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彼女の優しさは上限を知らない

「……それでさ、アルバの奴ったらまた昇進しやがったんだぜ。凄いよな。同期としては鼻が高いよ。あいつの昇進が決まった時の先輩達の顔なんかもう傑作でさ、熟れた果実みたいに真っ赤になったと思ったら、すぐにペンキでも被ったみたいに真っ青に変わったんだ。これからは俺達に風呂掃除を押し付けたりなんかできないさ、アルバの奴がそんなことはさせやしない。あいつは凄い、仲間思いで、真面目で、努力家で、才能もあって、皆に慕われていて、評価もされてる。凄いよ、ほんと凄い奴だよあいつは……凄いなぁ」

「そっか、流石アルバ君だね。でもね、ルゥだって凄いよ。私、知ってるもん」


 ほとんど家具のない殺風景な部屋に二人の少年少女がいた。

 少女は真っ白なシーツの敷かれた簡易的な寝台に腰かけており、大きな瞳を少しばかり細めて微笑んでいる。対して、彼女の正面で木製の椅子に座っているルゥと呼ばれた少年はこの部屋に入って来た頃には輝いていた目も、話している内に陰りが見えてきて、今はもう俯いてしまっていた。


 少女、リア・シーディアは、少年、ルード・エスタの頭を撫でた。ルードの黒髪が微かに揺れる。撫でられた側のルードは、驚いたように顔を上げた。澄んだ空のような色の瞳が大きく開かれる。


「リア?」

「ルゥは優しいし、いつだって人より頑張ってる。ちょっと不器用なところがあるから、人より結果が形になるのが少しだけ遅いんだよ」


 そう言って、頭を撫で続けるリアにルードは少しばかり頬を染め、そっぽを向いた。


「……優しいのはどっちだよ」

「うん?」


 ボソッと呟かれた言葉がうまく聞き取れなかったリアがきょとんと小首を傾げた。その際に色素の薄くなった金髪が揺れ、横を向いているルードの視界の端に入り、彼は少し顔をしかめる。

 リアとルードは同じ町の出身だ。二人は幼いころから仲が良かったので、彼は彼女の髪の色が鮮やかだった頃を知っている。その頃はリアはまだ未来の天才魔術師だろうと言われていた。だが、今の彼女はこの部屋で使えなくなった魔術師として半分は隔離状態だ。


 リアは魔力欠乏症という病気だった。

 だんだんと体内の魔力が消えていくこの病気は魔力だけではなく、最後は発症者の生命力まで奪って死へと至らしめる。発症する原因は不明だ。原因が不明だからこそ、感染するのではないかなどという噂までたって彼女はここにいつも一人でいる。

 リアはそんな状態なのに、いつも自分は弱音一つ吐かないで、ルードを元気づけていた。彼女だって、彼と同じまだ16歳の少女だというのにだ。

 時代が時代なら彼らはまだ学生として普通の生活を送っているはずだった。だが、現在は異世界人との戦争中だ。突如この世界に現れた彼らは高度に発達した科学という力を用いて、すでに一部の国を占領していた。

 ルード達、魔術学院の学生もよほど兵力が足りないのか駆り出される有様だ。そのせいで彼らはもう普通の学生としての生活を送れていない。


「いや、何でもない。それより、リア、体の調子はどうなんだ? 外出許可は取れそうか? もう花が満開になってるぞ」

「えーっとね、調子は良いんだけどね。やっぱり、外出はさせてもらえそうにないかな。私があんまりうろうろするのを良く思わない人もいるし、こんな時代に何もしないでご飯が食べられるだけで幸せだと思わなきゃ」

「それは……でも、あんなに外の景色を愛して、色々なところに行きたがっていたのに。すぐ近くにあるサクラの花すら見に行けないなんて」

「もうっ、何でルゥがそんな顔するの。大丈夫だよ、サクラの花は戦争が終わったら毎年見に行けるから」


 また沈みこんでしまったルードにリアは困ったような笑顔を浮かべる。彼女の形の良い眉が垂れ下がっていた。

 彼らの言うサクラの花とは、まだ戦争が始まる前の頃に少々変わった異世界人の老人がこの近くに植えた異世界の木のことだ。春になると薄いピンクの花を大量に咲かせて見応えのある綺麗なものとなる。

 

 ルードはリアを見て「戦争が終わったら、か」と小さく呟いた。

 そもそも、今の戦争がどんな経緯で始まったものかルードはよく知らない。攻めこんでくる異世界人に対する防衛戦ばかりなので、やはり異世界人が侵略を試みたのではないかと漠然と思っている程度だ。


「そうだ」


 唐突に一際大きい声を上げたリアに驚き、ルードが彼女をまじまじと見つめる。


「旅をしよっか」

「は?」


 いきなりリアの口から飛び出した言葉に、ルードは自分の耳が取れてしまって正しい機能を果たせなくなったのかと思った。

 言葉をうまく理解できずにバカみたいな顔をしているルードへとぐっと身を乗り出してリアは続ける。彼女の目はエメラルドのように輝いていた。


「私の病気が治って、今起こってる戦争も終わったらさ、旅をしよう。私達で色んなところを見て回るの。アルバやカンナなんかも一緒にさ。この世界だけじゃなくて異世界も。きっとあのサクラの花みたいに素敵なものがたくさんあるよ。みんなで途中途中で美味しいもの食べてさ、綺麗なものからちょっと変なものまでいろんな景色を見るんだ。きっと、とってもとっても楽しいよ」

「う、うん」


 下手をしたら鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で、嬉しそうに喋るリアは一段落喋り終えてからルードの顔が赤くなっていることに気付いて、慌てて身を引いた。それから、さっきまでの状況を考えて耳まで真っ赤になる。リアは肌が白いので羞恥によって差した赤みがよく目立った。

 それを隠すようにリアはベッドの上に綺麗に畳んであったタオルケットを頭から被る。


「ご、ごめん」


 ルードは自分が起こしたことではないが、つい謝った。


「ううん、私こそ」


 リアはちょっと小さな声でそう言った。何故か少し恨めし気な目でルードを見ている。

 その時、二人しかいなかった部屋にノックの音が響いた。音が止んだ後に少し開いた扉から二人がよく知る赤い髪の少年、アルバが顔を覗かせる。


「久しぶり、リア。悪いけどルードを連れていくよ。訓練の時間だ」

「うん、久しぶりだね、アルバ。ルード、いってらっしゃい。訓練頑張ってね」

「もうそんな時間なのか。分かった、アルバ、今行く。リア、また来る」

「ありがと、待ってるね」


 アルバが迎えに来たことで、ルードは席を立った。が、扉へと歩く途中で立ち止まった。


「リア、さっきの話だけど……絶対行こうな」


 それだけ言って再び歩き始める。

 リアはそれに対して今日一番の花が咲いたような笑顔を浮かべて大きく頷いた。


「うん、楽しみにしとく」



 千人に一人の割合で発症すると言われる魔力欠乏症。

 完治した症例はもちろん、発症から五年もった症例も未だ存在しない。





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