なんだか、あんまりだよ
――僕の人生に勝利はない
目の前には男の遺体が転がっている。
頭部のないそれを感情のこもってない目で眺めていたアルバ・ロギンシュに声をかけるものがいた。
「随分となれているんだね? まだ若いのに流石だね。私がそれに慣れるのには結構な時間がかかったよ」
かけられる言葉にアルバが返事をすることはない。
代わりに彼は長年愛用している杖を声の下方向へと振るった。
その方向に火柱が上がり、そこにいたものが燃え上がった。だが、いつもなら鼻につく肉が焼ける香ばしい匂いや髪や爪が燃える嫌な臭いがしない。
「いきなりひどいなあ。ねぇ、知ってる? 私達の世界にこんな言葉があるんだよ。ひとりの死は悲劇であるが、万人の死は統計でしかない。だから、さっき見ていたそれは、悲劇だよ。きみが引き起こした悲劇だ」
「黙ってくれるかい、異世界人。君たちは僕にとってはひとりとは数えない。だからこれは悲劇なんかではないんだよ」
アルバはその仄暗い瞳で初めて相手の姿を見た。
映ったのはあまり自分達と変わらない年頃の少女だった。それはまぎれもなく人間だった。だが、アルバはそれを人間としては認識しない。
少女は体の周りに無数のナイフを浮かべており、手にはもはや見慣れた鉄の筒を抱えていた。
「なんだか、あんまりだよ。まぁ、私もあんまり人のこと言えないけどさ。きっときみも私もいい具合にイカレテいるね」
「どうだろうね」
アルバは喋りながら少女との距離を詰めていく。会話の最中に少女の周りに浮いていたナイフは全て凍りついて地面に落ちており、大事そうに抱えていた鉄筒も同じく凍りつき、使い物になりそうにない。
「ほんと、魔法って便利だよね。私達の超心理学なんて比べものにならないぐらい」
少女はそう言い、肩を竦める。抱えていた鉄筒は地面に捨てた。
「何で君は僕に声をかけたんだ? 声なんざかけずに僕を背後から殺せばよかったじゃないか」
「話したかったのさ、私達と同じ今回のことの顛末の被害者とさ。私はイカレテいるからね」
「よくわからないな」
アルバはそう言って少女の首に手を伸ばす。
「さっきと同じように私の世界の言葉だけどさ、一人殺せば人殺しなんだけど、数千人殺せば英雄なんだってさ。きみはもしかしたら英雄になれるかもね」
そんなことを言って笑ってみせた少女の首をアルバは思いっきり締め始める。
少女の体は痙攣しだし、口からは泡をふいた。そして最後は、動かなくなる。
「だから、イセカイジンは人間じゃないんだってば」
アルバは森の中で二つに増えた遺体を静かに見つめ続けた。彼の背後の無数の遺体には見向きもせずに。
「随分と慣れましたねー」
暖かな火が灯った焚き火を見ながら、ひとりの少女がほぇ~と間抜けな声を出した後、呟いた。
「まぁ、こうしてお前と旅をするのも長いからな。慣れるさ」
その火をつけたルードはかがんでいたことによって固くなった背と腰を伸ばして、少女の方を向いた。
少女の頬は火に近いからか、ほんのりと赤くなっており、同じように肩まである薄い茶色の髪も火が近いせいで橙色に見えた。そのことが、ルードにいつかのリアを思い出させる。
見られていることに気付いたのか、少女はかがんで火にあたったまま、少しだけ顔を上に上げた。結果、自然と上目づかいになった少女の少々勝気に吊り上がり気味な大きい黒目と見つめあう形となった。
少女のサクラ色の小さな唇が動く。
「どうかしました?」
なんとなく気まずくなったルードは顔を逸らす。
「何でもない」
「相変わらず変な人ですねー」
少女はそんなルードを見てくすくすと笑う。
「お前に言われると心外だな、キョウ」
「えー、私自分はノーマルだと思ってたんですけどー」
キョウと呼ばれた少女、貝瀬 京香は不満そうに頬を膨らます。
「のーまるではないだろ。感謝はしているが、お前はきっと世界一の変わり者だよ」
「ひどっ。普通そこまでいいますかねー」
京香はルードを軽く睨み付ける。
「お前にとっては異世界人である俺を助けた挙句、俺に希望までくれたんだ。本当に感謝している」
「あの、一応言っておきますけど一つの可能性に過ぎませんからね。そのリアさんが私の世界の医療で確実に治るかは分かりませんよ」
おずおずと告げる京香へルードは満面の笑みを浮かべた。
「十分だ。早くリアを伯爵領から連れ戻さないとな」
「うー、何でそんな笑顔なんですか。私に変なプレッシャーがかかりますよ。信用が重いです。胃が痛いですぅ」
京香はお腹を押さえる動きをして、ルードをジトッとした目で見る。
ルードはそんな視線に気づくことなく首をかしげていた。
「ぷれっしゃー? また知らない言葉が出てきたな。どういう意味なんだ? 教えてくれ」
「あとで教えてあげます。今だと話が逸れちゃいそうなんで。それで、その肝心なリアさんを取り戻す算段はついたんですか?」
「いや、まだだ」
あっさりと告げるルードに京香はうなだれた。
「はぁ。だめだめですねー、この人は。私の目的も忘れないでくださいね」
「当然!」
即答するルードを見て京香は頭を抱えた。
「やたら暗かったり、やけに自信ありげだったり、あほだったり、本当に大丈夫なんですかね」
そう言って京香はルードと会ったときのことを思い返した。