二本の杖
「アルバ」
「アルバ君?」
ルードとリアは目を疑った。二人の目の前にいるアルバは二人の知っているアルバには見えなかったからだ。
髪だけでなく、全身が赤く染まったアルバが険しい顔をして二人の前に立っている。彼の両手は同じく赤く染まった二本の杖でふさがっていた。
「それで、どこに行こうとしているんだい?」
「アルバ、聞いてくれ。異世界の技術なら、リアの病気が治るかもしれないんだ」
「そうか。それで君たちはイセカイジンの力を借りに行くと」
「ああ。だってリアが治るかもしれないんだ。行くしかないだろ」
険しい顔をしていたアルバの顔が和らぐ、手に持っていた杖は二本とも地面に落とした。
「そうか、なら僕も手伝うよ」
そう言って、アルバはルード達へと近づく。
「あぁ、助かるよ」
ルードも緊張が解けたように笑顔を浮かべた。
次の瞬間、ルードの腹部に衝撃がはしる。痛みに顔をしかめ、ルードは膝を地面に着いた。口から、胃の中のものがぶちまけられる。
「なんて言うとでも思ったかい?」
「アルバ、何で?」
リアが怯えた目で聞いた。
だが、アルバはそんなリアの様子など無視して、冷たい目をして問う。
「リア、君まで本当に異世界に技術なら助かるとでも思っているのか?」
「それは……」
「今よりは可能性はあるだろうが」
ルードがアルバを睨み付けて言った。
「可能性なんてないさ。そんな都合のいいことあるもんか」
アルバは数歩戻って、落とした杖を拾いあげる。
ルードはその間にリアを離れたところに下ろした。
「ルゥッ!」
「大丈夫だ、必ず戻ってくる」
ルードのその言葉をアルバが鼻で笑った。
「またか。君はその言葉を僕にも言ったよね。もちろん戻ってなど来なかったけど」
アルバが片方の杖をルードへと放る。
「そうだったな、悪かった。でもあの時はそうするしかなかったんだ」
「そうか、まあ、もういいけどね。だけどルード、君はもう現実を見て、受け入れる時間だ」
ルードは投げられた杖を受け取って構える。
「現実なら、もう見ている」
「いや、君は現実を見てなどいない。君が見ているのは都合のいいことだけだ」
「そうかもしれないな。でも現実もきちんと見ているよ。ただ、それを完全に受け入れることはできない。アルバ、あるだけのもの受け入れて何もしないことが、お前のいう現実を受け入れるということなのか?」
「そうだよ」
「そんなこと、悲しいだけじゃないか。現実を、現状を、変えようと足掻くからこその人生だろ。アルバ、人は、俺は、希望がなければ生きていけないんだ!」
ルードは叫ぶ。
だが、その言葉はアルバには届かない。
「君にとっての希望はイセカイジンの技術なのか? イセカイジンは人間ではない。淘汰するべきものだ。奴らが攻め込んできたから、僕達は!」
「異世界人は俺たちと同じ人間だよ、アルバ」
「そんなことがあるもんか!」
アルバは悲鳴のような声で吼える。
「俺はさ、一年近く一人の異世界人と一緒にいたんだ。あいつは、キョウは、普通の女の子だったよ。俺たちと何ら変わらない一人の人間だった」
ルードは言い聞かせるように告げていく。
「もし奴らが人間ならば、ルード。僕は英雄だということになる。奴らの世界だと千人殺せば英雄だそうだ。なぁ、ルード、僕が英雄に見えるか? 僕にはそうは思えない。英雄なんてほど遠い血濡れの鬼だ。僕は英雄にはなれない」
アルバの告白にルードは顔を引きつらせた。今、アルバは少なくとも千人は殺したと言ったのだ。
「お前、そんなに」
ルードの視線にアルバは顔を歪める。
「そんな目で見るなよ。仕方ないだろ、戦争なんだ! 俺が遠いところに行ったみたいじゃないか。違うだろ、いつだって遠くに行ったのはお前達だ」
アルバの声には悲痛さがこもっていた。
ずっとアルバも様々なことに苦しんでいた。ルードはリアのことで頭がいっぱいいっぱいでそのことに気付けなかっただけだ。
「なあ、アルバ。お前はさ俺を何度も助けて、支えてくれたよな。俺の考える英雄はさ、人を支えたり、助けたり、救ったりする人のことなんだ。異世界の言葉でさ、英雄のことを、ヒーローって言うんだってよ。アルバ、お前は確かに俺のヒーローだったよ。でも、俺は、俺たちはもとの世界には戻れない」
ルードはそう言って笑った。
今更取り繕ったってどうしようもない。これはルードとアルバの勝手ばかりつめこんだひどい会話だ。この会話を聞いた第三者が自分達の話を物語にすると、きっと何が言いたいのか分からない酷く歪なものになるだろう。だけど、自分達はこれでいいのだ。ルードはそう思う。
失ってばかりの人生だった。
最初はリアを目標にしていた。彼女は天才魔術師だった。でも、病気にかかり、地に堕ちた。幼い頃はそこそこできた自分も、成長していく内にいろんなものに追い抜かれていった。アルバにも追い抜かれ、追いつけないほどの差をつけられたと思った。荒れていくたびに、友人もどんどん離れていった。でも、リアは自分が病気なのにずっと支えてくれたし、カンナも途中までは忠告をしてくれていた。京香は立ち直らせてくれた。アルバは自分の葛藤を押さえ込んで、何度も尻拭いをしてくれた。
そのアルバが今一番苦しんでいるのかもしれない。
「戻れないってなんだよ、戻ってきなよ。なぁ、ルード!」
それでもルードは首を横に振る。
ルードはもうこの世界では生きられないし、アルバももう異世界では生きられない。
だからと言って、争う必要はないのかもしれない。だけど、それぞれが別の世界を選択した以上、お互いがお互いの世界にとって害になる。
「さよならだ、アルバ。俺の親友」
そう言って、ルードはアルバへと突撃する。
そうして、以前は振り下ろすことは愚か、向けることすらできなかった杖を振り下ろした。