いえ、なんでもないです
「キョウ、どうかしたか?」
ルードに声をかけられて、京香は意識を現在に浮上させた。
訝しげにルードがこちらを覗きこんでいる。眉を寄せている彼の顔が京香には何だかおかしく感じられた。
ルードと京香の関係を一言で表すなら協力者。世に溢れている陳腐な言葉で表現するのなら、仲間とでも言うのだろうか。
異世界人同士でも分かり合える。これは京香の探している祖父がよく言っていたことだ。
その祖父はこの世界に桜の木を植えて回っていた。美しいものに心を打たれるのは異世界でも共通だ。きっと、人のことを思う気持ちも。
そのことをルードと京香は共に旅をすることで理解していった。
祖父の言っていたことは尊く、美しい。
だけど、それだけだ。分かり合えるということは争わない理由にはならない。
今から、ルードは同じ世界の人間達へと戦いを挑む。京香はそれを補助することになっていた。
京香はまだ覗きこんでいるままのルードへと軽く首を振った。
「いえ、なんでもないです」
彼女と彼が今の関係になるには様々な物語があったのだが、それをここで語ることはない。それは、彼と彼女、ルード・エスタと貝瀬 京香のお話であるからだ。
結局のところ、このお話は、ルード・エスタとリア・シーディア、そしてアルバ・ロギンシュのものであり、それでしかない。
「さてと、じゃあ向かおうか。いざ伯爵領へ」
「着くまでにリアさんを取り戻す算段を考えておいてくださいよ。私、とりあえず突撃系の作戦とか絶対嫌ですからね。いのちをだいじにですー」
伯爵領はすぐそこまで見えていた。