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ニコル=ハルヴァン

 私は、頭の中がぐちゃぐちゃで、突然のロン毛の行為に顔を真っ赤にして、酸素不足の魚のようにパクパクと口を開閉した。

 ロン毛は私の首に頭を埋めたまま、頬を髪を触れ始める。

 もう、我慢できなかった。私の容量はとっくにオーバーしている。

 一向に動かない筋肉を力尽くで収縮させて、頭を横へ振りかぶり、ロン毛の頭に頭突きをした。中々良い音がした。


『痛いじゃないですか。』


 ロン毛は床の上に崩れて、頭を摩りながら何故か笑みを浮かべて私に言う。

 何がおかしいのか、全くおかしくない。

 私は横たわったまま、ロン毛に文句を言った。


『人が身動き取れないからって、好き勝手やって!私は君をそんな子に育てた覚えはありません!』


 育てたって言っても、たったの三日間だけどね。と内心ツッコミを入れながら、ロン毛に怒鳴った。

 乾いた喉で怒鳴ったせいで、噎せてしまった。全く締まらない。

 ロン毛は、何が嬉しいのか嬉々として私の背中を摩ってきた。


『水、欲しいでしょう?口移ししましょうか?』

『な!!ゴホッゴホッ、ゲホッ』


 ロン毛は何がしたいのか、更に悪化させている。


『そうですか、残念です。』


 ロン毛はそう言うと、吸い飲みのようなものを手にとって、私に水を飲ませてくれた。

 喉の中が潤い、声が出しやすくなった。


『今、どうなっているのか全くわからないのだけど、説明してくれないかな?君があの赤ん坊なら、年齢的に説明がつかないし、どうして私がここにいるかもわからないし…。』


 私がそう言うと、ロン毛は頷いて何故か私の手をとって握りしめた。


『そうですね。では、先ず自己紹介させて下さい。私はここドラグモンド国の第一皇子の双子の弟、ニコル=ハルヴァンです。是非、ニコと呼んでください。』


 あの赤ん坊が、ニコルが、王族の一人であるということは、何となく想像がついていた。


『ニコル…、第二皇子ではないの?』


 私がニコルと呼んだせいか、ニコルは片眉を少し上げてみせたが、すぐに元に戻した。


『はい。私は第一皇子の影で、第二皇子となる機会もありましたが、自分から辞退しました。……まぁ、順を追って話しましょう。』




 ここ、ドラグモンド国は、絶大な魔力を受け継ぐ皇族によって統治されている。その皇族の血筋は他国からしたら垂涎ものなんだそうだ。そこで、昔から他国から婚姻の打診を受けることが多く、当国もそれを外交手段の一つとしていたのだそうだ。

 しかし、ある宗教が大陸の多くの国々で布衍されると、多神教である当国は蛮国として蔑まされるようになり、人攫いによって、皇族が狙われるようになったそうだ。

 そして、その風潮が明らさまになってきた時、ニコル達双子は史上最大の魔力をもって、タイミング悪くも生まれたのだという。

 皇王達は考えた、人攫いの裏に、より大きな組織が、つまり国単位で関わっている、と。

 その国を確定し、元凶を潰えようと、皇王は泣く泣くニコルを囮として、そして第一皇子の影として育てたのだそうだ。


『年齢は?どうして、君そんなに育っちゃったの?』

『魔力が余りにも多いため、身体の成長が抑制されていたのです。貴女にお会いした時、私は11歳でした。』


 なんと、お年頃な時に会っていたのか…。オムツを替えようとしたり、風呂に入れたりしようとした時、いやに嫌がるな、と思っていたが、そういうことだったのか。

 驚いたのは私だけではなかった。ニコルは私が質問したことに驚いたようだ。


『貴女も小さい頃、そうではありませんでしたか?神の愛し子としての魔力を持って生まれ落ちたのですから。』

『んー、どうだろ。気づいたらこの世界にいたからね…。あんまり記憶にないや。』


 記憶にないというよりは、思い出したくないし、言いたくないのだ。

 ニコルは、また片眉を少し上げてみるが、元の話へと戻った。


 ニコルは第一皇子の影として、生まれた直後から、ストレス耐性がつくよう親元から離れて様々な訓練を受けさせられたのだという。親の顔を初めて知ったのは、人攫いに遭った後、私が離宮で見た時の親子の‘再会’の時のことなんだそうだ。


『私は貴女に拾われて、貴女の優しさ、温もり、慈しみに心打たれたのです。』


 突然私を持ち上げ始めた。

 何が望みだ。


『ですから、貴女と思いを交わせなかったことがどんなに悔しかったか、そして何より、貴女が多くの男達に心許しているのが、許せなかった。』

『ちょ、それは言い方に語弊が…。』


 ニコルは私の手を強く握り出した。

 まるで、どこにも逃すまい、と決意するかのように。


『ですから、私は貴女に捨てられた時、』

『は?捨てられた?』


 捨てられたというのは、聞き捨てならなかった。


『わかっています。貴女は、貴女にとっては、親切心で私を親元に返しただけなのかもしれない。ですが、私は……。』


 ニコルの瞳は、涙の膜が張って虹色に揺れている。それに呼応するかのように、ニコルの声は震えていた。


『たった三日間です、ですが、私のそれまでの冷え切った時間に…意味を見いだせるほどの温かみと色彩を貴女から頂いたのです。』


 ニコルは息を継いだ。

 私は彼の瞳から目を離すことができなかった。


『私は、貴女と共に生きたかった。生きたかったんです、一緒に。』


 何も、言い返せない。

 何も、言葉をかけることもできなかった。


『ですから、私は貴女を囲うことの出来るほどの実力を持つことを決意しました。』


 彼は不穏な笑みを見せてきた。

 話の内容も不穏になってきた。


『既に王位継承権は放棄しています。そして、今では魔法師団長として働いておりますし、皇族として皇王の執務も殆ど処理しております。この国で私に指図する者は、おりませんし、居させません。』


 ニコルはこの長文を一息で言い終えた。私の情報処理能力が追いついていない。いや、追いつかない方が幸いか。


『貴女が望めば子供も出来るように相応の魔力まで高めました。』


 子供は親の魔力が同等でないと授かりにくいとされている。

 いや、そんな努力要らないのだが。


(私、ドラゴンになりたいのに…。)


 私の心情を察してか、ニコルは言葉を続けた。


『貴女の望みは分かっております。ですが、お義父上からお許しを頂きました。』

『ち、父上が!?』

『はい。ちょっと乱闘になりましたが…』

『ら、乱闘!?』

『貴女がここに三ヶ月、私と共に生活し、ここで生きることを決定すれば、結婚をお許し頂けるという約束をさせて頂きました。』

『ちょ、ちょちょちょちょちょ、待ってよ。私の気持ちは……。』

『お義父上からお許しを頂きましたので、私は眠りに就いた貴女を、私の離宮へと運んだのです。』


 彼は、ニコリと満面の笑みを浮かべる。


『そ、そんな!私に選択肢ないの?」


 ニコルは笑みを崩さない。

 一ミリたりとも。

 体の動かせない私は必死だった。


『………ちょちょちよ、ちょっと体調がよろしくないから実家に帰らせてもらおうかな〜。』


 悲しくなる程の下手な芝居にでるくらい…。

 だが、ニコルはグイッと私の顔に近づいて細部を確認してきた。


『そ、そんな!大丈夫ですか?どこが痛いのです?』


 近い近い…。


『あ、頭が…。』


 言って、後悔した。

 ニコルは私の髪を手櫛で解き、頭を嗅いだりしながら、唇を落としていく。


『ニ、ニニニニコルさん、な、なにを…。』

『こうすれば、治るんですよ。』

『嘘だ!むしろ悪化だ!実家に帰らせて下さい!』

『言いましたでしょう?私は貴女を離しません。』


 ニコルは悠然と笑って、唇を顔に近づけてきた。


 こいつ、最低だ!動けないことをいい事に!


 私は目に涙が溢れてきた。

 すると、タイミング良く扉が開く音がして、中に入ってきた男の声が室内に響いた。


「ニコル!」


 救いの手だ。

 私は拝み倒しても倒しきれない光を見た気がした。光である彼はきっと人間じゃない。女の子の純血を守ってくれる野太い声をした妖精さんだ。

 その男とニコルは私の知らない言語で話し始めた。


「シュワル、お前勝手に部屋に入るとはどんな了見だ?」

「お前の強姦を止めないわけにはいかないだろう!」

「聞き捨てならないな。まだそこまでいっていない。」

「まだ?」

「言葉の綾だ、そんなことはしない。さっさと出て行け。」

「ダメだ。時間切れ。執務に戻れ。あと、今日は騎士団との合同訓練だ。」

「ちっ」


 私が聞き取れたのは、ニコルの舌打ちだけだ。

 あの赤ん坊が、舌打ちするような子になるなんて…、そして女を誑かす変態野郎に育ってしまうなんて…、とか、父上は何故私の意思を無視してニコルの申し出を許したのだろうか…、とか、私はこれからどうなるのだろう…、とか、頭の中はグルグルと混沌状態であった。

 しかしながら、一つハッキリとしたことがある。


 直ちにこの場から逃げ出さなければならない。

 私の本能がそれを強く訴えていた。

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