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始めましょうか


――きっと意味なんかなかったんだ


 ルードは唖然としていた。


「何だよ、これ」

「あー、作戦も何もパアですねー。まぁ、町を見ていて大体分かっていたことですけど。それよりも急ぎましょう。乱戦ですから、逆にチャンスですよ。ピンチはチャンスです」


 伯爵の屋敷の外には見張りであったであろう魔術師達の死体が見るも無惨な状態で転がっていた。


「リアが、リアが危ない」


 ルードが血相を変えて、屋敷の中へと飛び込んでいく。


「ちょ、ちょっと、いきなり走り出さないでくださいよー」


 京香はルードの後を着いていくが、本当にルードの探している人物がいるのか半信半疑だった。

 走り続けていろいろな部屋を開けて確認していく二人だったが、死体しか見つからない。

 ルードの焦りはますます加速していった。


「何でだっ!? 何で生きているやつが誰もいない」

「確かに変ですね。もう占領されていたとしても、兵士は絶対にいるはずなんですけど」


 その疑問は上の階に上がった時に解決できる。

 二階の大広間で待っていたのは、大量の死体だった。ルードの世界だったものの兵士の死体も京香の世界の兵士の死体も混ざっている。

 そして、その死体たちの中央に一人の女が立っていた。

 赤と黒の二色だけで構成されているような印象を抱かせるその女は、ルードと京香に気付くと口を歪めた。

 肩口までしかない髪が彼女の周りを三周できるぐらいまで伸びる。

 その光景にルードは確かに見覚えがあった。


「……カンナ」

「お知り合いですか?」


 そう聞く京香は若干引いている。


「まさかあなたに会えるとは思わなかったわ。あなたがここに来るなんてね。でももう遅いわよ。伯爵領は放棄された、重要人物はほとんど避難した後よ」

「リアはどこだ?」

「リア?」


 カンナが不思議そうに首をかしげる。


「リア・シーディアのこと?」

「当たり前だろ」


 カンナが笑い声を漏らす。


「おい、何がおかしい」

「リア、リアねぇ。あの子ならとっくに死んだわ」


 大したことではないようにカンナはそう吐き捨てた。

 ルードの中で時間が止まる。


「嘘だ」


 ルードがもごもごと口を動かしなんとか声を出した。

 カンナはそんなルードを見て、ますます嬉しそうに笑う。


「あはははは、何その顔! 傑作ね、その顔で肖像画を描いてもらったらどうかしら。ねえ、大切な大切なリアが死んだことが分かってあなた今、どんな気分なの? 教えてくれるかしら。それとも全く気にならない? そこにいる女は新しい彼女かしら」


 カンナの言葉にルードの全身の力が抜ける。膝が床に着きそうになった。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ」


 ただそれだけを繰り返す装置のようになったルードの耳に京香が口を寄せる。


「はい、嘘ですよ、お兄さん」


 ルードが勢いよく京香の方を向く。


「痛っー」


 額と額がぶつかり、京香が痛みに顔をしかめる。

 だが、ルードはそんなこと気にした様子もなく、京香に問う。


「でもお前は相手の頭に手をあてないと心を読めないんじゃないのか」

「そうですねー、だからこれは女の勘です。いい女の勘は当たるものですよ」


 そう言って、京香はニッコリと笑った。


「私を無視するんじゃない、ルード・エスタアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!」


 カンナが吼える。

 そのカンナを無視して、京香は言った。


「お兄さんは先にリアさんを探しに行ってください」


 京香の言葉にルードは驚く。


「キョウ、おまえ」

「私はここであの人の相手をします。私のドッグタグと入国証を渡しておきますから、先に私の世界が占領している土地に行ってください。私も後から追いますから」


 京香はポーチからそれらを取り出し、差し出した。


「でもっ」

「行ってください!」


 京香の叫び声にルードは下唇を噛む。そして差し出されたものを受け取り、走り出した。


「邪魔をするなあああッ」

「邪魔はあなたの方です」


 カンナの伸びた髪がルードへと伸びる。それをカンナは異世界人の叡智である銃を数発カンナに向けて撃つことで、妨害した。

 髪がルードの方から向きを変えて、銃弾を防ぐ。


「お前、なんでだあああぁぁぁぁぁぁ」

「全くもって損な役回りですよね。それでもまぁ、長い間一緒にいたら、情が移ってしまったんだからしかたないです。それに、愛する二人の再開を邪魔するなんて無粋だと思いません?」


 それに、あの人は異世界同士の理解に貢献するかもしれない人ですから、と京香は続ける。

 ルード・エスタは貝瀬 京香が初めてほんの少しでも理解しあえた異世界人だ。めくるめくラヴロマンスの世界から来たような人だったが。

 分かりあうことは争わない理由にはならない。しかし、理解しあうことで争いが止まる可能性が一欠けらでもあるというならば、それにかけてみたいと思う自分がいる。

 血は争えないのだなと、京香は苦笑した。

 桜の木を異世界に植えながら、平和を願った祖父の血が確かに自分には流れている。

 そういえば、以前ルードと出会ったのも桜が咲いていた季節だった。彼は桜を綺麗だと言っていた。リアという少女と一緒に見る約束をしているのだとも。

 少し、嬉しかった。祖父のしたことは無駄じゃなかったと思えたから。


 京香は前を向く。そこには化け物のような姿をした異世界人がいた。

 周りでは、戦闘向きの力を持っていた同郷のもの達が死体となって転がっている。

 戦闘向きではない超能力しかもたない京香では勝ち目はまずないだろう。それでも。


「始めましょうか」


 貝瀬 京香は戦う。



――少し前


 怒鳴り声が屋敷内に響いている。どうやら異世界人がこの城内にまで攻め込んできたらしい。既に伯爵領は陥落しかけていた。

 リア・シーディアはもうほとんど白と言ってしまえるほど薄くなった自分の髪を撫でながら、ぼんやりと寝台の上に座っていた。様々な新しい薬や治療法を試されて、まだ生きているのは単に運がいいだけではない。この場所での待遇が学院以上に良かったことと、彼女自身の強さが大きい。屋敷の誰かが言っていたように、もしかしたら自分は神様に愛されているのかもしれない。そういえば、昔は神童と呼ばれていたっけ。


「カンナは大丈夫かしら」


 最近伯爵領に増援としてやってきたカンナのことを考える。久しぶりに会った彼女はひどく痩せていた。綺麗だと思っていた彼女の長かった黒髪は肩口でばっさりと切られており、白髪も目立っていた。余程の心労があったのだろう。

 それでも、リアに会うといつも笑顔を浮かべていた。


「ルゥも無事だといいな」


 長い間側に居続けた黒髪の少年を想う。彼と最後に会ってからもう一年近くが経つ。別れ方が別れ方だけにチクリと胸が痛んだ。彼は脆い、支えてあげなければすぐに崩れてしまいそうなほどに。まるで、カードで作った張りぼての塔のようだ。

 カンナに彼のことを聞いてみても、「元気にしているわ」としか教えてくれない。だが、ルードのことはアルバが支えているはずだ。大丈夫と信じよう。

 それよりも今は、自分の心配をした方がいいのかもしれない。

 リアは三階の窓から下を眺める、異世界人の兵士によって庭は鮮やかな赤色に彩られていた。






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