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百川海に帰す  作者: 干支ピリカ


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19/32

第五章 実践躬行 1.

1.


 支度の整った将兵を従え、孟徳は居並ぶ諸侯に『董卓を追撃する』と宣言した。

 露骨に向けられた呆れ顔や嘲笑を、孟徳は満面の笑みで買った。


「皆様方は、洛陽へ入ろうと領地へ戻ろうと、好きにされるが良い。だが、我らには仕事ができた。ここで別れよう」


 颯爽と馬に跨った孟徳へ向かって、怒りに身を震わせた袁紹が吠えた。


「後悔するぞ! 孟徳!」

「ハハハ! 袁紹本初、我らが盟主殿。曹操孟徳は、これで、おさらばつかまつる!」


 豪気な笑い声の余韻を残し、孟徳軍は堂々と董卓軍を追った。

 全軍騎馬であったため、二刻の後には、呂布の率いる殿軍を目で捉えた。

 最早、追撃はないと油断があったのだろう。

 後方にいた歩兵部隊は周章狼狽し、ある者は屠られ、ある者は戦場から離脱し、次々壊滅していった。

 しかし、騎馬部隊は違った。

 呂布軍の中心部隊は慌てず反転し、すぐに戦闘態勢を取った。

 中でも、やはり呂布は群を抜いていた。

 屠った人間の血を、足元から啜っているような赤色の馬に乗り、両手に持った双戟で、群がる敵をばっさばっさと薙ぎ倒していく。

 返り血一つ浴びぬ呂布の姿は、化け物というより、最早、神懸かって見えた。


 人馬が重なり倒れている様が、大きな黒々とした穴に見える。

 中心に、赤い馬に跨った呂布がいた。

 周囲を包む、どす黒い闇が、とめどなく戦場に広がろうとしていた刹那、孟徳に告げた言葉を違えず、元譲が毅然と、呂布の前に立ちはだかった。


「将軍! お相手願おう」

「さっさと来い、雑兵!」


 二合、三合と刃を交わし合うと、呂布と元譲は、お互いの力量を認め合い一度引いた。


「名は?」

「夏候惇元譲と申す」


 呂布は、手にした双戟を舐めるようにして「なるほどな」とつぶやいた。

 向けられた苛烈な視線を逸らすことなく、元譲は剣を構えた。

 しかしそのまま、一騎打ちとなるべき場面を、混沌としてきた戦場は許さなかった。

 呂布が唸り声を上げ、風を切る勢いで両手を交差させた。

 合わさった刃の切先は、もう少しで元譲の首を胴から切り離すところだった。

 紙一重で刃から逃れた元譲だったが、頭を引いた場所に、運悪く流れ矢が飛来した。


「元譲っー!」


 矢は、逃れようのない元譲の左眼を串刺しにした。

 比較的近くにいた妙才は、見取った状況に驚愕する。

 慌てて馬首を返そうとしたが、背後からの殺気に反応して、振り向きざまに刀を払う。

 どさっと、戟を構えていた男が倒れ、己の背後で行われていた戦闘の様子が、妙才の目に入った。


「孟徳っ!?」


 遠目に、敵と切り結ぶ孟徳の姿があった。しかも、周囲に味方が見えない。

 曹仁が元譲に向かったのが視界の端に映る。妙才は急いで孟徳へと馬首を巡らせた。

 すぐに孟徳と、相対する敵の姿を捕らえたが、同時に孟徳の後ろから、今一人の敵が近づいている状況にも気がついた。

 妙才は舌打ちしながら、背負っていた弓を取る。

 馬を駆けさせたまま腰に差していた矢を番え、一瞬の躊躇もなしに、二本の矢を続けて射た。

 一本は、孟徳の背後にいた敵の額に的中した。

 だが、孟徳と相対していた敵を狙った矢は、首を後ろに反らされ外された。

 矢を避けた拍子に、敵の武将の兜が落ちる。

 戦場に広がった波打つ赤茶の長髪と、露わになった白面に、妙才と孟徳は驚き、同時に叫んだ。


「女だとっ!?」

「胡人かっ!?」


 軍に、女の武将がいない訳ではないが、珍しいのは確かである。

 女武者は青みがかった目で、射殺せそうにきつく妙才を睨んだが、すぐに身を翻した。


「避けろ! 孟徳!」


 去り際の一撃を孟徳に浴びせかけ、女武者は退却して行った。


「無事か!?」


 女武者の刃を止めた利き腕を、孟徳は押さえたままだった。

 妙才の気遣いをよそに、孟徳はじっと、去って行った敵の後ろ姿を見つめていた。

 やがて、孟徳の口から、感嘆の呟きがあがった。


「さすが董卓の軍団だな! 赤い鬼神に、異国の美女か! 次は何が出て来るやら、見当もつかん」

「感心している場合か!」


 怒鳴った妙才は、はっと顔を上げる。複数の騎馬の音が近づいてきていた。


「……妙才! そこか?!」


 己を呼ぶ、よく知った声に、妙才は番えようとした矢を下ろす。


「ここだ!」と弓を振ると、数騎を引き連れた曹洪が駆けてきた。


「殿も一緒とは、重畳! 姿が見えんので探していたのだ」


 曹洪は、ほっと胸を撫で下ろす仕草をしたが、すぐに新たな鬨の声が、彼らの来た方向から響いてきた。


 まだ遠い。だがすぐにこちらへ来る可能性もあった。

 妙才と曹洪は視線を合わせ、頷き合う。


「行け!」

「おう!」


 妙才は、孟徳の傍に馬を寄せる。


「行くぞ! 敵の主力が来る」


「ああ」と頷きかけた孟徳の目に、手勢をまとめ、元来た道を戻って行く曹洪の姿が映った。


「子廉(曹洪の字)? そちらは……!」


 振り返る孟徳の馬の手綱を、妙才が強く引いた。


「あいつらは囮になる。どうやら俺たちは、敵陣の深いところまで入っているようだからな」

「なんだと!」


 忙しなく二人が話している間にも、合戦の声は近くなって来る。

 どこかで、『孟徳はこっちだ!』と叫ぶ声が聞こえた。

 兵馬の音がどどっと、声の方角へ移動する。


「今だ! 行くぞ」


 束の間、孟徳が躊躇する様子を見せたので、妙才は孟徳の馬の腹を蹴り、強引に前へ進ませた。


「次に危なくなったら俺が囮になる。お前は大将だ。何があっても、死んじゃいけないんだ。俺たちはどれだけばらばらになっても、お前がいれば、お前の元で集えるのだからなっ!」


 馬を駆けさせながら、妙才は必死に言い募った。

 隣で駆ける孟徳の背中から、迷いはじきに消えた。






―――――――――――――



…女性の兵士は、実際に割といたみたいです。

…この頃の大陸はホント混沌としてて、何でもアリでした。

…だから面白くて、色んな話の題材になるんでしょうなー。

…東西の交流もあったので、SFファンタジーにいがちな、全身筋肉グラマーな金髪美女軍人もいたかもしれませんねー



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