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フマリ

 頭をリースの木に打ち付けて、頭を押さえながら工場で眠りに就いた次の日、何故か赤ん坊は途轍もなく機嫌が悪く、私に目を合わさないということはなくなったが、眉を寄せて私の目を睨みつけている。私は機嫌を良くしようと口角を上げてあやしてみるが、上手くいかない。

 気まずい中、身体を洗って朝食をとった後、赤ん坊の出身国であるど田舎国、ドラグモンド国付近の様子を見ることにした。

 勿論、私は山を下るつもりはないので、背の高いマスノテという木のてっぺんを登り、そこから下界の様子を見る予定だ。

 マスノテという木はリースの木と同様に白い木肌を持つ。しかし、その寿命、木幅、長さは比較するべくもないほどデカく、長い。ちょうど父上達との寝床の柱の太さと同じ位の大きさだ。さらに、その群集地帯は限られていて、湧き水が豊富な部分、また森林限界 ギリギリの所に限られる。

 そして、もう一つ特徴がある。


『天の落とし子、リューリェのお導きに。』


 そう言って両膝を地につけて両腕を上げて感謝を示し挨拶をしてきたのは、フマリという種族だ。彼らは、視力が弱い代わりに、耳は三角のテントのようにピンと立って周りの音を聞き漏らさないよう常に動き、鼻は前世の犬ののようにツンと前に伸びどの匂いも識別できるようになっている。彼らは雪や寒さを凌げるマスノテの群集地帯を点々としながら、風の匂いと声を聞いているのだ。

 私は同じようにリェーリエへのお導きに感謝して、クッキーポイント加算が行われるのを意識しながら、本題へと入った。


『実は、この子と一緒に族長の所を登らせて欲しいんだ。』


 親方さんというのは、フマリの族長、フィーリのことだ。フマリの族長は代々、最も高いマスノテの上に住むのが慣習なのだ。

 話しているフマリの守護兵、イテは外部の音を一切聞き逃さないかのように、ピクピクと耳を動かしたり、クンクンと鼻で匂いを嗅いだりして、ニコリと笑った私のお願いに答えてくれた。


『ああ、落とし子が落し物を拾ったというのは族長もご存知だ。いつも通り族長に許しを得れば大丈夫だと思うよ。』


『ありがと。』


 私は一礼して、そのままフィーリの元へと走っていった。

 フマリ達は流浪し、狩りを生業とする種族だ。彼らはマスノテ以外を住まいとしないため、今まで森林限界ギリギリを住まいとしている。その為、殆ど他種族との諍いもなく、ひっそりと生活をしてきた。だからだろうか、他種族よりも特異的な考えや慣習をもっている。

 まずは、狩猟の神とするグムリの頭蓋骨を腰巾着にくくりつけていることだろう。彼らにとっての神と、私にとっての神の定義自体が異なるのかもしれないのだが、彼らは狩猟の技術を少しでもグムリという神に近づくことを願うが為に、常にその魂の依り代と考える頭蓋骨を身につけているのだ。

 そして、自分の住まいの家のマスノテの小枝を髪に沢山括りつけている。マスノテの小枝というのは、私には見分けがつかないが、彼らにはその匂いで明確に区別がつき、どこの家のものかが、一目瞭然なのだという。

 最後に、最も異色だと考えられるのは、彼らの死生観だろう。彼らは死を、生の連続であり、寧ろ生よりも尊い、と考えている。だからこそ、自らの死をいかに迎えるかは、彼らの生きる最大の目的となっているのだ。だからこそ、家族や同胞に対しては、彼らの目的を最大限叶えられるよう努める。そして死んだ時、周囲の者は悲しむような態度は一切取らない。死ねば大いなる風の一部となり、生きていた以上に、自分達の傍に寄り添っていると考えるからだ。よって、前世でいう葬式は、まるでお祭り騒ぎのようになるのだ。


 私は、フィーリの住まいのマスノテに着き、手で軽くそのスベスベとした木肌に二回パシンパシンと叩き、耳をつけて木の音を聞いた。

 これは、フマリ達の住まいをお邪魔する時の慣習である。

 マスノテはその巨大な身体を支えるため、沢山の水を吸い上げている。耳をつけると、水の流れが聞こえてくるのだ。そして幹を叩けば、それは水に伝わりマスノテの上の方まで届く。上にいるフマリ達は、敏感な耳でそれを聞き分け、登ってよければ二回、ダメならば三回、枝を揺り動かすことで、幹の表面に振動を伝わらせて地上にいる者に知らせるようになっている。

 チリンチリン、と幹の表面から音がした。

どうやら登っていいらしい。私は地面を蹴って一気に上へと跳ねた。

 マスノテの枝は地上に平行になるように伸びるので、フマリ達は幹に近い太い枝の上に住居を作っている。

 フィーリは族長らしく、最も高いマスノテの最も高い枝の上に住居を構えている。そこからは、ど田舎国の向こう、海まで見渡せるのだ。

 しばらく空中を上昇して、フィーリの住居にたどり着いた。


『リェーリエのお導きに。』


 フィーリはそう言って片手を上げた。族長特有の感謝の仕方だ。私は先ほどイテとしたのと同じように挨拶をした。


『師匠、お久しぶりです。』


 フィーリは、私の狩猟のお師匠なのだ。

 やはり族長、その顔は糸を一本張ったように緊張感のある表情だ。


『久しぶりだな。少しは危なっかしさはマシに…うん、なってないな。』


 フィーリはわたしの周りの風に聞いたらしい。口の柔らかい奴め。


『で?その落し物を届けるのか?』

『はい。そのためにここから様子を見させて頂いてもよろしいでしょうか?』


 ここからの眺めは、族長が所有していることになる。その眺めを見ることだけでも伺いを立てなければいけないのだ。


『いいだろう。だが、条件がある。』

『?』


 フィーリが私にこのように条件を出すことなど今までなかったので、頭にハテナが浮かんだ。

 しかし、一気に嫌な予感がした。昨日のおじさんの時は簡単なものだったが、師匠はわからない。何故なら師匠にはおじさん以上に色々やらかしている自覚があるからだ。もしかしたら、私に頭を丸めろと言ってくるかもしれない。


『な、な、な、な、なんでしょう?』


 緊張のあまり、どもってしまった。


『昨日の夜、ラタに髪の毛を渡したようだな。』


 ラタはおじさんのことだ。

 どうやら、おじさんは私の髪で星釣りをして大漁であったことを星釣り仲間であるフィーリに自慢したのだそうだ。

 私としては全く嬉しくない。


『髪の毛、ですか…。い、一本でいいです…よね??』

『ああ。それで足りる。』


 ふー、と安堵して髪の毛を一本抜き取ろうとすると、上着の下で赤ん坊が服を引っ張り始めた。

 具合が悪くなったのだろうかと、上着の中を覗き込んでみると、赤ん坊が眉間の皺を更に深めて私を睨みつけている。


『どうしたの?お腹空いたの?』


 まだ睨む。


『オムツ?』


 まだ睨む。


『お風呂?』


 まだ睨む。

 すると、フィーリが突然吹き出した。

 私はどういうことだろうか、とフィーリを見遣ると、肩を震わせて堪えるようにクツクツと笑っている。


『師匠、この子のこと分かってらっしゃるなら教えて下さい。』

『いや、いや、いや、そんな野暮なことは出来ない。フフ、面白いから尚更貰っておこう。』


 フィーリはニヤリと笑って、私を促すように手を伸ばしてきた。

 この笑みは、サディスト師匠が現れたことを意味する。サディスト師匠が出てきて、いい思いをしたことなど一度としてない、寧ろトラウマしかない。

 私は、睨みながら服を引っ張り続ける赤ん坊を無視して、一瞬で髪の毛をフィーリに渡した。赤ん坊の意図を汲み取れなかったことは申し訳ないが、今回の場合、保身の方が大事なのだ。師匠マジコワイ。

 渡した後、下を覗くと、赤ん坊は悲壮感を湛えた表情になって俯き、私の胸に顔を埋めてしまった。私は訳が分からず、赤ん坊の機嫌を直そうと慌てて頭を撫でながらあやしていると、サディスト師匠はまた笑い出した。

意味が分からない。


『髪、ありがとな。好きなだけそこから見るといい。』


 師匠はそう言って、家に引っ込んでいった。色々掻き回してそのまま放置とは、流石である。

 私は小さく嘆息し、赤ん坊をギュッと抱きしめて、頭を撫でる。


『君、本当にどうしたの?』


 赤ん坊は当たり前だが、答えない。

 ただ、頭を胸に擦り付けてきた。

 私はしばらく様子を見るしかないな、と思い直し、ポンポンと赤ん坊の頭を叩いて、海まで広がる景色を見ることにした。


 ど田舎国から私達のいる山脈を超える場合、3つの人為的に作られた申し訳程度の山道がある。その山道以外を分けいることは、人間の場合、ほぼ不可能だ。

 因みに赤ん坊を見つけたのは3つのうち真ん中の山道だ。

 上からそれらの山道をよくよく見てみると、薄っすらと白い筋のように見える。その白い筋を辿るが、人間は一人としていなかった。

 山道から更に下の方へ辿ってみる。

 山から先はと森林が広がり、それを挟んでドラグモンド国の城や町々が見える。

 その森林近辺で、前世の某グラサン野郎ではないが、まるで蟻のように人々が雪の粒を運んでいるのが見えた。

 雪崩で山道が閉ざされてしまったのだ。それも、3つ全てが閉ざされている。

 チムリ達なら物ともしないだろうが、人間の手であれらを除去しようとなると、相当な時間がかかるだろう。


  あらら。


 流石に私の鼻や耳が良いからといって、山から下の人間達の音や匂いまでは察することは出来ない。

 3つとも雪崩で閉ざされたのは、今まで聞いたことがない話ではないが、赤ん坊の不運さに同情した。

 しかし、ハタリ、とあることに気づいた。


  この赤ん坊一人にあれだけの人数が出向くとは、一体この子は何者なんだ……。


 まじまじと赤ん坊を覗いてみるが、赤ん坊は未だ顔を埋めていた。


 それほど、やんごとなき身の上なら、早くご両親の元に返さなきゃだよな。


 そう思った時、胸がチクリとした。

 どうしてだろう、と思い、胸のあたりを覗くと、赤ん坊が強くその辺りの服を握って頭を埋めている。


『君、握りすぎ。』


 私はそう言って、赤ん坊の頭をまたポンポンと叩くが、一向に変化なしだ。

 機嫌の治らない赤ん坊をどうしたものか、と考え込んでいると、フィーリからの助言があった。

 抱いてやるといいそうだ。

 既に抱いている、と返せば、取り敢えず二人だけになって向き合えばいい、ということだったので、助言通りに今日はもう工場に戻ることにした。


 そして、赤ん坊と私は二人きりになれる工場で向き合っている。

 赤ん坊は既に自分で座れるようになり、頭の髪の毛も薄っすらと生えてきた。色は青である。前世だったら冒険しすぎだと言いたくなるような色だ。

 私は赤ん坊の変化に驚きと喜びを感じていたが、一方、赤ん坊の方はというと、ご機嫌斜めである。つい、私の方は正座をしてしまった。


 師匠は、抱いてやればいい、向き合えばいい、と言った……。


 私は次にどうすれば良いのか分からず、ただ赤ん坊と向き合っていると、しびれを切らしたように、赤ん坊がハイハイをして私の膝の上に乗り、お腹に腕を回そうとしてきた。

私は可愛さのあまり手を震わせながら赤ん坊を抱っこをして、抱きしめた。

 トクントクンと心臓の鼓動が感じられる。

赤ん坊は私の匂いを嗅ぐように、首に頭を埋め、鼻や口を首筋に擦り付けてくる。それがくすぐったく、フフっと笑ってしまった。

 笑ったのがいけなかったのだろうか、赤ん坊は擦り付けるのを止めて、私の顔をまじまじと見つめてきた。

 赤ん坊の様子から、もう機嫌は治ったようだ。やはり持つべきは師匠だ。

 そんなことを考えて、赤ん坊の頭をよしよしすると、また赤ん坊は私の首に頭を埋め、いつの間にか寝息を立てていた。

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