若いことの得と損
平行に進む青少年の物語
夢が叶わないならせめて目の前の現実でも・・・と思った時期がぼくにもありました。 でもどちらも簡単には手に入らないのが本当の現実なのだと気づくのはそう遅くないわけで、人間だれしも一言の言葉ですべてが砕けて散るということがあり得る時代、いや現代なんだと実感する。 ぼくは今日ある一言ですべてが砕け散った。
すべては仕方ないで片付けることができるものなのだが、いかんせん諦めなんてさっさとつけろと言われても簡単につけてるものではないのであり、簡単な落胆では済まないもの。 しかし、人の幸せを願うこともまた必要で大切なことである。
「私結婚するから、お前らと一緒にこの学校を卒業するんだよ~」
担任教師からの軽い一言で教室内がざわめく。 疑いの声から喜び、賞賛やお祝いの声まで様々。
「おいおいマジかよ・・・結衣ちゃん先生結婚すんのかよ」
「おめでと~! やっとだね!」
「もうすぐ三十路だからな、みんな心配してたんだよ。 結衣ちゃん先生が婚期逃すんじゃないかって」
「うっさい! でも、こんな私でもちゃんともらってくれる人がいるっていうのが事実だよ。 精進したまえ生徒諸君」
結衣ちゃん先生がカラカラと嘲笑うかのように言葉を発する。 一見すると堅物教師なのだが、このクラスの面々に対しては別で、とても明るくユニークな先生である。
「いつからだったかな・・・」
「お前が結衣ちゃん先生好きになったのがか?」
「・・・なんで知ってんだよ」
「そりゃもう、唯一無二の親友ですから♪」
ポーカーフェイスを決め込んでいたはずなのに、龍田に見破られる。 なんてざまだ。 こいつに見破られるくらいぼくの恋心とやらは丸見えだったのだろうか。
この出来事は朝のホームルームの時間の出来事、今は3時間目の授業の真っ最中だがなんとなくの気分でサボタージュを決め込んだ。
「ここは意外といいもんだな、秋だと涼しいや」
ごくたまに普段立ち入り禁止の屋上に忍び込む形で寝転がりに来てる。 夏だとくそ熱く、冬だとくそ寒いここだが、春と秋に来るととても涼しくてたまらない。
にしても・・・結衣ちゃん先生は結婚するのか・・・。
「さみしくなるな。 ぼくらも卒業だけど」
「まったく・・・受験生が授業をサボるとは、お前は大物になるかもしれないな・・・」
「結衣ちゃんは?」
笑ってみせるが自分でもわかるくらい目が笑ってない。 はたから見ていたら心配で声をかけるレベルだろう。 そんな感じなのか、結衣ちゃんはぼくの横に腰掛ける。 そこに座ったらスカートの中見えるよ?
「お前にだったら見られてもいいがな」
「ほんとに?」
「冗談だよ。 にしても、いったいどうした? 真面目なぼくっ子がサボタージュとは」
やっぱり色々見破られているみたいです。 いったいどうしたものか・・・。
「ん~、考え事かな。 将来もしかり、現状もしかり」
「えらく硬いことを考えるんだな。 感心だが、考えすぎると脳みそが壊れるぞ?」
なんだか経験したような物言いだ、そう感じる。 みんな今を楽しむ辺りこういう結衣ちゃんの顔を見たやつはいないだろう。 ぼくだけだと思うとちょっと優越感。 うれしくはないが。
「そういえば、みんな聞かないけど結衣ちゃんなんか過去に色々あったでしょ?」
「するどいな、お前は。 そういう勘をうまく使えるようになっていけるようになれよ?」
はぐらかしているのかと思ったがそうではないらしい。 人には人の人生ってものがある。 それに片足突っ込んでいいのか悩むところだが。
「いじめとかはなかったんだがな・・・、精神的にきつい時期があって精神崩壊手前までいったことがあるんだよ」
初めて聞いた過去。 それはあまりにも重いが受け止めきれないものではなかった。 結衣ちゃんは昔期待に期待が重なってそれがとても重荷になっていたらしく、最近まで病院に通うレベルだったらしい。
まだ学生という守られている身分のぼくらにはわかるようで分からないものなのだろうと実感する。 だが、人によっては学生でも重圧に押しつぶされるひともいるのであろうと思うが。
「そんな時に出会ったのが結婚相手なんだよ。 彼にはたくさん助けられた」
「・・・いい人だね。 他人を支えて自分もこけないし」
「教師にしてしまいたい逸材だよ。 残念ながら一般企業の社員だがね」
唐突に結衣ちゃんの携帯が振動する。
「なんだこんな時間に、どれだけ暇な奴だ・・・お、高口か」
結衣ちゃんが知らない名字を呟く、それは電話だったらしくそれに応答する。
「なんだこの時間帯に、お前はどんだけ暇なんd・・・なんだと?」
「結衣ちゃんどうしたの?」
「ここの卒業生なんだがな、ほら、この前教育実習で来てたやつだ。 本庄先生と結婚するんだと」
思わず吹き出しむせる。 ぼくと同じこと考えてるやつが他にもいたってことに驚きである。 てか、本庄先生ってだれかと付き合ってるって・・・え? まさか・・・。
「そのまさかだ、ほんとに、こういう馬鹿がいると教師も飽きないな・・・、ほら高口さっさと電話を切れ。 どうせ横に麻衣いるんだろ? せいぜいイチャイチャしとけ」
楽しそうに笑う顔、これは見慣れた顔だが見ていて飽きない。 いい顔だと思う。 そうしてすぐに電話を切った。
「ふう・・・、お前はあそこまでの馬鹿になるなよ? 個人的には期待してるんだからな?」
「あの・・・」
いろんな意味で言葉が詰まる発言をされて、驚きを隠しきれない。 実際教師と結婚してしまった生徒がいるのが事実。 若干の期待をしてしまってもしょうがないものだ。
「ん? どうした? まさかお前もどこぞの先生に恋したわけじゃないだろうな・・・」
無論、大当たりです。 とは言えたものではないが、何かしら返しておかないと後が怖い。
「そういう恋愛もいいですね、夢があって」
「お前は・・・まあ、そういうのを否定するわけではないからな。 お前もいい恋愛しろよ?」
「そうですね・・・、考えてみます」
お前らしいと笑われてしまった。 まあこれも一つの人生ってことだろう。
「さて、そろそろ授業が終わる。 ちゃんと勉学に励めよ? 青少年!」
ぼくの肩をバシッと叩き、結衣ちゃんは戻っていった。
いい恋愛・・・か。 叶わない恋愛ならしましたよ。
そんなこと言えないまま、授業終了のチャイムがなる。 さて、教室に戻って龍田の笑い話でも聞きながら残り少ない高校生生活を楽しもうかな。
「好きです、伊村先生」
言葉は空を切った。
end
いかがだったでしょうか? わかる方はわかるでしょうが、五本木下の日常のアナザーストーリーです
このシリーズで色々書いていきたいと思ってます
続きや、ほかのアナザーはまたの機会に・・・