幕間・とある迷宮の底で
「おい、そろそろ帰った方が良いんじゃね?」
ぼろぼろの革鎧を身に着けた、黒髪黒目の中肉中背の男が疲労があるのだろう手にした一目で恐ろしく高価だと分かる槍を杖代わりにしながら目の前にいるであろう連れの男に視線を向けながら言った。彼の全身には蒼い湯気のような何かが立ち上っている。
「何言ってんだよ。異世界にやってきてたった一日で魔物相手に無双だぜ! しかも最下層で俺らだけ魔物狩り放題だぜ! 神様に貰ったこの炎剣レーヴァテインで魔物なんか楽々狩り放題! 魔物倒したら何か強くなってるし、このまま狩り続けて大陸で一番くらいになろうぜ!」
もう一人は若々しいまだ少年と言っても過言ではない年齢の黒髪黒目の革鎧の男より背が低い小柄な男だった。こちらも薄汚れた金属鎧を身に着け、その右手にはやはり恐ろしく高価だと分かる赤い宝石が随所に埋め込まれた剣を持っている。その剣からは赤色の空気、オーラと呼ばれるそれが放たれ少年の身体を覆っていた。まるで考えずに一瞬で思い浮かんだままに兄と決めたその能力。思った以上にその力は高い。
「確かにそれも良さそうだけどよ、他の冒険者がいない理由あのおっさんから聞いただろ? そろそろ『選定』とやらが近いらしいしもう帰った方が、いやせめて最下層からは出た方が良いんじゃないか?」
男は不安になる、この最下層に入る少し前に出会った中年の冒険者が厳しい顔をしながら言った警告に。
『迷宮最下層では一定周期で最下層の生物の一体が『選定』され、魔王の力を受け強力な魔物になる。守護者と呼ばれるそれは普段の魔物よりもはるかに強力なんだ。だが、一番恐ろしいのはそれじゃない。その『選定』の対象は人間も入るんだ、どんなに強くても選定に引っかかったら強力な魔物になっちまう、だから『選定』の時期は最下層には入るなよ、絶対に入るなよ。人間が変異したら恐ろしく強い奴になって街を滅ぼすことだってあり得るんだからな、人間の変異型は他の守護者と違って迷宮の外に出ることが出来ちまうんだ』
「大丈夫だって、あと少しだけ狩ったら帰ろうぜ。何のためにこまめに上への入り口周辺に戻ってきて狩っているんだよ。すぐに逃げられるためだろ? 選ばれるのは必ず一人、何だろ? だったらたった1時間で最下層で今まで倒しただけでもう50体じゃねえか? きっと残ってる魔物の数は多いって。だから万が一選定来ても俺らが選ばれる確率は低いと俺は思うぜ」
「そうか?」
「ああ、もううるせえな。良いか? 逆にいえばチャンスじゃねえか? 他の冒険者は怖がって降りてこない。つまり、ボスモンスターを真っ先に狩れるってことじゃないか? 大丈夫、神様の力持ってる俺らはそうそうやられねえよ。それにレーヴァテインや兄貴のゲイボルグの力で選定なんて無効化してもおかしくねえだろ? もうちょっとやろうぜ!」
「後1時間な。それで絶対帰るぞ」
「はいはい、でも帰るじゃなくて上で待機な。選定終わったら真っ先に俺らでボス狩ろうぜ!」
『選定』は基本的に守護者が倒されてから約半年周期で行われる。この迷宮で前回の守護者が倒されたのがおよそ半年前。いつ選定が来てもおかしくなかった。
そして『選定』で最も恐ろしいのは人間も選ばれる可能性があるというのに予兆が無い事だった。
『選定』は唐突に降りかかる。誰が相手でも。等しく降りかかる。
「あ、れ?」
炎の剣を持った少年の腕が、肥大化した。
「お、お前? そ、それまさか」
「え? ま、待てこれこれこれこれコレ」
彼らは魔物を倒し過ぎた。湧くより早く瞬時に倒し、倒す、容易に倒す。結果、選定時迷宮最下層で生存していた生物の数はたったの13。選ばれる確率は13分の2。
魔物を易々と倒す力が、彼らから緊張感を奪い、退くタイミングを誤らせた。そもそもゲームの応募をするような者がゲーム感覚にならないわけがない。
日ごろからファンタジー要素に慣れ親しんでいるゲーマーなら異世界に馴染みやすいだろうと、そういう者を選んだ女神の判断が仇となった。当時特定の人間の観察に傾倒しすぎたのが仇となった。
神の力のほんの一部を得た、魔王の多くの力を得た、異界の魔物がその日生まれた。




