先に進もう
走る。ただただ走る。いつかと同じだ。
あの時はルードは間に合わなかった。だから、今度こそ。
いくつもの扉を次々と開けていく。だが、リアの姿は見当たらない。
カンナの言ったように本当に死んでしまったのではないかと不安になる。
だが、京香は言った。カンナの言ったことは嘘であると。
いつも都合のいいことばかりを信じてきたのだ。今も都合のいいことだけを信じよう。
そう思って、ルードはリアを探し続ける。
そして、ようやく彼女を見つけた。
扉を開けた途端目に飛び込んできたのは白い髪の少女だった。
髪の色が変わってもすぐに分かった。それが自分が取り戻そうと足掻き続けた少女の姿であると。少女の纏う暖かな雰囲気は何も変わっていなかった。
「リア」
少年は少女の名前を呼ぶ。
少女、リアは緑色の大きな目をさらに大きく見開き、口をパクパクと開け閉めする。
「嘘……ルゥ、ルゥだよね。どうして」
少年、ルードはリアのもとへと駆け寄って、彼女を抱きしめた。
リアは固まったまま、されるがままだ。ようやく状況を飲み込んで、リアはルードの背に手をまわした。とても暖かかった。
「迎えに来た。行こう、リア。異世界の技術なら魔力欠乏症だって治るかもしれない」
「でも、それはこの世界の人を裏切ることになるよ。それにカンナもここにはいるの」
「もう、俺はとっくに裏切っているよ。カンナともお別れをしてきた。もうこの世界に居場所なんてない。リア、一緒に来てくれ」
「でも」
否定的な言葉を言いそうなリアにかぶせるようにしてルードは言う。
「お願いだ、リア」
必死な様子のルードを感じ取って、リアは小さく頷く。仕方ないことなのだと。
「……うん。でもルゥ、私もう歩けないの」
「大丈夫だ。リアぐらいならおぶったままでも異世界の町に辿りつける」
そう言ってルードは背を向けてしゃがんだ。リアがルードの上におぶさる。
リアはひどく軽かった。
「さあ、行こう。しっかりつかまっていてね」
ルードは窓を開ける。カーテンを引きちぎり、それらを結んで端を寝台へと括り付けた。
それをつたってルードは下へと降りていく。
地面に着いてから、一度だけ屋敷の方を振り返り、ルードは言った。
「サンキューな、キョウ」
「さんきゅーなきょう?」
リアが首を傾げる。
ルードは何でもないというように首を軽く横に振った。それから前へと歩いていく。
「ねぇ、ルゥ。いつかさ、一緒に旅に出ようって約束をしてたよね」
「そうだな、目的地に着くまでにいろんな場所を見れるからこれもある意味旅だな」
「うん、そうだね。ねぇ、ルゥ、私ね、サクラの花が見たいな。そういう季節でしょ、今」
「桜の花なんて治ったらいつでも見れるぞ」
「ううん、今見たいの」
リアが滅多に言わなかった我儘を言ったことがなんだか可笑しくて、ルードは笑ってしまう。
「なら、ここにくる途中で見た桜の木がある場所にちょっと寄るとするか」
「うん」
久しぶりに会話するのでなんだかくすぐったい気持ちがした。
「ねぇ、ルゥ」リアが言う。「……ごめんね」
「バカ、なんでリアが謝るんだよ」
しばらくして、二人は近くの桜の木までたどり着いた。この近くには最近まで京香と居た森がある。
ルードの背中の上でリアがはしゃぐ。
「見て、ルゥ! 凄い綺麗だよ」
「あぁ、見てるよ」
「なんだか久しぶりだよ」
「ん?」
「ルゥ、私ね。とっても幸せだったよ、ううん、幸せだよ」
いきなりそんなことを言われてルードは顔を少し赤くすると共に、陰らせた。
「突然なに言ってんだよ」
「ううん、なんとなく」
「ここで休憩するか?」
ルードの問にリアは首を横に振る。
「先に進もう」
「そうだな」
ルードは頷く。そして、進み始めた。
「どこに行くんだい、ルード。異世界人の持ち物なんか首にかけてさ」
後ろから懐かしい声がした。とても仲の良かった人の声だ。
ルードとリアは振り返る。
「やあ、久しぶりだね、二人とも」
赤髪の友人、アルバの姿がそこにはあった。