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彼は真実を知らない

 同じような毎日をそれなりに忙しく過ごしていれば、時間が経つのは早いものである。

 ルードがカンナに腹を立ててから一週間が経っていた。その間、カンナとは一度も口をきいていない。カンナにはわざわざ足を運ばずとも毎日顔を合わすこととなるのだが、一度もだ。

 反対にルードはリアのもとには毎日欠かさず足を運んでいた。


「昨日聞いた話なんだけど、旧校舎に幽霊が出るって話があるんだよ」

「そうなの?」

「なにかをずっと探しているみたいで、見かけるとその場ではすぐ消えるらしいんだけど、その日の夜にベッドの横に現れて呪いの言葉を耳元で吐くんだって」

「何だか呪術師みたいだね」


 リアの感想にルードは脱力する。彼が期待したものとは全く異なるものであったし、その感想自体もあんまりと言えばあんまりなものであったからだ。


「それはちょっと呪術師の人に失礼じゃないかな」


 そもそも呪術師は耳元で呪いの言葉を吐くような職業ではない。れっきとした魔術師の派生形で妨害系の補助魔法に特化した職業だ。先ほどのリアの言葉を聞けば全国の呪術師の方達はきっと遺憾の意を示すだろう。

 だが、リアは軽く首を傾げただけで「そう?」とあんまり分かってなさそうな様子だ。


「呪術師といえばさ、ルゥ。カンナとは仲直りした?」


 リアの言葉にルードは顔を引きつらせる。どうやらリアは全て分かった上で自分の持っていきたい話にもっていけるように答えていたらしい。これは一般的に言ってしまえば誘導というのではないのだろうか。


「あー、うん、まだ途中かな」


 なんとなく、していないと答えるのは気が引けて、ルードは言葉を濁した。


「そっか、私ルゥとカンナには仲良くしていて欲しいな。二人とも私の大切な人だから」


 そんなルードの心中などいざ知らず、リアはニコニコと天使のような笑みを浮かべている。ルードはなんだかとても良心が傷んだ。


「そうだね。俺もそう思っているよ」

「だったらなおさら早く仲直りしないとね」


 嬉しそうにそういうリアにルードはただただ頷く。


「あ、そうだ。ルゥ、私今日の夜からしばらく検査をしなきゃだから会えないからね。」

「検査? 大丈夫なのか」


 思い出したかのように軽く告げるリアにルードは暗い声音で尋ねた。


「うん、ほんとにただの検査だから」

「なら、いいんだけど」

「ルゥ、そろそろ訓練の時間じゃないの?」

「そうだな。また来るよ」

「うん、待ってる」


 リアはルードが出ていった扉を見つめると繰り返した。


「待ってる」



 訓練も終わり、夕食後に自室に戻ったルードが杖を手にとり、自主的な素振りをしに行こうと考えているところに、部屋の扉が叩かれた。


「ルード、僕だ。自主練に付き合わないか?」

「アルバか、俺も今から素振りでもしようかと思っていたんだ」


 杖を肩に担いで部屋から出ると、アルバが壁にもたれかかって待っていた。


「行こうか」

「ああ、でもアルバが俺を誘うなんて珍しいな」


 アルバと並んで歩き出したルードは素直に思ったことを言った。


「そうかな、昔はよく一緒に魔術や剣の練習をしたじゃないか」

「それは昔の話だろ」

「そうだね、昔の話だ」


 アルバはそれっきり黙ってしまった。

 二人黙って歩いていくうちに、旧校舎前のグラウンドに出た。

 アルバはルードと距離をとると、杖を構える。


「さあ、始めようか」

「お、おいちょっと待てよ。自主練に付き合うってそういうことかよ。俺はそういうつもりじゃなかったのに」

「二人で並んで素振りでもするつもりだったのかい?」

「そう、そうだよ。俺は……」


 焦ったように喋るルードをアルバが笑う。


「君は弱くなったな」

「そんなわけないだろ、休まずこの二年訓練を続けてたんだ」

「それでも君は弱くなった」

「だから……」


 ルードが抗議の声をあげる。強くなったとは言われても弱くなったと言われる理由はないという自信があった。


「だったら、かかってこい。たかが模擬戦だろ」

「俺なんかじゃ、アルバの相手になるわけないだろ。お前は栄誉ある小隊長様で俺は雑兵なんだ」

「いいからかかってこい。君は何のためにこの二年間訓練を続けてきたんだ」

「リアを守るためだ」


 言い切る。ルードはそれだけは誰に何を言われても答えられる自信があった。


「何からだい?」

「それは……」


 答えられない。

 ルードは自問する。一体自分は何から彼女を守ろうとしていたのか。

 魔力欠乏症から? ありえないだろう。病気からどうやって彼女を守るというのか。治癒術師でもあるまいに。いや、例え治癒術師でも魔力欠乏症から彼女を守ることはできない。

 なぜなら、治療法が見つかっていないからだ。結局のところルードは何もできないのだ。


――ルード・エスタはリア・シーディアを守ることはできない。


 それが世界の理であり、たった一つの真実なのだ。

 ルードがこの二年間訓練を続けていたのは、リアを守るためではない。訓練をすることでリアの病気から目を逸らし、自分を守っていたのだ。


「答えなよ、ルード」


 アルバはルードに答えるように促す。


「なんか、今日のアルバ変だぞ」

「そうかい。今の君の方が変だと思うよ。凄い汗だ」


 アルバに言われてルードは背中に汗でシャツがぐっしょりと張り付いていることに気付いた。


「いいから、答えなよルード。もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれない」

「何、言ってんだよ。最後とか何だとかもうわっかんねえよ」

「この一週間以上いたるところにサインがあったはずだ。いや、もっといえば二年前から」


 アルバはルードを責めるような目で射ていた。そのような目をアルバがしているところをルードは見たことがない。


「だから、何言ってんだっつってんだよ!」


 溢れる感情のままに声を張り上げた。


「君はリアと向き合っているようで全くもって向き合っていなかったんだ」

「そんなわけないだろ」

「リアは連れていかれたよ」

「は?」


 ルードは一瞬言葉が理解できず、自分の頭がおかしくなったかと思った。


「何で戦力外のリアがずっとここにいたと思う? 故郷に帰せばいいだろうに」

「ここの方が新しい治療法が見つかるからだろ。それにリアはここの生徒だ」

「今は戦時中だ。それにだ、ルード。世界はそんなに優しくない」


 ルードは絶句した。


「君は僕よりも早く昇進して、上からあの子を守るべきだった」

「そんな……だって、リアは検査だって」

「あの子は君を傷つけたがらない。できるだけ悲しみから遠ざけようとするからね。嘘をついたんだろう。彼女は以前君が言った魔力欠乏症のお偉いさんのために実験材料になるんだよ。あの子の両親には少しのお金が渡される。彼らもそれで納得するさ。あぁ、そういえば、あの子に君のことを頼むと言われたよ。本当に強い子だね、彼女は」

「なんでだ、なんでなんだ。アルバ、お前小隊長だろ、なんでリアを守らなかった。なんでだ、なんでなんだ」


 ルードが独り言のようになんでと繰り返し呟き始める。


「小隊長なんかで何かできるわけがないだろうっ! 言い訳するみたいだが、僕だってあの子を、リアを守りたかった、支えたかった。でも彼女は僕のことを望んではいない。僕は英雄にはなれないんだ。リアは君を傷つけることを極力ないようにしていた。だけど僕は君にも自分だけで力強く立ってほしい」


 そこでアルバは杖をルードに向ける。


「来い、ルード。確かに僕は君よりはあの子を守れる可能性があった。僕がもっと早くさらに上へと昇進できていたら守れただろう。そうしたら彼女をモルモットなんかにさせないですんだ。僕に力がなかったのも原因の一つだ。だから、君は僕を殴る権利がある」


 その時点で既にルードの頭の中は真っ白だった。何も考えず、吼える。

 そして、杖を投げ捨て、アルバに殴り掛かかろうと走り出す。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 だが、だんだんと失速し、アルバにたどり着くことなく膝をついた。


「はっははははっははははっははははははは」


 拳を叩きつける代わりに叫ぶように笑った。

 壊れているルードを見たアルバは歯を強く食いしばって、自分の頬を自分で殴りつける。


「僕達は本当に弱くなってしまった」


 ため息でも吐くみたいにそう言って、アルバはルードの側へとしゃがみ込んだ。


「僕は今から命令に背いたことをする。いいかい、リアは確かにあの部屋から連れていかれたしまった。でもまだこの学院からは出ていない。今からなら間に合うかもしれない。校門の前に馬車がくるはずだ、彼女はそれに乗って伯爵領へと向かう。彼女に会いに行け」


 ルードはアルバをゆっくりと見た。


「一緒に行くよな?」

「僕はいけない。君が行くんだ。そこからのことは任せる。残り少ない時間を異世界人との戦争のことなんかも忘れて、この世界のどこかで過ごすのもありだと思う。ただ、できればだけど、最後は僕達のもとに帰ってきて欲しい」


 ルードの視界の中のアルバは何かを我慢しているみたいに弱々しく微笑んでいた。それがルードに幼い頃を思い出させる。

 だからルードは力強く頷いた。


「分かった。必ず戻ってくる」



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