街が見えません
異世界生活3日目
森を抜けたと思ったら見渡す限り草原。遠くに山がいくつか連なっているが山登りをしたいわけではない。
したいわけではない。したくなかった。
いつも通り歯磨き洗顔朝の運動という健康的な生活をクエストと言う名の元に行った後、移動することになった。習慣になるまでやめないぞ、という意思を感じるのは気のせいか。歯ブラシセットは消えていないがコップ食器の類が消えている。売り払って金には出来ないという事なのだろう。
8 歩こう。目印に向かって歩きましょう。森を左手に真っ直ぐ、西に山が目視できるはずです。その方向に向かって数キロほど歩きましょう。指定地域に到着すれば達成です。
出て来た森を左手の方に見ながら前を真っ直ぐ歩き出す。ここ数日させられていた毎食毎晩の食事の前後の運動で何となく歩くのにそれほど苦痛を覚えなくなってきた。筋肉痛が来ないのは年のせいで遅いのか、それとも一度死んで再構成されたという身体が思っていたよりも優秀なのか。
チュートリアル扱いで筋肉痛にならない神の祝福でもかかっているのか。
この広い平原でどうすればいいのかなんてわからない。指示通り歩くしか道は無い。ただ、山の方へと言ってもその山が遠い。数十キロはある気がする。
そう言えばとカラタ花は無いかなと。お、あった。森だろうが草原だろうが割とどこでも生えているんだな。ゴム袋に見つける度に詰んで入れていく。手間はかかるが役には立つらしいし、何よりこの長距離のをただ歩くだけだと単調さで精神的にきつい。山以外は左に広がる森以外、何も見えない開けすぎた平原。遠くの方で動物らしき姿も見えるが臆病な性質なのかこちらを見ると去ってしまう。肉食らしき危なそうな動物が見えないのだけは幸いか。花拾いをしながらあるくしか俺には今やることは無い。
達成の文字が出たのは昼頃ほどか、報酬として出て来た簡素な料理を見ながらやはり今はチュートリアル状態なのだと感じる。おそらく人のいる街に行けば本格的にそれっぽいクエストが始まるのだろう。
何日後に人に出会えるのか正直不安だ。
10 山の麓につこう。疲労が出てくる頃ですが山を越えれば人族の街、アルメニタにたどり着くのでそれまで頑張って! 所々にスコップで目印を掘っておくといいかもしれません。例)↑アルメニタ
……正直さっぱりなんだが誰か後で通りでもするのか。足がきついんだが。
……本当にスルー出来ない俺はちょっと頭がゲームに染まりすぎていると思う。足が痛い。スコップ彫りで手が痛い。今頃になって筋肉痛が出て来たのか厳しい。これ見よがしにこれをすると追加報酬あるよと人参ぶら下げるのは怒りが……後に続く誰が助かると思えばと。もう今更やめるのはあれだし諦めよう。
それなりに深く掘ったが時間経ったら消えてもおかしくないよな。後ろから誰か来るのだろうか。その誰かを待つべきか。
……クエスト報酬以外で飯が食える自信が無いから無理だな。足が重い。山の麓か。
達成! あなたの律義さは宝です! きっとそれも世界を救う一助になるでしょう! 報酬寝袋、マジックアイテム防寒性能あり 三日で消えます。ジャケット、マジックアイテム。防寒性能あり、高山病を防止します。二日で消えます。隠し報酬能力獲得、疲労回復大幅強化。運動による疲労、筋肉痛の回復を大幅に早めます。重労働を律儀にこなしていただきありがとうございました!
隠し報酬は間違いなく凄いが、ありがたさと虚しさが半々だった。後山登り用装備が来た。
筋肉が悲鳴を上げているのにそれでも食後の軽い運動をさせる神は正直サドだと思う。
翌朝
不気味な程に筋肉痛が引いた俺は健康習慣を身に着けさせようとするハローワークエストをこなした後、山登りをすることになった・
9、山登りをしよう! 短い距離でも平地の何倍も辛い山登りですが慌てず行きましょう。まずは山の中腹地点まで。
参考資料、アルメ山標高地球単位で1536メートル。山を挟んで向かい側にあるアルメニタの食糧庫でもあり、麓付近のエブトリ(地球の鹿に酷似)や木になる果実は地元の住人の食材の一部。頂上に敵対的で強力な精霊種が存在するため、頂上付近に足を運ぶ者はいません。勝てる見込みはまるでないので迂回しましょう。精霊種は氷雪の剣を守護しているようです。そのため、頂上付近は氷点下60度付近まで下がっています。
死にますがな。その温度は間違いなく死ぬ。
見る。正直山なんて10年以上現実では見ていなかったが高い。高く見える。頂上は確かに雪が降り積もっていて恐ろしいほど寒そうに見えた。
……頂上渡ることが無いんだったら、どうして山に登るのか。というより普通に山登らずに迂回すれば良いんじゃないか。と思ったがご飯が出てこないので仕方ない。
ふと思った。後ろから来るかもしれない誰かはそれが必要なのではないかと。とりあえず近くにあった木に伝説の氷雪の剣頂上にて眠る、精霊が守護しているため要、戦闘準備。と何故かかけるようになっていたこの世界の言葉でナイフで書いておいた。
登らされるのは目印でも書け、という事なのだろうと思う。意味も無く登らされるのはちょっと……
達成! 隠し目標を達成しました。今回はあってもなくてもそれほど影響はありませんが、その善意はきっと世界を救う一助になるはずです。
報酬干し肉、水。野菜セット。隠し報酬能力獲得摩耗鈍化。貴方が使用する道具の使用時の摩耗速度が半減します。道具を使う頻度が高かったので付与。
いつも通りの食事にをしながらふと気づく。そういやそこそこ上っているはずなのに疲労が心なしか少ない。少なくとも昼ご飯を疲労で身体が動かない、なんてことは無く普通に食べられる程度には少ない。
後寒くない。これはジャケットのお陰だろう。何となく全身を膜みたいなものが覆っているような気がするからこれが防寒とやらなのだろう。
ところで、近くに町があるはずなのにどうして人と出会わないのだろう。
理由はさっぱりだが人と出会わない。まさかこの世界はもう人が滅びて……と不安だがそれなら参考資料で現地の人が~の説明があるのがおかしい。あっても過去形でないとおかしいだろう。たぶんまだ人はいるはずだ。どうして会わないのかは分からない。まあ、街につけば分かるだろう。人にようやく会えるのか! 無職で人嫌い気味だがいなければいないでやはり人恋しくはなる。
10 山頂と中腹のおよそ中間地点の山小屋まで登りましょう。目標地点に到達すれば達成です。それより先に進むと精霊に襲われる可能性が高くなるので注意。
特に問題なく到着した。強いて言うならこの先山小屋有り、と後から来る誰かの為に掘っておいたくらいか。これだけ厳しい運動をしたのに昨日と比べて疲労が少ないのが逆に怖い。が、疲労は少ないが足に昨日ほどではないが痛みはある。ただ随分マシにはなった。
達成! ささやかですが隠し報酬はあります。装備を整える時に役に立つでしょう。報酬、食事セット。
隠し報酬レテメトラ共通銀貨5枚。
通貨が出て来た。ありがたいが同時に人が存在するのは間違いないというのようやく信じられた。まあ今人に逢わないのは何か事情でもあるのだろう。
出てきた10円ほどの大きさの円形の通貨を見る。地球よりは簡素だが何かの花が刻まれていた。裏には何も彫られていない。
11食事の準備をしましょう。
20寝ましょう。薪を節約するためベッドでは寝袋を使う事を推奨します。推奨行動2、余裕があれば寝る前にカラタ草花を前回同様粉末にして小瓶に詰める。
このために山登らされたわけか。
森を抜けると、見渡す限り平原だった。
「やべえ、全然道分からねえぞ」
短く剃った黒髪の男が森を抜けて広がるその光景に一瞬呆然とした。右手に剣を左手に盾をもっており、彼が一行で敵の攻撃を受け止める盾役であることが窺えた。敵により早く相対できるように、ということなのか軽装で荷物は背負っていない。簡素な皮鎧を纏っていた。
「うん、遠くに山が一つ見えるからあれをひとまず目指すのが無難、かな」
「まあ、何かあるとすればそれしかないからな。あるかどうかも分からない何かを探すよりは山を目指した方がまだましだろう」
あたりを見回して、あちこちにある包帯がまだ痛々しい長い黒髪をした少女は見つけたそれをじっと見つけながら提案をする。術師であると判断できるその杖は今は本来の役目よりも体を支えるものとして機能しているように見えた。
同調するように頷いた後ろで神を纏めた長身の男も傷は多い。だが、少女ほどではなく、その背に重い荷物を背負える程度には問題ないようだった。
「行くしかない」
最後に短く呟くように言った少女は傷一つない。だが顔色が蒼く包帯少女ほどではないが体力を消耗しているように見えた。
「また、あったぞ」
「↑アルメスタって街の名前、だよな。後、足疲れた。長すぎるなんて愚痴も書かれてる」
「たぶん森から来たんだろうけど確かにこの距離はちょっときついもんな。まあ愚痴を言いたくもなるのは分かるが何でわざわざ地面に彫ったんだろうな? いや街があるって分かって有難いけどな。わざわざ疲れたなんて言って更に疲れることを……」
「この多分親切な方が残してくれた跡がある意味モチベーション保っている面もありますよ」
「まあな。と言うよりこれってカラタ花残してくれた人じゃね? わざわざ親切に道教えてくれてる人の良さそうなところとか」
「確かに、春名の事は助かった」
「ほんとこの人には助けられてるなぁ」
「麓にご丁寧に『伝説の氷雪の剣頂上にて眠る、精霊が守護しているため要、戦闘準備。凡人の自分には倒せる気はしない』……親切すぎて怖えよ。いや、これはアルメスタの人が書いたのかもしれないけど何となく筆跡が今まで見た文字の人に見えるんだが。誰だよ。この人」
「まあ、うん凄い親切な人なんだよ。たぶん」
「この先山小屋あるってさ」
「俺ら日本にいたっけ?」
「山小屋にお約束のようにカラタ花の粉末が入った小瓶が…何だろな。しかも来る英雄のために残すって冗談抜きで何か怖えよ」
「導かれてる……のか」
精霊を倒せし勇者一行。4つの伝説の武器の一つをここで手に入れる。不思議な文字と薬に導かれ、伝説の武器を手に入れた勇者一行だが、不思議な事に伝説の武器の存在をアルメスタの住人はしらなかったという。勇者を導いたその文字の主は誰なのか。痕跡が消えた今となっては不明である。