投げ渡された役目
クエストを遂行すれば問題は解決するのだろうと思った。
ただふと思ったのだ。
俺が最後の役目をしなくて良いのではないか、と。
サブラの情報通りの場所に神殿はあった。正確に言うなら神殿跡と言えるのか。むき出しになった地下への道。崩壊しているのではないかと思ったが見た限りでは一応は降りていける程度には原型を留めてはいるようだった。迷宮生物が守護者に変質した場合基本迷宮最下層の最奥に留まる事が多いのだが。迷宮で冒険者が変質した場合、その殆どが迷宮の外に出る。おそらく場所的な制約を受けにくいのだろうとされているが、それでも初めの頃は迷宮に帰還する時間は長い。
だが、そんな迷宮で人間から『選定』とやらによって変異した魔族は時間が経つにつれて徐々に迷宮の外での活動時間が増えるらしい。発生してからまだおそらく数日だろう現在はおそらく過去の同様の事態を考えて、およそ二日に一時間。この惨状でたった1時間しか暴れていないのだ。間違いなく強力な魔族だという証だった。急がないとまずい。まだ二回目の襲撃から時間は経っていないらしいのでまだ今は大丈夫だろうというが急がないとまずいのは間違いない。
「冒険者の死体を利用して作りあげていたらしい。亡霊が徘徊しているらしいから亡霊に強い効果を発揮する銀のナイフを念のために持っておけ、と言ってたな」
「なるほど、まあ魔術主体の俺は亡霊相手でも割と何とかなりますが、強い亡霊がいるという情報は神の啓示には?」
「司祭の亡霊がいる、とは言っていたな。倒す事を推奨って言ってたから見つけたら倒しておこう。その時は頼む」
「承知しました。いつものように前しか基本警戒しませんから時々後ろ見て危険が無いか確認してください。危なくなったら俺の近くに来る、俺が戦闘中の場合は荷物を放り出して全力で後ろの方で逃げ回っててください。ほんとは近くでロクハラ様を守るためにもう一人くらい護衛がいた方が良いんですけど」
「……ここが終わったらレルンベルンにでも行くか。と言っても予算がなあ」
「高等魔族を倒したら莫大な報奨金が出ますよ」
「この街をこの有り様にしたような奴を俺がどうこうできる気はしないんだがなぁ」
「出来るからここに来いって言ったんでしょう? 『神様』は」
まあ、何か手段があるのだと思う。おそらくは審判の類の直接介入が有力だが。それなら最初からやっておいてくれよ、と思うが何らかの制限があるのかもしれない。勇者か俺達が傍にいないと介入できない、あたりか。
とにかく今やれることは死なないようにしながら巨大な結界石とやらを取ってくることだけだ。
徘徊していた亡霊の対応は案外と楽だった。いや、こちらに敵対的ではなかったから倒すのに苦労は無かった、が正しい。何しろほぼ皆が神官についての怨嗟で、その神官が滅びた事で喜びの声が満ちていた、というのが正しい。ただ結界石の作用なのか何なのか自力で成仏が出来ない。むしろありがとうと言う感謝の言葉さえ一部にはあった。
神官はそもそも同じ冒険者の亡霊に駆逐されてしまったらしい。出会う事は無かった。
今の今までは。
『愚かなる冒険者よ、愚かなる冒険者よ、愚かなる』
同じことしか言わないあからさまに狂っていると分かる、半透明の白と青を基調とした神官服姿の中年男。おそらくは、これが推奨と言っていた神官なのだと思われた。
「ロクハラ様!」
「分かってる!」
周囲を見回しながらあたりに他に敵らしき姿が無い事を確認して後ろに退避。当たる気もしない銀ナイフを念のために構える。たぶん投げたらラムナに当たりそうなのでこちらに神官が来た場合の迎撃だ。後、たぶん魔術か何かを使う可能性は高い。死者には効果は疑問な治癒魔術だと思うが、攻撃用の術もある可能性があるので、警戒は怠らない。リュックは放り出した。
「神の威光よ、現れ給え!」
俺より数倍も速く走りながら神官の亡霊に近寄り、その間に短く詠唱を終えると、野球のボールほどの大きさの光の球が手に浮かび、投げる動作の後光球が向かう。正式な詠唱を簡略したそれは威力と規模は正式な物より小さいがエルフの魔力の高さがそれをある程度補い、ある程度の大きさと威力を持っているらしい。腕力より敏捷の方が圧倒的に優れている彼女は持ち前の素早さと、短縮詠唱で手数を持って戦うスタイルだ。
俺は後ろでそれを逃げながら見ているスタイルだ。実質彼女しか戦力は無い。こうやって戦いを実際に経験するとコミュ障がどうのこうの言う前に新しい傭兵か奴隷が必要かもしれないと一瞬思う。
神官が手をかざす。
「っ!」
ラムナが見えない壁に弾かれたように後ろに下がりたたらを踏む。結界術か。神官だもんな。死んでもこっちは使えたのか。
どうする? ……俺がやれることなんて正直大したことは無いだろ。
後ろに回り込もうと走る。動きが遅いどう見てもただの中年の俺より明らかに魔術を駆使し、敏捷が高く、目の前で結界を破ろうとしているラムナの方を脅威と見ているのだろう。後ろに下がってみてただけだもんな、実際本当に大したことは無い。人の実力ってはっきりわかるんだね。クエスト帳はそういえば誰にも見えない、認識されない、だったか。神の僕でも認識できないのだろうか。
回り込む。自分がやれることなんて正直たった一つだ。
「結界を破壊する! 少し時間がかかるが時間稼ぎを頼む!」
結界を破壊、と言う言葉に反応して一瞬こちらを向いた。手には明らかに俺に害を加えるだろう光の球が大きさを増している。
そんな手段俺が持っているはずが無い。一瞬の結界の大幅な弱体化をついてラムナが光の球と銀のナイフを突き出した姿が見えた。
「結界破壊なんて出来たんですね」
白々しい棒読みで彼女は無表情で言う。
「出来たら最初から後ろで下がって観戦してないだろう」
「そんな事だとは思っていました……助かりました。さすがアルメスタの人々を言いくるめた神の御使い様ですね!」
うん、こう、何だろな。声に抑揚が出てきているのは打ち解け始めたという証拠だと思うんだが、どうしてか俺の扱いが微妙に軽い。
「恐ろしいまでの力を感じます。何人の死体使ったんでしょうね。結界石としては破格の大きさだけど、背負い袋には入りきりそうです。さすが神様。準備が良いです」
「最初からこのための袋だったんだろうな。ただ、他の道具を殆どギルドに捨てて来たから余計な寄り道をしないでさっさと帰らないとな」
結界石と言うから透明な石か何かだと思ったら血の色っぽい赤黒い透明な石だった。ブラッドストーンと言うやつだろうか。まあ冒険者の死体で作られたものらしいしな。
呪われてないよな?
帰りは特に何も無かった。やけに重い結界石を袋に入れて担ぎながら隣を軽やかに歩くハーフエルフの奴隷少女を見て、これが正しい役割分担だと思いつつも釈然としない思いをしながら歩き、俺達はギルドのまで戻って来た。涼しげなラムナの横で汗を流して荒い息をつく俺はたいへん見苦しい姿だろう。
「おお! 帰ったか。本当に助かった。ありがとう! で、これは……結界石……なのか? いや凄まじい力を秘めているのは何となくわかるが、妙に禍々しいな」
サブラと他の面々に歓声と共に迎えられた後、取り出した石を見て、皆が顔をしかめていた。通常の結界石とは違うようだ。うん、まあ死体からできてるからな。
「まあ、見た目はあれだがおそらくこれでギルドに張られた結界の効力を大幅に高められるはずだ。町全体まで拡張できる可能性は高い」
「そうだな」
「後はそれで街で残っている物資の散策か、あるいは防炎の機能の付いたマジックアイテムの捜索だな」
「ああ、これで少しは活路が見えて来た! でもそれなら、移動型の大規模の結界を張って皆で移動で良くないか?」
「あ……って今まだ残ってる神官いたか?」
「……だよな。あの勇気ある神官達の亡骸を移すことで結界を動かせたのならとうにここからおさらばしている、よな。というよりこの結界はおそらく命をもってしか発動できない可能性が高いから無理か」
だが、これで活動範囲が増えるんだよな、と誰かが言うとそうだそうだと明るい声が続く。
そうだった。忘れてた。これでたぶん達成じゃないか?
達成! あの結界石自体は冒険者の亡骸で作られているので、浄化した今呪いの心配はありません。ただ、神官の亡霊を放置すると持ち出しの際に呪いがかかった可能性が高いのでその前に倒しておいた方が良かったのは間違いありません。この行為は世界の、この街の生存者を間違いなく救う一助となるでしょう。
報酬、能力獲得炎熱軽減。暑い中、重い荷物を持って歩き回ったことへの報酬です。暑さに対する耐性が心なしか上がります。ですが心なしか、なので今ジャケットを脱いで外を歩き回るのはやめましょう。隠し報酬、能力獲得。呪い耐性。ある程度の呪いに対して耐性ができます。神官の亡霊を倒した貴方と貴方の従者への報酬です。
ラムナまで呪いの耐性が出来たのか。一体亡霊倒しただけで呪い耐性なのだから間違いなく俺は恵まれているだろうな。あと熱に強くなったのならああ、砂漠とかの暑さに少し強くなったのか。ただまだまだ暑いではなく熱いという状態のここでは意味が無い、と。
8、結界を拡張しましょう。
方法はここの冒険者に任せておいて大丈夫のはずですが一応記しておきます。まず
拡張だろうな。これで街を
ふと、思った。
結界石で中に高位魔族が入る事を防ぐのではなく、これを使って高位魔族を中に閉じ込めるのはどうだろうか、と。
迷宮の入り口を、封鎖する。
思い出したことがあった。アルメスタの山の山頂で封印されているあの剣を。
ただの磨り潰した傷に聞く花の粉を入れただけで自動蘇生の祝福が来るような世界にとって重要な存在が。
ここに来いとばかりに残させられた道しるべが。
山頂に剣がありと木に書き残した文字が。
おそらく山小屋に残したあれが少しだけ助けになって手に入れるのだろう彼らが。
勇者が氷雪の剣を持って、業炎の剣を持った魔族を打ち倒してもいいのではないか、と。
出来過ぎたおとぎ話が合っても良いのではないか、と。
クエストを俺は初めて、スルーした。
「これは酷いな」
周辺は焦土で街は一つの建物を残して崩壊していた。すぐに分かってしまう。生存者はおそらく少なかっただろうと。僅か数十名の生存者がかつて冒険者ギルドで神官の捨て身の絶対防御結界によって生き延びたという話だが、それだけしか生き残らなかったというべきなのだろう。
「炎王レヴァイン、か。迷宮入口に巨大な結界石により封印されている高位魔族」
「……行くんだよね?」
治癒術師の少女が言った。
「ああ、この剣で、氷の力を持ったこの伝説の剣と俺の光の力を持った剣技で人々を苦しめた炎の魔族を倒してやる……御使い様のお呼びだしな『氷雪の剣を持ちし勇者が必ずここに来て、炎の王を打ち倒すだろう』ってな」
「何だか、山でのあれと言い、平原での道しるべと言い、良いように誘導されている気もしないでもないな」
渋い顔で弓と荷物を担いだ男が言う。
「誘導されていようが何だろうが、それでやめるという選択肢はねえよ」
「俺達が、ここで人々を苦しめる魔族に終止符をうつ」
ある男が封じた異界から来た哀れな炎の王は、この日、勇者一行に討ち取られた。
素直に神の力で魔族倒しておけよと言われても仕方がありません。




