第2話 無罪な罪
「ありがとうございましたー」
クリアリズム、買ってしまった・・・。
別に本気で透明人間になれるだなんて思ってないし、なれたから何がしたいって事もないけど。
子供の頃の夢が叶ったような感じ。買っただけで心が充実して晴れやかな気分になれた。
家に帰ると一目散に自分の部屋にこもり、袋からクリアリズムを取り出した。
相変わらずなんと美しいパッケージだろう。心惹かれた理由はそこにあるのかもしれない。
慎重に箱を開けると錠剤が48錠入っていた。
おまじないや迷信を試してみるような気持ちで4錠取り出し、水とともに一気に喉へ流し込む。
・・・何も起こらない。そりゃそうか。
当然だと思いつつ、なんだかがっかりしている自分がいた。
中に入っていた説明書きを読んでみる。
「効き目が出るのに30分~1時間かかります。」
「効果は3時間から5時間です。」
「衣類や持ち物も透けるため、裸になったり靴を脱いでいただく必要はございません。」
「薬の作用中、物体など生きていないものには触ることができますが、人や動物などの生き物には触れられません。また、壁や窓を通り抜けることは可能です。」
そんな馬鹿な。ご丁寧にこんな注意書きまで作って。
冗談にしては芸が細かすぎる。
私はそのままぐっすり寝てしまった。
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「あゆー、ご飯できたわよぉ」
お母さんの声で目が覚める。
「はーい。」
返事をしてリビングへ向かう。
リビングにはもう家族がみんな揃っていた。
今日は鯖の煮付けか。骨とるのが面倒だなぁ。とか思っていると隣にいるお母さんが私の部屋に向かって
「あゆーっ!!冷めちゃうわよ。」なんて言ってる。
「なに言ってるの?ここにいるじゃん。」
お母さんの肩を叩こうとしたけど、触れなかった。
どうして?声も聞こえてないみたい。
「どうせ疲れて寝てるんだろ。先に食べてよう。」
お父さんが言う。
これはもしかして、薬が効いてるの?
試しに弟の鯖をつまみ食いしてみた。
・・・無反応だ。
いつもなら怒鳴って「返せ」とか言い出すのに。
それどころか「お母さん、この鯖食べた?」とか言ってるし。
見えてない!!
これってすごいことだ。
何でもできちゃう!
私は部屋を踊りまわった。
いつもならきっと「うるさい」とか「ホコリがたつ」とか言われてできないけど、今なら堂々とできた。
すごい薬を手に入れてしまったかもしれない。
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次の日私は、スキップしながら街へ出た。
人ごみだってへっちゃら。
どんな人だってすり抜けちゃうんだし。
渋谷のスクランブル交差点をまっすぐに走り抜けてみた。
気持ちがいい。
すごい。次は何をしよう。
そう思っていると、一人の顔が頭の中に思い浮かんだ。
「大沢くん・・・。」
見えないんなら、ちょっとだけ行ってみようかな・・・?
見に行くだけなら、優奈を裏切ったことにはならなよね。
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「大沢君ってここに住んでるんだ・・・。」
そこは大きくもなく、小さくもない、ごく一般的な一軒家だった。
優奈の顔がよぎったけど入ってみた。
「お邪魔しまぁ~す」って一応言っとく。誰にも聞こえないけど言っておいた。
見えていないとはいえ、言わなかったら不法侵入の変質者になってしまう気がして・・・。
家は静まり返っていた。
(留守かな?)と思いつつ2階に行くと、一つの部屋の前に「KAZUKI」と書かれたプレートが掛けてあった。
部屋に入ったが大沢くんの姿はない。
思ったより整った部屋だ。
ここが・・・大沢くんの部屋。
何かドキドキしてきた。ここのベッドで寝起きして、この座布団で過ごして、勉強とかもこの机でしてるんだろうなぁ。
私は人に見えないことをいい事に部屋の中を歩き回ってみた。
南向きの大きなベランダがある。
夜はここで星を眺めたりするのかな。英語の本がたくさんあるけど、読めるのかな?
優奈・・・ごめんね。
最低な奴、そう思いつつベッドに入ってみた。
ほのかにレモンのような爽やかな香りがする。
今、本当に幸せかもしれない。
その時、
ガチャッ。
部屋に大沢くんが入ってきた。
ビクッとしたけど大沢くんには見えていない事を思い出して、そのままでいた。
すると大沢くんは部活帰りだったようで、制服のネクタイを緩めていた。
と思うと制服のままベッドに入ってきた。
(え、うそ。ここまでするつもりじゃっ)
私の横にあこがれの大沢くんが寝ている。
私は居ないようなものなので、別に何も起こってないっちゃ起こってないけど・・・。
でも、添い寝している。紛れもない事実だ。
緊張と興奮のせいか、不思議と優奈の顔はもう浮かんでこなかった。
別に何もしていない、誰も被害は受けていない。
だって、実質私はこの場にいないのだから。
でも、私は優奈を心の中で裏切る覚悟ができた。
とはいえ優奈も失いたくない。
ならばこの薬を使えばいいじゃない。
ズルくたっていい。優奈と大沢くんを傷つけずに大沢くんと結ばれるにはこれしかないから。
自己満足でもいいから大沢くんのそばに居たかった。
ちらっと横を見ると、大沢くんが小さな寝息をたてていた。
届きそうだけど、届かない。そう思うと一層欲しくなる。
私は大沢くんを抱きしめた。
と言っても触れられないから感覚もなにもないんだけど、あったかい気がする。
わたしは今、幸福感と優奈に対する優越感でいっぱいだった。
もう罪悪感なんてこれっぽっちもない。
第3話へつづく。