邂逅
「半月ほどこの国を留守にしてしまうけど、ごめんね」
若く新しき王が誰かに言った。
「それは……出来れば2週間。2週間、いや、1週間での御帰還は無理ですか?」
誰かが縋るように言う。つい最近までこの国で大きな権力を振るっていた男だ。
「さすがに僕でも1週間では5国は無理だよ。うん、2週間で何とか頑張ってみるよ。国民達が僕を必要としてくれているからね」
「どうぞ、お早いご帰還を」
「分かってる。じゃあ行ってくるね」
国民の欲望を叶えすぎた新しき王は、他国へと旅立った。
サラフの村と言われたそこは最初見た時は首を傾げたものだ。道具屋と思しきそこには真っ黒な人型の何かが流麗な口調でいらっしゃいませ、と言って来たのだ。ホムンクルスみたいな人工生命か何かだと思う。
それが宿屋で受付をし、料理を作り、ベッドメイキング諸々もこなし、農作業らしきこともしている姿も見かけた。つまり何でも黒人形たちが全ての労働をしているのだ。見かけた人間はみな何かの魔術で浮きながら幸せそうな姿をしており、時折黒人形たちにあれをしてくれこれをしてくれと、指図している姿が見られた。皆働いている様子は全くない。黒人形任せで優雅な生活。田舎村と言う印象が無い。
「何だか変な村ですね」
隣を歩くラムナが宿屋の食堂で一人で給仕、料理などの宿の仕事全てを尋常でない速さでしている黒人形を見ながら少し顔をしかめていう。薄気味悪い、と思うのだろうか。
「楽そうな生活はしているよな。でもこんなの帝都でも見たことないんだがな」
どうみても高性能で便利そうな黒人形。いや、まだ見た事のない種族なのかもしれない。高性能、なんてロボットみたいな評価になるのはやはり村人たちに良いように使われている姿しか見たことが無いからか。
「凄いんですけど何だか堕落しそうですね。あ、サラダ追加お願いします」
「というか料理凄い美味しいよね。黒い人達料理上手いよね」
「フレッタ。食べ過ぎたら重くなっちゃうわよ。あ、スープお変わりお願いします」
「僕以上に食べてるお姉ちゃんと同じで食べた分だけ魔術で使うから大丈夫。お勧めの肉料理お願いー」
「じゃあ俺も追加で。野菜ケーキ3つお願いできますか?」
「はーい。本日のサラダ、本日のスープ、ターブの炒め物、野菜ケーキ3つですね。そちらの方は何か?」
「いや、良い。ありがとう」
「承知しました。少々お待ちください」
いや、太るぞ? 皆。ちょっと食い過ぎじゃないかこれ。
「何だか小食ですね? いつもは俺より食べるのに」
「男の人ってもっと食べると思っていました」
「食べないと体力持たないよ?」
それぞれが既に運ばれてきた料理を見ながらそんな事を言う。そうなんだがな。何だろうな、上手いんだがこう、貧乏舌だからだろうか。そう。これを食ったらもう他の不味い料理は食べられない、舌が肥えて保存食が口に入らなくなるんじゃないか、そんな気がするのだ。
「いつもよりお前らが食べてるのもあるんだろ。逆に俺が少し少ないから俺が全然食べていないように見えるだけさ」
「美味しいんですし、帝都の追手からの逃亡生活で碌に物が食べられないかもしれないんですよ? 今のうちに食べた方が良いと思いますけどね」
「舌が肥えすぎて他の物が食えなくなっても知らないぞ?」
クエスト帳を見る。さっきも見たが正直内容が理解できなかったのだ。
9 村の様子を観察しよう
良く見てください。彼らの姿をよく見てください。彼と遭遇すれば達成です。
随分抽象的な内容だった。そもそも彼とは誰だ。
「おや、旅人かな、それとも冒険者、かな?」
クエスト帳から目を離すとテーブルの、席に座るラムナのすぐ横にいつの間にか男が立っていた。白髪で人の良さそうな笑顔を浮かべた長身の男で、特にこちらに敵意を持っている様子も無い。つまり追手ではない、とは見た感じ思う。
「はい。ちょっと急ぎの旅でして。今日一泊したらここを発つつもりです」
ラムナが何でもないように彼に答える。
……違和感を感じた。何か今おかしかったような。
「料理美味しいからもうちょっとここにいたくなる気持ちはあるんですけど、そうもいかないので」
「そう言って貰えると嬉しいよ。作ったのは僕の子供みたいなものだからね。ほら、そこで動いている黒い人いたいなの」
ああ、これこの人の力か。何の能力か分からないけど凄い能力だ。
「へぇー貴方が作った人形ですか?」
ラムナが料理を食べながら行儀悪く男に聞く。食べ過ぎじゃないか? 美味いのは分かるが。
「うん、そうだね。あの子達を沢山出せるのが僕が持っている力なんだ。頼んだ事みんなやってくれるって好評でね、僕としても役に立ってくれて嬉しいよ」
……人が良いな。こういうのが善人っていうのだろう。何となく好感が持てる。
「私達も一体欲しいくらいですよ」
「あげようか? まだ1割も使っていないから問題ないよ」
「ほんとに!?」
「料理も作れるんですよね!? 正直凄くおいしかったので同行してくれるなら凄く嬉しいです!」
「これでこの料理がいつでも食べられるんだ……本当にありがとう」
おかしいな。寒気がするぞ。こう、何だろうな。
引きこもりのダメ人間になる予感が凄く、する。
「ちょっと僕は帝都には用事があってね。これで失礼させてもらうよ。困ったことがあったら僕の子供を頼ってね。あ、でも人間同士で戦う事だけは禁じているんだ。僕の子供達を連れている者同士で戦いあうのは悲しいから、ね。魔物達からはちゃんと守ってくれるから大丈夫だよ。じゃあね!」
と言って男とはそこで別れた。別れてしまった、が正しいのか。
達成! 覚えておいてください。その悪寒は捨ててはいけません。
あの男が魔王です。多数の黒人形を使役する、あの男が腐敗の魔王です。世界を自壊させる魔王です。
世間で言われている闇に覆うという魔王は、ただの自称する上位魔族でしかありません。あれが本物のこの世界を滅ぼす魔王です。
報酬、魅了耐性増加。彼ら相手には気休め程度。後は貴方の意思次第です。
「あ、そろそろ料理お願いしていい?」
「承知しました。今日のご希望はなんでしょう」
「やっぱりエルフだから基本は野菜かな。後は少し肉も欲しいかな」
エルフが言う。全く以ってだらけ切った顔で言う。と言うより体が浮いている。歩く事すらせず、黒人形、俺が命名することになったクロクに浮遊魔術で浮いて移動しているのだ。
「僕は肉中心で! 後、食事の後は指圧お願いしていい?」
「承知しました。問題ありません」
「今日はさっぱりしたものを食べたいですね。お願いできます?」
「承知しました」
ウィッタとフレッタも同様だ。贅肉がつくはずなのによくわからない魔術でそうならないようにしているらしい。健康管理も問題ありません、と表情の読めないのっぺらぼうの黒い顔で言ったのだ。
快適すぎる生活だった。どこかから食材を調達して来る、魔物も撃退。動物は追い払う。その全てをクロク一人がやっていた。最初は何か手伝いましょうか? と言っていたはずのラムナ達も今では当たり前のように全てをクロク任せだ。
全部が全部、だ。5日前から今日までたった数日でここまで堕落しきっている。昨日はトイレまで手伝わせたというのだから、本気で駄目人間になっている。
腐敗の魔王。とクエスト帳にそれから何度も出て来た。その心を忘れないで下さいと。
その言葉を何度も見せられたからかは分からないが俺はその生活を忘れるなと言わんばかりに出てくる毎度のハローワークエストを欠かしてはいない。自分で何かをする、という事を忘れる気が何故か起きなかったからだ。
『出来ることは自分達でする必要があるんじゃないか』
かつて自分が言って、そして忘れた頃にというよりレルンベルンでラムナに皮肉られたそれが心に残っていたからか。
それとも恵まれた環境で無職をやっていた自分をどこかで自分はその自分を嫌っていたからか。
この世界ぐらいはもう少し自分の力も使って頑張ってみたい。と言うより魔王に依存してどうする。
魅了耐性という文字で思った。たぶんクロクのそれは洗脳に近い。洗脳して快適な生活で堕落させる。そして堕落しきった人間に牙を向いて滅ぼすのだろう、と。
啓示 魔王への認識
その考えは間違っています。魔王に人間に対する敵意はありません。この行為も完全に善意から行っている事です。魔王も黒人形たちにも無自覚にこの世界のどの存在にも有効な絶対的な魅了能力を振りまいてはいれど敵意はありません。危害を加えようとしない限りこちらに危害を成すことは無いでしょう。ただ、その善意で人を腐らせ、自分の足で立てなくするだけです。
彼は人を腐らせる、腐敗の魔王。その堕落が死と言う結果につながっているだけです。
本人の戦闘力が世界で最も強く、万を超える高位魔族並の力を持つ人形達は貴方で倒す事は出来ません。審判も意味が無い。彼は私の力で、暴力と言う手段でもっては排除できません。
魅了が解けなければ世界規模の呪いで魅了を受けた相手が彼の死と同時に死亡します。世界が彼と人形達に魅了されきった時が世界の滅びです。
勇者の行いが、彼らの姿を以って生物たちに己自身の手で立ち上がる、ということを思い出させなければいけません。
ある意味最悪な存在だった。強い上に強い手下が万単位。ついでに魅了付でしかも別にこちらに敵対の意思が無い。何でも頼んだ事を聞いてくれて、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。ただし死ぬときは道連れです。
恐ろしく規模の大きい駄目人間製造器。せめてあいつに害意があれば被害者同盟で一致団結も取りやすそうなのに。どう見てもあいつにそんな様子は無かった。
たぶん敵対しなければ生活に普通に問題は無いのだろう。
あいつが不老不死であれば。
ラムナ達の姿を見る。快適そうで歩く事すら忘れそうなレベル。たった数日で堕落しきったラムナ達は完全に魅了されていた。呪いに引っかかってたぶん死ぬ。
過ぎた快適さは人を殺す毒になる。俺にはそう見えた。だが、あの白髪の男にそれを言ってもおそらく分かってもらえない。そんな気もした。
これはまずい。
「ロクハラ様。何かご要望はございませんか?」
悪いわけじゃない。悪いわけじゃないが。俺はその堕落は地球ので今はお腹一杯だ。
「まあ、一つあるか」
「何でしょう?」
「運動時間割を作ってくれないかな。身体を鍛えたいんだ」
「運動時間割? 何か必要な労働があれば私が代わりに作業を致しますが、運動は必要ですか?」
「……何となく、身体を鍛えたいんだよ。見ろよ? そこでぷかぷか浮いているトンガリエルフや、神様に、だらけ切った身体を鍛えろと言わんばかりにしごかれたが、まだまだひ弱な身体だろ? 男なら身体を鍛えたい、という気持ちは、分からんか?」
クロクは数秒動かなかった。
「理解は出来ませんが、それがロクハラ様の望みなら」
「ぶっ倒れない程度の適度な物を頼むよ」
何となく確信があった。俺の身体に最適なトレーニング方法を組んでくるんだろう。こいつらはきっとあらゆる意味で優秀なのだろう。
世界を腐らせる魔王が世界に住む存在全てを魅了する前に終わらせなければ、呪いで世界が滅ぶ。
ラスボスです。話し合いは実は厳しい。後世界の中では干渉が難しい女神よりは普通に強い。
世間で魔王で通っているのはただの最上位魔族です。運良くまだラスボスと遭っていない。
腐敗の魔王。とある作品の登場人物を見て戦闘じゃなくても世界は滅ぼせそうだなと、いう感想の結果このラスボスに。




