5.旦那様の賭けについて
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――それから時は、十年、二十年と経過する。
『ねぇ、旦那様。わたくし、信じられないくらい幸せですわ』
オフィーリアはその言葉に偽りはないと物語るように微笑んだ。年相応の皺が刻まれた目尻を下げて、慈しむように優しく。
その皺すらも、ローランドにとっては愛おしい。彼女と共に歩んできた証だから。
オフィーリアが横たわる寝台周辺には、家族が皆集まっている。次期伯爵として家に戻ってきた長男、自分の道を歩みいつも忙しくしている次男、貴族へと嫁いだ長女に次女。誰もが涙を浮かべて、穏やかに笑む。
それが、オフィーリアの願いだったのだ。彼女は、家族に『いつまでも幸せでいてほしい』と願った。いつまでも笑んでいられるように、と。彼女の最期の願いを、誰もが叶えようとした。
オフィーリアは家族から愛された。そして、彼女も家族を愛した。
『わたくしに幸せをくださって、ありがとうございます……旦那様』
――それが、オフィーリアの最期の言葉だった。
*** *** ***
まるで眠るように息を引き取ったオフィーリアの手を、ローランドはいつまでも握り続ける。
「……オフィーリア」
何度名を囁き続けても、返事はない。もう二度と「旦那様」と呼んでくれることもない。”ローランド”と呼ぶことは、ついぞないまま――。
冷たくて白い手。すっかり体温は失われている。それでも、ローランドはその手に縋る。
邸内は慌しい。物音が廊下からオフィーリアが眠る部屋まで聞こえてくる。
それは当たり前のことで、女主人の死ゆえに、長男 カーティスを始めとして次男、長女、次女、使用人達が皆葬儀の準備や手配を行っているのだ。亡くなったオフィーリアの夫といえど、オルコック伯爵家の当主であるローランドがなにもせず、オフィーリアの元から離れない方が怠惰といえた。
それでも、誰もローランドをオフィーリアから剥がさなかったのは、彼がいかに妻を愛しているのか熟知しているから。二人はいつも共にあり、それはそれは幸せそうにしていた。その幸福は誰の目にも明らかで、けれど使用人と家族は誰よりもそれを知っている。
ゆえに、家族や使用人は許される限り、別れのその時まで二人きりにさせようと配慮した。
ローランドはオフィーリアの頬を指でそっとなぞる。
「私の、オフィーリア……」
嗄れた声。
喉の奥が圧迫されたように鈍く痛む。涙を堪えれば顔はくしゃりと顰められ、嗚咽を堪えるには奥歯をぐっと噛み締めるしかなかった。
(オフィーリアは、幸せになってほしいと、願った。だが……オフィーリアを失って、幸せでいられるはずがない)
オフィーリアと結婚してから、ローランドは幸せであった。増えていく家族。ローランドの束縛ゆえであったとしても、結局、オフィーリアは生涯愛人を囲うことはなかった。
そして彼女はいつしか、「幸せですわ」と口にするようになっていた。
ローランドはオフィーリアの心が手に入らずとも、それはそれで幸福だった。彼女は傍にいてくれた。たくさんの子を与えてくれた。楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに笑んでくれた。それがローランドの心をいつだって弾ませた。
でもその幸せは、オフィーリアがいてこそだった。オフィーリアがいなければ――。
虚無感に襲われる心が、押し潰されそうなほどに歪む。苦しくてたまらない。涙の海に沈むかのごとく、呼吸もままならない。どこかはわからない――ただひたすらに痛くてたまらない。
扉が開く音が、部屋に響く。足音がローランドに近づき、やがて音の主は「……旦那様」と声を発した。
言葉はオフィーリアと同じでも、声が違う。その声は、オフィーリアにずっと仕えてきたメイド メアリーのもの。
「旦那様」
再度の呼びかけに、ローランドは緩慢な仕草でメアリーへと振り返った。やはりそこには、ローランドとオフィーリア同様に年を重ね、黒髪に白いものがまじるメイドの姿がある。いつもと同じ整えられた髪形にメイド服であるが、常と異なるのは、彼女が数本の青い薔薇と二冊の本を持っていることだ。
メアリーは二冊の本をローランドに差し出す。が、彼は受け取らない。
主が死して尚無表情の彼女は、「奥様の日記です」と受け取るよう促した。ともすれば、ローランドはようやっとオフィーリアの冷たい手を離し、日記を受け取る。
メアリーは柔らかく、それでいて悲しげに微笑んだ。
「奥様は、日々書き留めることが苦手なようで、思いついた時にだけ書き記していらっしゃいました。……亡くなった後、処分するようにと言付かっておりましたが」
ローランドを見やり、切なく目を細める。
「この日記は、旦那様が持つべきだと思うのです」
メアリーの声を聞きながら、ローランドは二冊の内、古びた表紙の日記を開いた。
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今日から、日記を書こうと思う。シャーロット様は、過去の自分が何を考え、
感じていたのか読み返すのが楽しいそう。セラフィーナ様は、心を整理する為に
書いているそう。
そういえば、最近読んだ恋愛小説の主人公も日記を書いていた。
だから、わたくしも始めよう。
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それが、オフィーリアの日記の最初のページ。
その後は、両親のこと、愛を醜く感じること、オルコック伯爵一家への憧れからローランドの観察が恋に変わっていく様子、そしてローランドに恋の噂がたてば嫉妬し、自分の狂愛を自覚する度に、自己嫌悪に陥る感情が綴られていた。
「……オフィー、リア?」
蒼白な顔で眠る妻を見やり、呆然と呟く。
「君は――……」
――私のことを、愛していた?
続く言葉は閊えた。
ローランドの頭の中が真っ白に染まる。今は、日記に記される事実を受け止めるだけで精一杯だった。
再び日記へと視線を落とす。
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父が、オルコック伯爵家へわたくしとローランド様の縁談を持ちかけたと
言った。
なんて勝手なことを。
……知っている。父は母を愛しているけれど、同等の罪悪感も秘めている
こと。母の愛する青年を死に追いやったことにではなく、母から愛する人を
奪ったことを悔いていると。
父は、わたくしに母の代わりをさせようとしている。わたくしを愛する人と
結ばせることで、罪の意識に苛まれる己の心を慰めようとしている。それは自
己満足でしかない。
……でも。ローランド様がもし縁談を受けてくれたのなら、いつか彼から
愛されることもあるだろうか。夢見ても、良いのだろうか。……そうだと良い。
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そうして、成立した縁談。
彼女は結婚式の後も、日記を書き記す。
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どうしよう、幸せすぎて怖い。人生の幸運を、今すべて使い果たしたのでは
ないかと思う。
この結婚は政略結婚だけれど。ローランド様に愛してもらえるよう尽くそう。
伯爵家の為、頑張ろう。
ああ、日記を書く手が震えてしまう。幸せで身震いするなんて初めてのこと。
――結婚式のローランド様はあまりに素敵で、わたくしには眩しい。
でも、こんなに愛おしいと思える人に出逢うことができて、とても幸せだ。
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満たされる心が読み取れる、少し震えた文字。
この時の彼女が、心から幸せだったのだとわかる。
――けれど。
この後の出来事を、ローランドは誰よりもよく知っている。
次のページを捲ることが恐ろしい。自分のしてしまったことがいかに愚かで残酷であったのか、今ならよくわかる。痛いほどに、理解できる。
それでも、ローランドは小刻みに震える手で、ページを捲った。
日記の中の時間は、初夜の翌日まで飛んでいた。
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初夜、旦那様と約束を交わした。
旦那様は、わたくしを愛することはない、子どもさえ産めば愛人を囲っても
良いとおっしゃった。
悔しくて、悲しくて、惨めで。やっぱり悔しくて。
わたくしは、旦那様の言葉に受けて立ってしまった。必死に虚勢を張って。
自分でも愚者だと思う。あまりに滑稽だ。この時ほど、自分の矜持を厭わし
く思ったことはない。
胸が痛い。絞めつけられるように、苦しい。
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ローランドは口内に溜まった唾液を嚥下する。
心に引っかかった箇所を確認しようと、前ページと現ページをいったりきたりして――気づく。それは、初夜の直前までオフィーリアは”ローランド様”と記述しているのに、初夜の翌日からは”旦那様”と書き方を変えた事実。
思えば、オフィーリアがローランドを”旦那様”と呼ぶようになったのは初夜以降。朧げな記憶を手繰り寄せれば、結婚式の時は”ローランド様”と呼んでいたような気がする。
動揺と後悔で不安定な心。それでも、オフィーリアの本心への探求をやめることはできない。ローランドに見せることのなかった、彼女の本当の気持ちを知りたいが為に。
血の気が引くように冷たくなった指で、ページを捲る。
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賭けをすることにした。
期限は、旦那様との約束を果たすまで。子を産むまで。
父は、母を軟禁するように溺愛した。母を守る為ならば、何を犠牲にして
もかまわなかった。そんな父に、わたくしは似ている。
旦那様と恋の噂が流れた女性の不幸を願った。死すら祈った。それは、母の
愛した人を絶望させ、間接的に殺したとも言える父とどう違うだろう。――同じ
だ。父とわたくしは、愛情の形がそっくりなのだ。
そんな自分が恐ろしい。夜会で耳にする、夫の愛を得られず、夫の愛人を
拷問にかける女性をあんなに嫌忌していたのに。わたくしは今、その妻の気
持ちがわかる。わかってしまう。わたくしも同じことをしてしまうのでは
――もっと残酷な仕打ちをするのではないかと、思ってしまう。
そんな醜態を旦那様にさらして嫌われたくない。侮蔑と怨恨を向けられた
くはない。旦那様はきっと、わたくしを疎んで、隣にいることもきっと許し
てはくれなくなる。ともすれば、生きる価値すら見出せない。
いっそ旦那様への愛が消えてしまえば良いけれど、どうやらそれもなさそ
うだ。愛が成長することはあれど、枯れていく気配はないのだから。
狂った愛は、遠慮というものを知らない。一度愛を語ってしまえば、気持
ちは決壊したように常に愛を囁いてしまうだろう。押しつけているくせに、
心を尽くせばいつか振り向いてもらえるのだと勝手に期待して。
そして、傲慢にも旦那様の心を求めてしまうだろう。愛する人には、愛さ
れたい。彼の心を独占したい。愛を示したならば、返してほしい。なにを破壊
してでも、彼がほしい。そう傲慢にも願っているから。
だから、わたくしは愛を紡がない。その為に、わたくしはわたくしと賭け
をしよう。
矜持に懸けて、負けはしない。
もしわたくしに、旦那様ではない愛する男性ができたなら。もしくは旦那
様がわたくしに愛の言葉を紡いでくださったなら、賭けは引き分け。わたくし
も旦那様も、互いに不幸になってはいないから。互いに互いの幸せを育める
から。
けれど、もし、わたくしが気持ちを封じられず、旦那様に愛を告げ、彼の
愛を請うてしまったなら、わたくしの負け。旦那様の心を求めるわたくしは、
外に愛を向ける旦那様にとって邪魔でしかない。そしてわたくしは旦那様の
愛人を認めることができない。もしかしたら、殺めてしまうことも、あるか
もしれない。どの道、わたくしは愛する旦那様から愛されることはない。
それは、不幸でしかない。だから負け。
――愛し、愛されることにずっと焦がれてきた。だから、旦那様ではない人
を好きになる努力をしてみよう。
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その後に走り書きされていたのは、避妊薬の情報。ローランドには知られないよう、こっそりと内密に入手しようとした証拠。
避妊薬の名前を見て、ローランドは瞠目した。信じられなくてもう一度読もうと、文字を指でなぞる。
「これ……この、薬は……」
「堕胎薬です。オフィーリア様は身体を悪くすることを知っていてなお、猶予を求めたのです」
メアリーはローランドの言葉を継ぐ。彼女は当初からすべて知っていたのだろう。オフィーリアが最も信頼を置くメイドであったから。
「どうして……どうして私に言わなかった!」
叫ぶようにして責めるローランドに、メアリーは冷ややかな声で反駁した。
「わたしの主人はオフィーリア様です」
彼女の言う通りだ。伯爵家の当主はローランドであっても、女主人の世話をする小間使いは女主人直轄の使用人。オフィーリアの意を酌み、最も信頼できる人物でなければならない。メアリーはどこまでも、オフィーリアに忠実であるだけ。
わかっていても、憤りがローランドの胸の内に渦巻いた。共に、とめどないやるせなさと後悔が襲う。
ローランドは額を押さえ、俯いた。拍子に、涙が幾筋も頬を伝う。潤んで視界がぼやける。喉が、熱くて鈍く痛い。それはすべて、オフィーリアを想ってのこと。
ぽつり、ぽつりと増える涙のしみを見つめながら、オフィーリアに懺悔の如く囁く。
「違う、んだ。好きだから……愛しているから、言えなかったんだ。君は、外に愛を求めると思っていたから。私が君に愛を紡いだなら、君は私を拒絶すると、思っていたから……」
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わたくしは、”旦那様”と彼を呼び続ける。旦那様が愛を告げてくださる、
その時まで。その時、わたくしは旦那様に愛の言葉を返せるのだ。その時が、
旦那様がわたくしだけの旦那様になった時。
だから今は、彼を名で呼ぶわけにはいかない。
旦那様、と呼ぶ事でわたくしは自分に知らしめることができる。旦那様と
わたくしの間に愛はないのだと。形だけの夫婦なのだと。
そして、いつか旦那様から離縁を求められたとして。ローランド・オルコッ
クという個ではなく、”旦那様”とだけ認識することで、”わたくしの旦那様”
がローランド・オルコックである事実はきっと消せる。新たに夫を迎えても、
彼の名を呼ぶ事はない。
彼は、素敵な旦那様。愛のない夫婦における、素晴らしい旦那様。
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ローランドはオフィーリアの亡骸に縋る。かつて、ユーインに教えられた言葉に隠されていた本当の意味。知ってしまえば、その言葉はローランドの胸を抉る。
顎から落ちる数多の雫を拭うことなく、ローランドは彼女に叫び続けた。
「オフィーリアっ! 愛している。好きなんだ! ずっと――……」
喉に絡まった言葉が途切れた。
メアリーはきれいな表紙の日記を手にとると、ゆっくり開く。ぱらぱらと数ページ捲ったかと思えば、睫毛を伏せ表情を和ませた。
「奥様は、カーティス様が生まれてから、いつも幸せそうでした。……旦那様の愛を、家族愛だと信じて疑いませんでしたが、それでも――幸せだとおっしゃっていました」
あるページに辿り着くと、メアリーは手元の日記をローランドの傍に置く。
ローランドが顔を上げ、寝台の隅に置かれたその日記を見やれば、まだ古さを感じさせないページにはこうあった。
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一番欲しいものは手に入らなかったけれど、わたくしは信じられないくらい
幸せだ。
旦那様は、約束通り庭に鈴蘭を植え、毎年花の季節には散歩に誘ってくだ
さった。
わたくしに似た、鈴蘭。毒を持つ花は、狂愛を秘めるわたくしに似ていた
から好きだった。
そんな皮肉な気持ちだったのに、今では大切な約束の花として大好き
になった。
『幸せの再来』
鈴蘭の花言葉。旦那様はその花言葉を叶えてくださった。
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それは、晩年のオフィーリアの日記。
ローランドは唇を噛みながら、続く文章を読む。
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もう、身体が自由ではないのだし、ともすれば彼の愛人を手にかけるような
醜い妻になれない。
ならば、愛を告げてしまおうか。
――でも、もうすぐ死にゆく身で、わざわざ旦那様の心にしこりをつくること
もない。
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彼女の日記通り、オフィーリアは結局最期までローランドに愛を囁くことはなかった。
死の一年ほど前から、少しずつ身体の不調が目立つようになったオフィーリア。それは、これまで体調が悪くとも隠していたが、ついに隠しきれなくなったかのようだった。そして恐らく、その通りなのだろう。
寝台で臥せることが多くなった彼女は、死を感じながらローランドの心を案じた。最期まで彼女は、ローランドに生涯一度も愛人がいなかったことを知らず、逝ってしまった。彼が愛し続けるのはオフィーリアただ一人だと、知らないまま。
その事実を、オフィーリアが知ることはない。もう二度と、ローランドの心はオフィーリアに届かない。
打ちのめされるほどの現実。ローランドの心が崩れ落ちそうなほどにひび割れ、砕けていく。痛くて苦しくてたまらない。
再び彼は、オフィーリアへと向かう。
「オフィーリア、目を開けてくれっ! 好きなんだ、愛しているんだっ! 伝えたいことが、たくさんあるんだ!! 私を、置いていかないでくれ……私の愛しいオフィーリア……っ」
嘆くローランド。悲愴なその声が、部屋に反響する。
けれど、傍に控えていたメアリーは慰めることも責めたてることもせず、静かに言葉を紡ぐ。
「……賭けを、しますか? 奥様に――オフィーリア様に、愛を告げる為の賭けを」
”オフィーリア”という単語に首を回らしたローランドが、「……なにを」と呟く。
メアリーは携えていた数本の青い薔薇を差し出す。受け取ること示唆するように。
そうして、感情を読ませぬ微笑みを浮かべ紡いだのは、御伽噺。それはかつて、オフィーリアにも話した物語。
「青い薔薇には、呪いがあります。奇跡を信じる者だけが叶う呪いです。昔々、魔女と呼ばれ死した妃と来世での逢瀬を願い、妃の育てた青い薔薇を用いて命を絶った王がいました。昔、魔女と呼ばれる姫に先立たれ、青い薔薇の呪いを施して後を追った青年がいました。この呪いは、その呪いです。――奥様と旦那様の手を、紐や薔薇の蔦で手錠のように括り、青い薔薇を添えて自害なされば、あるいは」
「……そんな、馬鹿なことが」
嘲笑を交えて言ったローランドに、メアリーは挑戦的に口角を上げた。
「証拠は――わたし、です」
ローランドの眉宇が顰められる。
ローランドは馬鹿馬鹿しい、と思った。思いながら、生きることに未練などない、とも思った。
長男も、次男も自立した。長女と次女は嫁いだ。あとは、伯爵位を長男に譲るだけ。自分がやるべきことは、もう、ない。この世に未練など、ない。
「神の国で、オフィーリアに逢えるだろうか……?」
自問するように問えば、メアリーが首を横に振る。
「いいえ。神の国での再会ならば、証拠の”わたし”がこの世界にいてはおかしいです。この国の……教会の概念とは異なります。来世――死した後、またどこかの世界、どこかの地に生まれ落ちた時のことです」
メアリーの言葉は、ローランドにとって奇想天外であった。
ゆえに、かつてのローランドならば間違いなく、狂った者の戯言として一蹴しただろう。もしかしたら、ローランドを殺したい誰かのまわし者だと疑ったかもしれない。
だが、今のローランドはそう思わなかった。縋れるならば、何にでも縋る。矜持も常識も、どうでも良い。――この世に執着するものがないからこそ、彼女の言葉こそ本当であれば良いとすら思った。祈った。
――賭けをしても、良いのではないだろうか? 彼女に再び逢う為の、賭けを。
そう、自分に問う。そして答えは決まっていた。
ローランドは青い薔薇へと手を伸ばす。薔薇に触れると、オフィーリアとの再会を願い、うっとりと夢見るように相好を崩した。
その夜。
オルコック伯爵家に、一発の銃声が響き渡った。
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