていて殆ど動けない。宇宙飛行士が地球に帰った直後は車椅子生活を強いられるのと同じだ。使わない筋肉は萎縮してしまう。

 そして何より、私はずっと食物を摂取していなかった。


 すっごく疲れるけど、やるしかないか……。


 私は決心して、身体中に溢れるほどある何かを、どんどん筋肉へと行き渡せた。エネルギーがないと非常に効率が悪いのだが、思ったより簡単に眠る前の身体能力くらいを取り戻すことができた。多分短期間であっても、眠りにつけていたことが功を奏したのだろう。


  早く帰って、寝てしまおう。


 私は大きな窓を開き、外へと飛び出した。飛び出した途端、私は宙に浮いていた。


  やった!私、空を飛んでる!


 ビュンビュンと空中を八の字に回りながら、一気に実家へとひとっ飛び!

 と、思ったら見えない何かに顔から正面衝突した。

 鼻が潰れ、酷い顔がさらに酷い顔になっている。


 これは…、父上の結界だ……。


 ニコルの言っていたことは真実だったのだ。いや真実以上だった。

 それは私の心の臓を深く抉った。

 父上は、ドラグモンド国の国土全体に結界を張り、私が出られないようにしたのだ。


  そ、そんな…。


 心奥底の澱が湧き上がってきた。

 そして、湧き上がった澱に染められていく。

 私は叫びながら、その結界を殴り、蹴り、頭突きをする。見境なく繰り返し、血が出るまで繰り返し、意識がなくなるまで繰り返した。




 額に感触があって、目が覚めた。

 なんだろう、このデジャビュ。

 目の前には、ニコル。



 もう、見飽きた。

 父上に、会いたい。

 弟に、会いたい。



 そう、目を閉じれば、父上と弟の姿が見える。



 ニコルは私の頬を触れるか触れないかくらいに撫でてきた。



 私は、ドラゴンの姿になって弟と戯れ合う。父上はそれを優しく見守っているのだ。あんな弱っちい身体じゃ、戯れ合うなんて出来なかったから。



 ニコルは、頬を撫でながらもう片方の手でまつ毛に触れてくる。

 ポタポタと何かが頬に落ちるのを感じた。



 そして、父上と弟は、あの光となって世界の、宇宙の深淵へと向かっていく。私も、向かわなければ……。



 ニコルは、私の唇に触れた。

 優しく、触れるか触れないかくらいに。



 後ろで誰かが呼んでいる気がした。

 振り向いてはならない。

 私は前へと進むのだ。



 ニコルは今度は耳を食み始めた。

 優しく、触れるか触れないかくらいに。



 もう一度、誰かが私の名前を呼ぶ。



 ニコルは手を重ね、撫で始める。

 優しく、触れるか触れないかくらいに。



 誰かが、私の腕を掴んだ。




『て……。』


 という言葉を発すると同時に目が開いた。何故か目から涙が出ている。

 ニコルは私の胸の上に頭を乗せて、手を優しく撫で、頬を撫でながら、じっと私の様子を見ていた。


『……、こんな事、前にもあったね。』


 私は独り言を言うかのように、そっと呟いた。


『貴女は、夜中魘されていました。』


 ニコルも独り言を言うかのように、呟いた。


『あの時もこうやって、慰めてくれたんだね。』


 ニコルはそのままジッと私を見て、次の言葉を促した。


『……、父上が私をここに閉じ込めたの、何となく分かった気がする。私、まだこっちの世界に、心残りがあるんだと思う。』


 私は一度言葉を切った。

 ゆっくりと、心の奥から紡がれる言葉だったからだ。


『それが、何なのか、まだわからないけど、暫くそれを見極めてみる。だから、よろしく。ニコル。』


 私がそう言うと、ニコルは大きく溜息をついて、顔を私の胸から離した。

 ニコルという温熱器がなくなった胸は一気に冷めた気がした。


『そこを、私だというふうに言っていただけないのが残念です。』


 ニコルはそう言って、いじける様に椅子の上で体育座りをした。


『私は、貴女に謝らなければなりません…。随分強引でした。申し訳ありません。』

『それ、あの妖精さんに言われたの?』


 ふふっと笑ってニコルに聞いてみた。体育座りをして、視線を下に向かせていたニコルは、何故か驚いた様に私を見て、赤ん坊の時と同じ様に眉を潜めてブツブツと独り言ちした。


「ちっ、シュワルめ…、後で虐め倒してやる。」


『え?何か言った?』


 ニコリは直ぐに顔を元に戻してきた。


『いえ、何も。』

『ん、 ま、……これから3週間よろしく、ニコル。踏ん切りがつければ、私、父上の所へ行けると思うし、父上も許してくれると思う。』


 私がそう言うと、ニコルは笑みを深くした。


『いえ、正しくは三ヶ月です。それと、貴女の場所は私の手の中ですよ。これからどうぞご覚悟下さい。』


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