ミマリ
赤ん坊がスヤスヤと寝ているので、私はその間に、あの山道を塞いでしまっている雪崩をどうにかしよう、とミマリ達の所へ向かうことにした。
ミマリ達はカリマが住むメクリ湖に住み、カリマ達をいじりながら住んでいる。
私はミマリ達に会うついでにメクリミルクも取ってしまおう、と思い、赤ん坊を抱きながら残りの空のボームの実を連ねて、胃袋3つを腰に巻きつけた。
抱いている赤ん坊はそのまま紐で結びつけた。
寝てる間で申し訳ないけど…。
出来る限り揺り動かさないように、ゆっくり走ってメクリ湖へと向かった。
メクリ湖に着き、腰に巻きつけた紐を解き、ボームの実や胃袋を湖の近くに置く。
私は湖の前で膝をつき、水面に手を置いた。
ミマリ達は、水面から伝わる手の震えや匂いで誰が来たかを識別する。
湖の底の方から影が見えた。
その影は音を立てずに水面から飛び跳ねた。水の粒が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。なんと、派手な登場だろう。
その影の形は、上半身がゴリマッチョな人間で、下半身が魚である。
前世でいう人魚だ。
『リステリアのお導きが今後もあらんことを。』
ミマリの族長であるリストが、そう言って鼻と耳を触れる。
私もリストと同じように挨拶をした。
この挨拶が良い所は感謝しないことだ。
『で、天上の愛子よ、如何した?』
リストは勿体ぶって、自慢の筋肉をモリモリと私に見せつけながら、聞いてきた。
『実は、この子のことで…。』
私は赤ん坊をリストに見せると、何故かリストの目が輝いた。
『ああ、カリマや水の声で知っている。触れてもいいか?』
何故触れる必要があるのか、わからなかったが、私は頷いてまだぐっすり眠っている赤ん坊をリストが触れやすいように近づけた。
リストは水かきのついた三本の指を頬に沿わせる。
『リステリアの愛子よ、リステリアのご加護とご助力がありますよう。』
リストがそう言うと、メクリ湖や周りの雪上から水色の玉が浮かび上がり、赤ん坊の元へと集まって、両瞼から赤ん坊の中へと入っていった。
リストは、玉が全て入ったことを見届けると、赤ん坊の両瞼に口付けをした。
『何だか、おまじないにしては、随分と仰々しいね。』
私がそう言うと、リストはフフンと笑って答えた。
『ただのおまじないではないのでね。』
私は、まぁそんなものなのか、と流しおいた。さっさと本題に入らなければ、日が暮れてしまう。
『この子をご両親の元へと届けたいんだ。捜索隊が出ているようなんだけど、雪崩で山道が塞がれているせいで山には登れていないから、それを除去したいんだけど。』
あれだけの大量な雪に手を加えようとするなら、リステリアの眷族で水の循環を管理しているミマリに一度お伺いをたてる必要がある。私の方から直接リステリアに頼むのは、この場合マナー違反となるのだ。
『ああ、あそこか。我らも怒っておったのだ。』
『へ?自然的なものでしょう?』
『いや、あれは人間らがやったのだ。多分この愛子を運んだ輩であろう。』
なんと、あの雪崩は作為的なものだったらしい。あの時、火薬の匂いが強かったのはその理由からだったのか。
『まぁ、あの量なら循環に問題はない。好きにどかして良い。』
なら何故怒った、と突っ込みたくなるが、ミマリ達はプライドが高い。勝手に弄られるのが一番癪に触るのだ。
『わかった。ありがとう。』
私はそう言って、リストと別れた。
『さて。』
水の友人、リステリアにお願いをしなければいけない。私は覚悟を決めて、脱いだ上着で赤ん坊を包んで雪の上に寝かせた。
そして得意な土下座だ。
『リステリアさん!ちょっとお願いがあります!あそこの雪を蒸発させてどかしてほ………、え?任せろ?………、じゃ、タダでやってくれる、と?………、も、も、もも、勿論!?この子の為ならお安い御用!?………、な、なんで私の時と扱いがこんなに違…、いえ、何でもないです。ありがとうございます!あ、はい、例のお返しの方、順調に準備しております。はい。』
何と、無償で雪をどかしてくれるそうだ。こんなに態度を変えるとは、と私は唖然としながら、そして期待していたお礼の要求がないことに少しばかりのショックを受けながら、膝についた雪を払った。
『君、友達が出来たみたいだよ。』
私は寝ている赤ん坊の頭を撫でて、ギュッと抱きしめた。
明日の明朝、山道の雪はすっかりなくなっていることだろう。そしたら、お別れだ。
私はその事を、頭の隅に掃き出すように、メクリの搾乳を一心不乱に行った。