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2.淑女の活動とは

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 貴族といえば、普段は領地で生活し、社交界の季節になると王都の邸に生活拠点を移すものである。

 だが、オルコック家夫妻は違った。

 オルコック伯爵家当主 ローランドは、若手の学者や実業家を支援している。一見、理解を示した上での善意で行っているように見えるが、彼は先見の明ある者にしか投資するつもりがない。そこが、道楽同然に芸術家等を囲う他の貴族らとは違うところである。

 従って、情報収集に余念がない。他の貴族達が領地でのんびりと情報収集専門の雇用者から情報を待つ他方、ローランドは自ら王都に出向き、情報飛び交うパブへ乗り込む。そこには一部の貴族から貴族の邸の使用人、中流階級や労働者階級など様々な層が集まる。

 ゆえに、政治に関する話題から貴族の邸内での話題まで情報は数多手に入るのだ。

 舞踏会などの予定が入っていない昼間、ローランドはそうして度々従者と共に足を運ぶ。


 一方、女主人であるオフィーリアも邸でだらだら過ごしているわけではない。彼女は彼女で、使用人達に仕事の指示を出した後、情報収集や交友関係を円滑にするべく動いている。

 そんな彼女の暗躍の場、それが”ミモザの会”と内輪で呼ばれる、構成員五人の淑女の茶会である。



 場所はクリーヴランド侯爵の王都別邸。

 客間に集った五人の淑女は白魚のような手で優雅に菓子をつまみ、紅茶を飲む。

 部屋は植物柄の絨毯が敷かれ、青磁色の壁に白の彫刻が施される。見上げれば、天井を綾なす造形芸術、さらにその芸術を照らすシャンデリアが華やかな空間を演出している。

 各々の淑女は皆、同じ本を手にしていた。いわく、中流階級の女性の間で流行となっている大衆誌だ。

 集まった淑女は誰もが上流階級の貴族である為、この趣味を大っぴらにせずミモザの会でのみ話題に出す。

 つまり、このミモザの会とは趣味を同じくした集まりで、彼女らの共通点とは、大衆誌に連載される恋愛小説の愛好家という点――これに尽きる。


「皆様、今回のお話、ご覧になって?」

 会の主催者 侯爵夫人アンジェリーナが話題をふる。

 すると、皆一様に身を乗り出した。

「はい、拝読致しましたわ。前回恋を諦めたアリシアが、全てを捨て、忘れるように田舎学校の教師になっているなんて……驚きました」

 悲しそうに目を伏せながら語ったのは、伯爵夫人 キャメロン。彼女は紅の唇を切なげにきゅっと噛んだ。

「わかります、キャメロン様! ロバートは一体なにをしているのかしら。アリシアの心を弄んだというのに!」

 鼻息荒く、男爵夫人 セラフィーナが拳を握る。

 そんな二人に対し、子爵夫人 シャルロットは唇に指をあてながら首を傾げた。

「……でも、もしかしたらロバートは、まだアリシアの決意を知らないのではないかしら。オフィーリア様はどう思われます?」

 シャルロットの問いに、オフィーリアもまた、首を捻る。

「そうですね、わたくしもロバートはまだ気づいていないのだと思いますわ」

「そうだとしたら、もどかしいですわね」

 肯いたアンジェリーナに、皆一様に溜息を吐く。

 ちなみに”アリシア””ロバート”というのは、大衆誌に連載される恋愛小説のヒロイン・ヒーローの名前である。貧乏な貴族出身のアリシアは、女家庭教師としてロバートの家に雇用される。ロバートの家は伯爵家であり、ロバート本人は伯爵家嫡男であった。そうして二人は恋に落ちるが、紆余曲折あり、アリシアは失恋、邸を辞め、田舎学校にて教師の道を歩み始めた――という物語。

 さて、物語の話だけで終わらないのが、淑女の茶会だ。話は脱線を繰り返し、本線には戻らない。

「でも、最後はきっと二人は結ばれますわよね……。『トリスタンとイゾルデ』や『ロミオとジュリエット』のような悲恋にはなりませんわよね」

 どこか不安そうにキャメロンが微笑む。そこには、大団円という一抹の希望に縋る様が見てとれた。

「ああっ! その話はおやめになって……!」

 セラフィーナが顔を覆って俯く。

 ミモザの会の構成員は、恋愛小説ならば古典からオペラ、大衆小説まで読む雑食。中でもセラフィーナは、比較的古い時代の恋愛物語を好む為に、前述の作品に対する思いいれは一入なのだ。

 そのセラフィーナにとって、結ばれず死を迎える結末の前述作品は精神的に大きな損傷を与えている。

「悲劇といえば、四大悲劇の一つ『ハムレット』も……」

 シャーロットがからかうように言えば、セラフィーナは突然顔を上げてオフィーリアを見つめる。

「オフィーリア様!」

「はい?」

 疑問符を頭上に浮かべるオフィーリア。

「オフィーリア様は絶対、幸せになってくださいませね!」

 意気込むセラフィーナと呆気にとられるオフィーリアを、アンジェリーナがくすりと笑う。そして彼女は補足した。

「ほら、『ハムレット』における悲劇のヒロインといえば、オフィーリアでしょう? だから、同じ名前のオフィーリア様にはどうしても幸せになってほしい、ということではないかしら」

「まぁ……セラフィーナさまったら」

 オフィーリアをはじめ、セラフィーナを除いた皆が笑う。

 やがてオフィーリアは笑みをおさめ、言葉をついだ。

「わたくしは大丈夫ですわ。旦那様は理解ある方ですもの」

「オフィーリア様ってば、惚気てらっしゃるの」

 三日月型にした目で、にんまりとアンジェリーナはオフィーリアを見やる。それに、オフィーリアは悪戯に成功したかのように笑って答える。

「わたくしの旦那様は素晴らしいのです!」

 その言葉は、オフィーリアがどこででも口にするもの。周囲は耳にたこができた状態だから、苦笑を溢すばかりだ。けれど、この苦笑はオフィーリアとローランドが情熱的な夫婦だと信じてのこと。それに気づきながら、オフィーリアが訂正することはない。

 話を己からさりげなく逸らそうと、茶化して口角を上げた。

「もちろん、恋愛小説愛好家としては、宮廷愛や身分差の恋も憧れますわ。わたくしも一度で良いからそんな恋をしてみたいです」

 転換した話題に、淑女達は共感の声を漏らす。

「まぁ!」

「わかりますわ。身分差といえば、この時代に騎士はおりませんから相手は軍人かしら」

 そうしてしばらく、憧れの恋人の話で盛り上がった。


「そういえば、皆様ご存知? 白百合伯爵家が没落寸前なのですって」

 シャーロットが菓子を摘んで、さらに話題を変える。

 ちなみに”白百合伯爵家”とは、ミモザの会内で使われる隠語である。

 この話題に、アンジェリーナが乗った。

「時代の変化についていけなかったのかしら。……白百合伯爵家は、名誉職に就くこともせず、浪費三昧だったものね」

 目を細めて紅唇を弧に描く彼女は妖艶だ。

「黄薔薇公爵家も、過去の栄光に縋って今では火の車ですわ」

 セラフィーナの告げ口に、キャメロンは微笑む。

「黄薔薇様もなのですね。そうですわ……宿り木の君、近々爵位を剥奪されるようです」

「まぁ」とキャメロンを除いた皆が声をあげる。

「いい気味」

 誰ともなく、囁きがした。

 ”宿り木の君”と呼ばれる男は、爵位を笠に横暴な行いをしてきた。特に、妙齢の女性にとっては恐ろしい存在で、狙われれば犯され脅されぼろぼろにされる、という噂が後を絶たなかった。一体誰に手を出してしまったのか。恐らく、キャメロンの関係者が手を回し、追い詰めたのだろう。そうでなければ、爵位剥奪が実行される前に、他の淑女が知らない話題をいち早く提供できる筈もない。

 兎にも角にも、五人はほくそ笑む。

 ――これが、”ミモザの会”なのだ。

 ”ミモザ”の花言葉には、”秘密”に関連するものや”友情”を示すものがある。ここに集まる五人は、皆それぞれ異なる情報を有す。それがどういうことなのかは、容姿ですぐに察することができる。

 侯爵夫人 アンジェリーナ――彼女は艶冶な魅力を持つ、社交界の花。社交界では常に女性も男性も侍らせており、夜会に彼女は不可欠な存在と言われる。

 伯爵夫人 キャメロン――彼女は性格と同じく容姿も大人しめの女性。社交の場では消極的で、壁の花をする性質だ。

 子爵夫人 シャーロット――真面目でお堅い、そして博識。それこそ女家庭教師がぴったりの彼女は鋭い観察力と推理力を持つ。

 男爵夫人 セラフィーナ――キャメロンと間逆の性格の彼女は、正義感が強く、ややきつい物言いをする。

 最後にオフィーリアについてだが、彼女はほどほどに流行を追い、社交界では並みに舞踏と交流を行い、自分の意見より人の意見を聴くことに徹する。

 以上の五人は、普段、社交界で固まる集団とは全く異なる面々で構成されていた。例えば、社交界でアンジェリーナは派手な部類の淑女と集うし、キャメロンは大人しい部類の淑女と集う、という具合に。

 しかし、社交界で本物の友情を育むことは難しい。それを各々は理解していた。

 そこで、アンジェリーナが主導してつくったのが”ミモザの会”だった。社交界のように、損得で集うのではなく、趣味で繋がった仲間。そこに貶める、貶められる、という概念はさほど存在しない。

 幼馴染の輪や紹介の輪からこうして集った五人は、まるで密偵のように社交界で自分が所属する集団の話を流し合うのである。当たり前だが、誰もが自らに不利な情報は口にすることがない。それが暗黙の了解だ。

 これが、オフィーリアにおける情報収集活動。オルコック伯爵家の役に立つよう、オフィーリアは集めた情報を逐一ローランドに報告している。


 そんなミモザの会だが、最近、私生活の話題も出るようになった。

 それほどに五人の関係が深まった、ということではあるものの、今回、オフィーリアは困惑している。

「そうだわ、シャーロット様とオフィーリア様はお子がまだですわよね」

 気を遣う話題をアンジェリーナが投下したからだ。

 アンジェリーナが言うように、この五人の内、子どもがまだ一人もいないのはシャーロットとオフィーリアのみ。政略結婚した身において、結婚して一年経っても子ができないことは、立場が危うくなることでもある。

 だからこそ、アンジェリーナが切り込むようにこの話題を提示した理由が、嘲弄ではないことをシャーロットとオフィーリアはわかっている。彼女が嘲りたくて出した話題ならば、それはこの場よりも社交界で出した方が相応しいから。そして、アンジェリーナは人を嗤う為にこのような話をする人ではないと、二人は知っている。ただ彼女は、仲間を守りたいのだろう。

「ええ」

 シャーロットとオフィーリアが答える。

 すると、アンジェリーナはメイドに指示を出し、二つの小箱を持ってこさせた。

 二人は目を瞬く。

 一方、キャメロンとセラフィーナはふふ、と小さな声を漏らして笑っているから、どうやらアンジェリーナの思惑を知っている模様だ。

「なんでしょう?」

 シャーロットが呟く。オフィーリアは小首を傾げることで返答した。

 そうして、アンジェリーナが妖艶に口尻を上げながら、小箱を二人にそれぞれ差し出した。

「お二人に、これを。きっと、効果があると思いますわ。開けてご覧なさいな」

 小箱を受け取った二人は徐にそれを開けた。

 そこには、紅色をしたガラスの小瓶が入っている。手のひら大のそれは、香水瓶のように見えなくもない。

「これは……」

 瓶を見下ろすオフィーリアに、アンジェリーナは再び爆弾を投下した。

「媚薬です」

 目を丸くしたのは、これを渡された二人。

「貴族は、子を産むことが求められますわ。そうできなければ、周りから責められ、挙句、離縁されることもあります。そうならないよう」

 それがアンジェリーナの気遣いであるとわかる。貴族としての、気遣いだと。

「ありがとうございます、試してみます。夫は学者肌の朴念仁ですから」

 シャーロットは苦笑して、箱を控えている自らの使用人に渡した。

 そんなシャーロットに、キャメロンがうっとりと目尻を垂らす。

「ですが、シャーロット様はとても愛されていると有名です」

「そんな……」と照れるシャーロットの一方。

「オフィーリア様?」

 呆然としたままのオフィーリアに、セラフィーナが声をかける。はっと意識を戻したオフィーリアは、小瓶を見下ろした。

 笑みも怒りもしないオフィーリア。彼女はなにを想っているのか。

 戸惑いながら、セラフィーナは問いかけた。

「……もし悩みがあるのなら、お話になって? ここにいる五人は同志、誰も他言することはありません」

 真剣で強い眼差し。

 その優しさに、オフィーリアは微笑み、笑声を漏らす。

「皆様のことは、とても信頼しておりますわ。それに、お気遣いとても嬉しいです。大丈夫ですわ――わたくしの旦那様はとても素晴らしいのですもの」

 いつもの言葉。それに、一同は安堵したように表情を和らげた。




***   ***   ***




 オルコック伯爵邸に戻ってから、オフィーリアは化粧室の化粧台前に佇んでいた。

 明かりはオイルランプ一つだけ。まだ夜ではないが、日の位置が変わった為に太陽光は部屋に差し込まない。夕暮れとなった時間に明かりがオイルランプ一つだけでは、少しばかり暗い。

 それでもオフィーリアは明かりを足すことをせず、手の中の紅色の小瓶を見下ろした。

 オフィーリアとローランドは、結婚して一年と少し。そろそろ跡継ぎはまだかとせっつかれる時期が迫っているだろう。

 跡継ぎをつくることは、貴族の義務。それが出来なければ、離縁となりうる。離縁後、子ができない身体だと知られれば、次の婚姻もほぼ望めない。

 アンジェリーナの気遣いは、貴族においてなにも的外れではないのだ。

 オフィーリアは化粧台の引き出しを引く。中には、青い小瓶が一つ。もうすぐ中の液体が尽きるほどに減っている。

 その隣に、彼女は媚薬の入った小瓶を置く。

 そして静かに閉め、踵を返した。



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