チマリ
金ヅル、もといチマリはメクリ湖のほど近くに住居を構えている。
チマリは身長が小さく、私の膝ほどの大きさだ。がっしりとした体つきの二頭身で、細かな刺繍を施した衣服と帽子を身に付けており、男性はたっぷりとした茶色の髭を生やしている。
彼らは山の斜面に段々畑を作り、それぞれの段に横穴を掘っては、その中で様々な金属を採掘したり、家として生活を営んでいたりしている。
男性は卓越した筋力から金属の採掘と鍛冶が得意であるとされ、女性はその手先の器用さから刺繍や金属工芸の技能が高いとされている。彼らが作り出した斧や刀、そして工芸品は昔、大陸の広くで高値で売られていた。
しかし、ある一国で‘人間’の優越性についての考えが広まると、‘人間’以外の種族を迫害、奴隷化する風潮が高まり、時が経つにつれて、それは大陸の多くの国へと広がった。
ここのチマリ達は昔からここに住んでいる部族で、幸いなことに取引している国がこの山脈に囲まれているド田舎、もとい非常に閉鎖的なおかげで、その風潮に影響されず、今でもその国がお得意様となっている。
メクリ湖からリースが生え始める辺りまで下りると、地面近くにキラキラと輝いているものが見えた。腰を下ろし目線を低くして、リースの幹同士に張られた紐に獣除けのマラリと小さな鐘が一定の間隔で付けられているのを確認した。
私はその鐘を軽く振って、カランカランと鳴らした。鐘の音は透き通っていて、遠くまで聞こえそうだ。
だが、チマリ達は既に私がここにいることは気づいているだろう。
鐘を鳴らすのは彼らへの礼儀である。
すると、ヒョコリと雪面から白色の四角い帽子が現れた。
『マェーリエのお導きを感謝致します』
『マェーリエのお導きを感謝致します』
白色帽子は甲高い声で挨拶をしたので、私も同じように返す。
マェーリエは土の友人だ。チマリは、マェーリエを守護神としている。挨拶をする時にはこのようにマェーリエの導きに感謝するのだ。
因みに、マェーリエは、実際にチマリの子らに岩石の声を聞くことができるという才を与え導いている。だが、私にはその才を与え導いてもらっていない、それなのに私が祝いの言葉を発すれば、一回毎に1チョコクッキー律儀にたかってくる。つまり、今日出会うチムリ数の分だけ、また作らなければならない。何てことだ。
今、1チョコクッキー。
挨拶をして、チマリの青年であるマルがトコトコトコと、私に近づいてきた。
しっかり挨拶をしないと、彼らは現れてくれないのだ。
『御方の子、久しぶりだね。』
『うん。久しぶり。』
そう言ってマルは両拳を突き出す。私は腰を折り同じように両拳を突き出して、それに返した。これは部族流の挨拶なんだそうだ。
『ふんふんっホホホ!それは、肉だね!肉なんだね!やったー!』
マルはグムリの肉の匂いを一杯に嗅いで味わいながら、私の腰から下げたグムリの頭や、手から下げた皮の包みを見て、喜びのあまりピョンピョコ跳ね始めた。跳ねては空中で両足をパチパチと合わせて音を立てるので、非常に歓喜していることがわかる。
『やったやった!皆んな喜ぶよ!』
マルは、来て来て!と私の上着の裾を引っ張って急かしてきた。
『あ、マル、ちょっと待って。今日は私と、この子がいるの。』
私は腰を下ろして、マルに赤ん坊を見せた。マルは驚いて赤ん坊を見ている。
『君の他になんかくっついてるって聞いていたけど、グムリのことだと思ってた…。ま、まさか人間嫌いな君が、………!はっ分かった!食べるのか!』
『食べない食べない。探しに来るまでの間、世話するつもりなの。』
『ふーん。』
マルは疑いの目で私を見ながら、赤ん坊に視線を移した。
『マェーリエのお守りがありますよう。マェーリエのお導きに感謝致します。』
マルはそう言って、赤ん坊の手に拳を当てる。
『ああ、けど、君がこの子を育てる気になったのわかる気がするよ。』
『え?どうして?』
『似てるんだもん。』
見た目で似ているところなどあっただろうか?と、赤ん坊を見てみると、酷く気難しい顔をしている。
『どこが?』
『顔が無愛想なところ。可愛げないところ。』
えー、と否定の声を上げるが、心中納得していた。私が表情が動かないのは元々だし、この子も表情が豊かな方ではない。
マルは肉のことを思い出し、再び私を急かして歩を進め始めたので、私も立ち上がってマルの背中を追いかけた。歩きながら、赤ん坊の布を直していると、赤ん坊が服を握り込んできた。
どうしたのだろう、と思い覗いてみると、赤ん坊は眉を顰めて随分ご機嫌斜めな様子であった。
私に似てるとか、失礼にもほどがあるよね。そりゃ怒るわ。
と思い、
『似てるとか失礼だよねー、こんなにイケメンなのにねー。』
と、言いながらポンポンと背中を軽く叩くと、ベシリと胸を叩かれた。
……そうだ。この子、反抗期だ。それに加えてお腹が減っているはず…。
イライラの相乗効果じゃないか!と思い、少しでも機嫌が良くなれ、と願いを込めて頭を優しく撫でた。すると、服の握り込みが緩くなってきた。
早く何かお腹に入れさせないとなー。
ご飯何にしようか、と考えていると私のお腹の音が響いた。マルは私のお腹の音を聞いてクスクスと笑う。すると、また赤ん坊が服を握り込んできた。
お腹が減っているのをお腹の音で思い出させてしまった。
ごめんごめん、とまた頭を撫でていると、程なくして眼下に段々畑が見えてきた。段々畑の更に向こうには森を挟んで遠く、チマリの取引先のド田舎国が見える。ぼんやりと、ど田舎国を眺めていると甲高い声が響いた。
『みんな〜、御方の子がグムリと一緒にやって来たよー。』
やめてくれ!
『マ、マル、そんなに大仰に言わなく…』
私がマルを止めようとしたが、遅かった。多分、横穴で作業をしていたのだろう、ヒョコヒョコと段々畑に白色の帽子が現れた。
『『『『マェーリエのお導きに感謝致します。』』』』
ぎゃー!
『マェーリエの、お導きに感謝致します。』
私は脱力しつつ、何とか挨拶を返した。
計34チョコクッキー…。だって。
チマリ達が段々畑を駆け上がって私に近づいてくる。上から見下ろすと、チマリ達が被っている白色の帽子が吹き上がってくる小さな綿毛のように見える。
『やった!ありがとう!』
『デカブツ!よく来たな!』
『肉肉肉ぅー!』
吹き上がってきた綿毛を私は顔面キャッチした。避けると怒るのだ。そして、お腹が減って避ける気力もない。
ベチリ、ベチリ、ベチリと顔面にくっついたのは、私の手のひらほどの身長しかない子供チマリだ。こいつらは、私の体を公園の遊具であるかのように、登っては滑りを繰り返したりと鬱陶しいことこの上ない。そうして、彼らは上着の中にも潜り込んで、赤ん坊を見つけ出した。
『あ!デカブツの子供!?』
『本当だ!デカブツ、相手いたの?』
『無理でしょ!攫ってきたんだよ!』
『そうだな!無理だな!』
『でもさ、攫ってどうすんだよ?』
『決まってんだろ!デカブツのことだ、一飲みさ!』
『怖〜い!』
キャッキャキャッキャと、失礼な話をしているが、私はそれを全て無視して、ゆったりとやって来た、大人のチマリ達に顔を向けた。
この部族の族長であるモリが、モリの息子であるムリに負ぶさってやって来た。
私は膝を折って、ムリから降りたモリの突き出された両拳に人差し指を当てた。
そして、赤ん坊をモリに見えるように布をめくる。
チマリの子供らは、私の髪に潜り込み始める。
モリは、顔中髪の毛と髭で覆われているが、片方の眉毛を釣り上げて赤ん坊をじっくりと見始めた。
子供らは、今度は私の顔を引っ張りだした。
『ふむふむ。面白いの、なかなか。』
面白いのが、この赤ん坊なのかそれとも私なのかは分からなかったが、黙って聞いておく。お腹が減った。
モリは言うだけ言って、今度はマルに負ぶさって帰ってしまった。
次に口を開いたのはムリだった。
『グムリ、それも‘森荒らし’を狩ったのだろう?』
『はい。』
私は皮の包みを開き、漬け込んだ肉は後で食べる用に半分除いた上で、腰につけた頭と足、そして骨を置いていった。
『ふむふむ。で、何が欲しい?』
『ボームの実を7個にタリィを5個。1樽分のハーリナ粉。残り分は換金して。』
『分かった。』
ムリはそう言って、近くの男衆に合図すると、また私に向き直った。
『にしても、随分な量だな。』
『友人達へお礼をしなきゃいけなくて。冬場で大変な時期にごめんね。』
『大丈夫だ。蓄えがあるからな。』
『なら、助かったよ。』
私は安堵して、今回の二番目の目的を口に出す。
『ねぇ、ムリ。昨日、今日で人間が山に近づいてこなかった?』
『お前の耳と鼻なら分かるだろう?』
『昨日は向こうで寝たから、気づかなかい場合もあるんだ。』
『んー、昨日、石らが‘森荒らし’に食われた人間を二人見つけたって話をしていたぞ。』
『どこらへんで?』
『ここと、御方の間くらいのところを下ったところだそうだ。』
そこは、私が昨日赤ん坊を見つけた場所に一致した。
『他には?』
『いやー、聞いていないねぇ。』
ムリが答えると、男衆は更に増えていて、私が注文した品々を持ってきた。
私はムリにありがとう、と言って、増えた男達に挨拶をする。計45チョコクッキー。
目の前に注文したものが並べられていく。それらを全て確認し、私とムリは両肘を合わせる。これで取引成立である。
『ムリ、ちょっと場所を借りてもいい?昼飯を取りたくて。』
『ああ、いいぞ。ほれ、子供達!もう帰るぞ!』
ムリがそう言うと、素直な子供達は、私にアカンベーをしながら大人達と帰っていった。
みんなを見送り静かになったところで、私は赤ん坊に目を落としてみた。
赤ん坊は眉を顰めて私をじっと見ているいる。
『君、お迎えはまだ来ないみたいだよ。』
私は赤ん坊にそう語りかけると、ギュッと服を握りしめて、頭を無い胸に埋めてきた。
『うん…。』
そう答えて頭を撫でると、何故か赤ん坊はドンっと頭を胸に打ち付けてきた。
い、痛いと思いながら、私は急いで昼飯の支度をした。