人質を取ったおっさんがどうこうしゃになった! 捕まった。
異世界生活5日目
無事麓についた。街らしき建物の群れも見えてきてあと少しだ。
町はずれの山の麓にある家の近くで山賊風の親父が若い女の子の羽交い絞めにしてナイフを突きつけていた。
せっとくによりおっさんがどうこうしゃになった。
つかまった。
11、街へ向かおう。麓まで来て街まであと少し、そろそろ人の姿も見えてくるので挨拶なども出来れば交わしましょう。進むとアルメスタの街の東門が見えてくるので軽い検査を受けた後通ることになるでしょう。検査は旅人のマントがあるので問題なく通れるはずです。街の中に入れば達成です。
特にあれから問題も無く、ここから先アルメスタ、という立札が普通に立っていたので迷う事は無かった。どうして反対側が無かったのかは分からないがまあ何か事情があったのだろう。
さて、行きますか。
「て、てめえは何だよ! 旅人か!? こいつの命が惜しければさっさと去れよ!」
麓から少し歩いた場所にぽつんと立っていた小さな一軒家の近くで男が若い女にナイフを突きつけている光景が見えた。
「い、いやだな。まあ旅人なわけだが、うん、わる」
はっとする、新しいクエストはもう表示され、クエストは一度に一つしか表示されたのは見た覚えは無い。が、クエスト手帳を見ておいた方がよさそうな気もしないでもない。
「な、何だよ!? 何変な動きしてるんだよ!? 殺してしまうぞ!」
「た、旅人さん助けてください!」
「黙ってろ!」
こんな緊張した場面で見るのもあれだが、何か解決法が、あ。そういや閲覧機能貰ってたっけ。
念じてみると目の前にクエスト手帳が浮き上がる。パラパラとひとりでにページがめくられておそらく最新のページが表示された。
サブクエスト 突発的に発生するクエストです。達成の有無は問いませんが、貴方の心に従って行動することをお勧めします。
サブクエスト 盗賊を退けろ!
人質の救出をしましょう。盗賊の生死は問いません。やはり目を潰すのが無難です。
虫よけスプレーか……
まあ殺す殺されるというのは正直な……
「一つ聞くが、その人質を取るという行動に意味はあるのか?」
「は? 黙ってボーっとしてたかと思えばいきなり何言い出してんだ!?」
ナイフを首筋にあてながらも最初の頃より余裕の無さそうな表情で盗賊の男は俺を見ながらわめく。
……どことなく怯えが混ざってる気がしないでもない。人質の娘も怯えている気がしないでも、ない。
「一つ聞こう。ここで人質を無視してお前を殺すという手もあるよな?」
「え?」
「お嬢さん、約束しよう。もし君が死んでも必ず君の後をそこの男に追わせることを」
「ちょっ! 待てよ! おかしいだろ!? 女の命いらないってお前!」
「ここに来たばかりの旅人、だぞ?」
「あ……」
「お前はもう詰んでいる。そこの少女に縁もゆかりもない俺がお前を殺せるだろうこの距離まで近づいている時点でお前の目的は達成できん」
「く、ぅ」
「お前が単独での犯行だというのならナイフを捨てれば、命は奪わんことを約束するぞ?」
「う、あ」
(口八丁で)勝った。
「仕事がねえんだよ! あのくそったれな盗賊団のせいでよ! 働いてた肉屋が軒並み金盗まれて潰れちまったんだよ!」
あの後、とりあえず、家に入りませんかと人の良さが心配になる少女の誘いに応じてテーブルを囲んで香草茶を飲みながら事情を聴くことになった。凄く美味い。
「なるほど、で、食うに困って女を襲ったと」
「そうだよ! 山の麓に木の実取って街で売ってるて女が一人で住んでるって聞いたからよ! 盗賊団のせいで人すくねえ今なら金くらい奪えるって思ったんだよ!」
「屑だな」
「分かってんだよ!」
「カジさん! 言いすぎです! あの盗賊団のせいで平穏な生活が崩れてしまったんです。襲われたのは怖いですが貴方の気持ち、分からなくもないです。街に盗賊団のせいで酷い目に合った友達がいますから……」
「……嬢ちゃん! 本当にすまなかった! 俺、ほんとにあんたに酷い事を!」
おかしいな。人の事は言えないが屑だと思うんだ。どうしてか俺が非難されている。いや、見捨てるような言動取ったのが悪いんだろうがそんな気は無かったよ、と言っても信じてもらえないだろう。
「すまねえ、この詫びはいずれするから」
「良いんです。わたしはまだちゃんと暮らしていけますから。木の実、お分けしましょうか?」
男泣きしておられる。やはり一番大事なのは人情なんだろう。正直その優しさは間違いなく世界を救う一助になるだろう……なんか移ったな。
「まあ、あれだ。そうか金に困っているのか」
「お、おう」
「ほれ」
レテメトラ共通銀貨を2枚差し出す。いや、価値とか分からないがまあこの流れなら仕方ない。
「こ、これはレテメトラ銀貨! え、こ、これ?」
「まあ俺もそう金を持っているわけではないが、お前もこれでしばらくは暮らせるだろう」
装備を買う云々と言ってたからたぶん3,4日持つくらいには最低暮らせるはずだ。
「二枚もあれば二月は暮らせやすが、そ、その良いんですか?」
一月だったのか、案外価値高い……今更無いですは無いな。
「ああ、まあ微妙だが何かの縁だ。お前を生かしたことでまた罪を重ねられても困るからな。その金できちんと仕事を見つけるまで頑張れ」
無職の俺が説教とか言えた義理じゃないと言った後で思って恥ずかしくなったが言葉は取り消せない。
「あ、兄貴!」
「え?」
「兄貴! ありがとうございます!」
兄貴……
最後のあれが割と好印象だったらしい。少女は笑顔でまた立ち寄ることがあれば来てくださいね、と俺達に手を振って見送ってくれた。ガラッソと名乗った男は絶対に後で詫びに来ると何度も行ってその度に気にしなくて良いですよ、と返すやりとりがあった。まあ仕事を見つければ何か高そうな物を贈りに行くのだろう。
「兄貴にはお世話になりました! 街の案内は任せてくださいよ!」
と言う言葉に甘えて街を案内してもらう事にした。女でもないただのむさい山賊面のおっさんなので気負う事も無いのが良い。
話によるとここ3か月の間に正体不明の盗賊団が猛威を振るっているらしい。弱小の商売人ばかりを狙うその犯行は街から活気を消し、同時に大型の店の物価を上げて非常に暮らしにくくなっているとのことだった。金持ちから盗まず弱者から奪い取る、とか義賊の反対じゃねえか。
まあそういうわけで当たり前だが力の強い商家と繋がりがあるのではないという噂は蔓延している。それを憂えた武器防具販売で有力な商家の一つベルラド家の一人娘セーラが私設自警団を作って犯罪の抑止に努めているのだとか。
「セーラ自警団なんて糞ですよ! 男なんざ塵扱い! 犯罪防止なんて言っときながら盗賊団の連中を捕まえられもしない、ついでにちょっと顔が悪いからって酒場の看板娘をちょっとからかっただけで牢屋にぶちこんじまうんですよ!? 男を犯罪者扱いして捕まえてるだけじゃねえか! あいつらのおかげで街の男連中は殺気立ってますね!」
「牢屋って……看板娘に下ネタでも言ったのか?」
「軽いいつもの冗談みたいなやつですよ! 看板娘もはいはい分かった分かったっていつも軽く流してる
っつうのに美人の女たちに目をキラキラさせやがって私困ってたんですって言いやがって……」
そりゃガラッソと美人の女じゃなぁそうなるだろ。たぶん俺もガラッソと同じ目にあうだろうが。
「女はそんなもんだよ。むしろ何をそんな期待してるのか分からん」
「え? もしかして兄貴おと」
「次言ったら銀貨返してもらうぞ」
男女平等に基本無関心なんだ。
「すいません」
「まあ、良く言うだろ、美形はそれだけで好印象、不細工はそれだけで悪印象って」
「救いのない事言わんで下さいよ……」
「つきましたぜ、ここが、東門…げ、セーラの連中が検問やってやがる」
へえ。あれがって本当に美人だな。タイプは違うがどちらも美人だ。あと妙に強そうだ。たぶん冒険者だろう。
さてクエスト、と
サブクエスト達成! 犯人の改心と言う上等の結果です。殺して解決と言う被害者にも心の傷の終わり方より遥かに良い終わり方と言えるでしょう。
報酬レテメトラ共通銀貨10枚 補足レトメトラ共通銀貨はこの世界共通の通貨で金1=銀100=紙銭1000=石銭100000。およそ貧困層の収入は石銭900~1200が一般的です。基本通貨は上位通貨として紙銭、50石銭、10石銭が使われます。銀貨以上は金持ちの持ち物。
節約すれば10か月分の生活費か。まだ出さない方が良いな。検問が嫌な予感がする。
11、街へ向かおう。達成! 大丈夫、潔白を訴えればきっと分かってくれるはず。
「さて、この街で何を企んでいるか話せ、盗賊団」
うん、セーラは男には糞だというのは同意する。もう見目があれな男は全員犯罪者扱いしてるんじゃないかな。存在そのものが罪だ、なんて言っていてもおかしくない。
窓も無い尋問室らしき部屋には手錠をかけられ、装備をすべて奪われた俺の姿があった。目の前の冷徹そうな銀髪の女。その傍で控えている黒髪の女の見る目は冷たい。
クエスト帳に縋るしかない。出来ればこうなる前に回避手段が欲しかった。