ロン毛
第1章から7年後の話しです。
額に感触があって目を開けると、黒に近い紺色のロン毛のにいちゃんのどアップがあった。
誰?そもそも、ここはどこ?
私は誰?ではないが、全くここがどこなのか皆目検討がつかない。
ボーと全く働こうとしない私の脳みそに鞭打っていく。
まず、現状把握だ。
私はフカフカのベッドに仰向けになっている。そして私の顔の両脇はロン毛の肘があり、目の前はそのロン毛のムカつくほど整った顔がある。ロン毛以外の情報がほぼ皆無だ。
段々と脳みそが働き出してきた。
私は、ドラゴンになる為に眠りに就いた筈だ。
なったのだろうか?
いや、髪と同色の瞳に映るのは、変わらない私の姿だ。
そして、このロン毛、どこかで見たことがある。
『!』
私がハッとすると、ロン毛はそれを察したように笑みを深くした。
そうだ、このロン毛、あの時の不審者だ。
眠りに就く直前のことだ。
私は一目あの赤ん坊を見ておこうと思い、ルタンにお願いして姿を見えなくし、山を下りたのだ。
しかし、離宮や城内を探したが、赤ん坊は見つからない。城下町をブラブラと歩いていたら子供が多く出入りする大きな建物を見つけたので、一種の託児所だと思い、その中も探してみたら、突然このロン毛が、今ほど髪は長くなかったはずだが、私の肩に手を置き、抱きついてきたのだ。私は声にならぬ悲鳴をあげ、蕁麻疹がさらに悪化し、その不審者の腕を払って逃げ出すと、何と、後ろから追いかけてきたのだ。逃げに逃げ、やっとの事で不審者を撒くと、赤ん坊を探すことは諦めてそのまま山へと逃げ帰ったのだ。
そして、今、私は家にいないし、ドラゴンにもなっていない。目の前はあのロン毛の不審者だ。
理不尽なこの状況に湧き出た怒りが頭を完全に覚醒させると、全く動かなかった筋肉も少しずつ動くようになった。
私は掠れる声で、不審者ロン毛に問うた。
『お前、何をした。』
一気に身体中の、何かを放出する。
普通の動物だったら失神する筈だ、が、不審者ロン毛は失神しない。
少し笑みを歪めて息が止まるくらいには堪えたようだ。不審者ロン毛はくぐもった声で私の問いに答えた。
『貴女を、ずっとずっとお慕い申し上げておりました。』
意味が分からない。答えになっていない。そして、このような変人、会ったことなどない。
『お前のことなど、知らない。』
『本当ですか?』
不審者ロン毛が動き出そうとした時、咄嗟に身動ぎをしようとしたが、まだ身体は言うことを聞かなかった。
不審者ロン毛は顔を私の胸の上に置いてきた。
『貴女の、感触、温もり、匂い、声、全て私は覚えております。』
こ、ここここここここここ、いつ、何なの!
叫びは音として吐き出すことはできず、心の中で、ただ‘こ’を連呼した。頭も‘こ’でいっぱいだ。
変態ロン毛は、頬を胸につけたまま、私に顔を向けてきた。
『まだ、思い出せませんか?』
変態ロン毛は、そう言って笑みをなくした。
私は、笑みをなくしたロン毛の顔と、あの赤ん坊の顔とが重なった。
『思い出せましたか。』
ロン毛は、またニコリと笑みを浮かべて、私の首に頭を埋めて匂いを嗅ぎ始め、唇をそこに落としていく。
『貴女を離しません。一生、いえ、永遠に…。』