エセ宗教家の演説
歓声が沸いていた。
抑圧されていた、それから解放された喜びか。
非常に問題なのは
俺がこの大勢の前で何かを言わないといけないことだ。
「この街を救った英雄様! どうぞ皆の前でお話をお願いします!」
あの後、ガナッソが大喜びで俺の制止も聞かずに事の顛末を仲間達に伝えに行って、巡り巡った結果がこれだった。
セーラ自警団の全員が死亡、盗賊団も死亡。おそらくは審判は全ての対象者に距離場所関係なく発動したのだろう。後腐れが無い、といえばそうだった。
事情を知らなかったと思われる面々もいたのだろうが、復讐の根を断ち切るために区別なく死をもたらした。たぶんそう言う事なのだろう、と思う。
そんな圧政を解放した形になった結果が今、演説台に上った俺の姿という事になるだろう。何言えと。正直適当な事しか言えんぞ。まともに演説出来る自信が無い。
ただ、一つだけ気になったことはあるので、それを話そう。顔が引きつらないことを祈るしかねえ。
演説台に立って、まず何を言おう。おめでとうと言うべきなのか。
「六原鍛冶だ。まずは、こう言うべきなのだろう不当な弾圧からの解放おめでとう、と」
歓声が沸く、最前列にはガナッソの姿が見えた。
「だが、こうも言おう。これからは男女平等であるべきだ」
しんと静まり返った。間違いなく、不満があるのだろう。
「諸君、考えてみろ。異なる性別を持つ者に不当な弾圧をしていた、かの家はどうなったのか。この街の男を苦しめていた女盗賊団はどうなったのか。一部の真実を知ってなおそれを隠していた自警団は無実の者を含めてどうなったのか。宗教家に見えるだろうが私はあえて言う。
天知る地知る人知る我知る 神知る、と。不当な弾圧に怒りを覚えるのは確かだろう。今まで自分に酷い扱いをしてきた女が憎いだろう。だが、それをした女の大半は短い生涯を終えてしまう結果になったのだ。君達が憎しみのまま同じ行為をしたら、同じ罰が降りかかることになると思わないか?」
静かだった。俺の言葉を認めたのか、認めないのか。だが、杭に打たれて死んだ女達の姿を見ておそらくそれが現実になりうるものだと感じているに違いない。
「長生きしたいのなら過剰な憎悪は買うな。俺が言えた義理では全くないが、あえて言う。男女平等であれ。何、自分達の今までの行いで受けるだろう扱いにガタガタしているだろう女に優しく手を差し出してやれば、素敵! 抱いて! となるかもしれなんしな。度量の広さを見せるのも男の魅力の一つだとは思わんか」
ハハハ、という言った後、後悔するだろうなと言った直後の今でも思うその下品な言い方に少し後悔しながら、俺は自分なりに男達に女を弾圧し返すのはやめておけ、と説いておいた。
たぶんこれで男が今までの恨み! とやり返したらたぶん泥沼の戦いになる。荒廃度は今の比じゃなくなるだろう。今でもきっと一部の女が自警団の悲劇に憎悪を抱いているだろうが、それは俺が主に受ければ良い。と言うより憎悪を受けたまま逃げる。
「世界は優しさだけで出来ているわけではないし、優しさが必ず報われるわけでも無いが
その小さな優しさは今の闇に覆われようとしている世界を救うほんの小さな助けになると、私は信じている」
うん……怪しい宗教家だ。
「ありがとうございました」
「いえいえ、でも本当にあくどい事は僅かぐらいにしておいてくださいね。今の世の中、私とは違う本物の正義感を持った勇者様が現れて、悪の商人は成敗だ! 何てことになるかもしれませんしね」
「ははは、そうですな。気を付けます」
釘を刺した俺に乾いた笑みで投獄されていたこの街の事実上のトップの商人の男は言った。
「兄貴! 行くんですね」
西門の前まで来て、大勢の男達に見送られながら、さて、行こうかと言う時に男達の中から一人の山賊面のこの街で一番なじみが深い男がやって来た。
「ああ、そもそもこの街には立ち寄っただけだしな」
「魔王を倒しに行かれるんですか?」
「それを行うのは勇者様、だ。神に過剰に力を与えられただけの凡人は彼らをいつかどこかで彼らをもしかしたら助けるかもしれない、くらいでしかない」
「そうですか……でも俺にとっては勇者様ですから。俺にとっては姿形も分からないそいつらじゃなくて、兄貴が勇者様ですから!」
「……ああ。正直その分不相応な扱いで今すぐ走って逃げたいくらいだが……お前の助けになれたのは良かったと思っている。俺でも助けになれたのが良かったと思っている」
「兄貴……」
「じゃあな」
元気でな、と続けようとしたら、ふと気づいたら胸に矢が刺さっていた。
悲鳴が上がる。やべえ、こんな所で致命傷負うとか……一、応大丈夫だとは思うが。
俺は身体を支えきれず、倒れ伏した。
目が覚めた。
「兄貴!」
倒れ伏した場所から動いていない。
「神の祝福だ……神の使いであられるのだ……」
何て声がそこらで聞こえる。こんな所で蘇生の祝福使うとか……次が無い。不安が凄い。よし、逃げよう。
「神の使い様! 貴方に害を成した愚か者は既に捕えました! 申し訳ございません! このような愚かな真似をしてしまい」
「いえ、気にしていませんよ。では行きますね」
また狙われたらアウトだよ。とにかく見晴らしのいい場所に行こう、何、問題ない。
外を出たら見渡す限り大平原だしな。怪しい奴を見かけたら即逃げよう。
……護衛雇った方が良いな。
「何だろうな、これ」
街の広場には大きな像が立っていた。顔は正直整っているとはお世辞にも言えない。街の重要人物なのかと四人の旅人は思ったがこう書いてあった。
<神の使いロクハラカジ様の像>
「誰だこれ?」
「その方はこの街の男を救って下さった英雄様さ!」
人相の悪いまるで山賊のような顔の男が笑顔で近づいてくる。その肩には大きな肉の塊を担いでいる。この街の住人なのだろう。
「英雄?」
「ああ、この街は半年前までメルシナ家っていう女に実質支配されていたんだ。酷い奴でな。女が大好きで男なんざ塵芥っていう性格でこの街にいた盗賊団と結託して男から金を奪っていたのさ」
「へぇ。そんな奴が」
「自警団なんて言う美人の女ばかりの連中もいたんだがこれまた揃って男嫌いで女好きと来た。お前が盗賊団だな、なんて言って男だけ牢屋に放り込んで女はおとがめなしってのが当たり前だったのさ」
へぇ、と冷夏と呼ばれる少女があたりを見回す。その割には普通に女もいるし、そんな女尊男卑から解放された割には女が冷遇を受けている様子は無かった。女の方も普通に笑顔を浮かべて話している光景も見られる。
「でも、その割には女の人酷い目に合ってないんだね。話を聞いていたら酷い扱いを受けて来た恨み、って女の人に仕返しをしてもおかしくなさそうだけど」
春名と呼ばれる少女が小首を傾げて男に尋ねる。
「天知る地知る人知る吾知る 神知る。兄貴、いや英雄様が言ったお言葉さ。恨みを持ってやり返したらお前らも同じ目にあうぞって兄貴は男達の前で言ったのさ。まあメルシナ家も自警団も盗賊団も悪い奴は皆杭を打たれて死んじまったからな。説得力はすげえあったのさ。だからこの街では女にやり返さないことにしたのさ。まあ、一部の奴は贅沢やってた頃を忘れられなくて逆恨みしてたがそういうやつは自分の満足するよその街へ行けって追い出したさ。大半の女とは和解出来て、今は兄貴の言う通り男も女も対等な立場でやっている」
「へえ、すげえなぁ。ってかその言葉はもしかして……いやまさか」
冬司と呼ばれる男が首を傾げながら小さくぶつぶつと言葉をつぶやき始めた。
「まあ駄目押しがあったのが効いたな。ロクハラカジ再臨の光って言われてな。兄貴街を出ようとしたときに矢で心臓射られたんだよ。やった奴はすぐ捕まったんだが、即死でな。街の英雄がこんなことで……て騒いでいた時、起きたんだよ!」
「起きた?」
「倒れた兄貴にすげえ神々しい光がキラキラと降り注いでだな何と兄貴の傷が塞がって行ったんだ! そして死んだはずなのにむくりと起き上がったのさ。神様の使いだって誰もが言ったよ、もう誰も傷つけようなんて思えなかったさ。その後兄貴はこの街で見つけた護衛一人を連れて出て行ったのさ」
「す、すげえな。え? 俺たちいなくてもその人いれば魔王問題なくねえか?」
「は? 何言ってんだ? いや兄貴こう言ってたな。『それを行うのは勇者様、だ。神に過剰に力を与えられただけの凡人は彼らをいつかどこかでもしかしたら助けるかもしれない、くらいでしかない』って。俺にとっては勇者様に違いないんだがあの人重圧に弱そうなところがあったからなぁ。でも俺にとってはどこの誰とも知らない勇者なんかよりあの人が勇者様さ!」
そんなどこか自慢げにいうこの街の男の話に
「探した方が、良いよね」
「ああ、たぶん同じ日本人だ。今まで会った12人と同じ、な。そしてたぶん一番力が強い」
およそ半年後のある日の話。
ポイントが大きく上がって迷いましたが上手いマイルドな話が思いつかなかったので今回はこのルートで行きます。妙なテンションで6000字も書いたけどこれで正しかったのは分かりません。
次回からは基本明るめに行きたいです。バッドエンドは無い。