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僕とカーネルサンダースのちょっとした恐怖

作者: 夏景色

僕の姉は母の連れ子だった。

 だから僕は姉について余りよく知らなかった。その時、確か姉が中学1年で、僕は小学2年生の頃だった。姉と僕とは一緒に家へと帰る途中だった。

「ケンタッキー買って帰ろうか?」と姉は言った。

 僕はすぐさま「うん」と言って、何度も肯いた。

 姉は活発そうな女の子らしく朗らかに微笑んで僕のほうを見た。彼女が僕の手を掴んだ。その手はとても温かくて、彼女の笑顔と同じくらい柔らかだった。

「今日は動くかもしれないね・・・・・・・・・」と姉が言った。

 そして、店の外に立っているカーネル・サンダースの人形を指差して、僕の方をチラッと見た。

「知ってる? あれって動くんだよ」

 僕は無邪気にいつ、いつと彼女に尋ねた。

 彼女は笑って、「ゆうちゃんが眠ったあと、みーんなが眠った後、ひとりでに動き出すの・・・・・・・・・」

「どうして?」と僕は聞いた。僕はあの人形がもしかしたら生きているんじゃないだろうかと思った。

 姉は大きく首を振った。

「ただ動くの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それでフライドチキンを揚げるの」

 

 僕はリビングのソファーに座って、フライドチキンを1ピース齧って少し眠ってしまっていた。僕が起きると部屋の中は真っ暗だった、テレビもついてなかった。でもテレビはすぐについた。

 テレビの中で昼間見たカーネル・サンダースが昼間見たシングルジャケットそっくりの割烹着を身に着けてせっせとフライドチキンを揚げていた。白黒の見慣れない画像が、丁度僕が眠った後の真夜中の闇のように見えた。

 部屋中が牢屋の中のようにしんと静まり返っていた。テレビからはどんな音もしなかった。カーネル・サンダースはもともと人形だから絶対に声を出さないのだ。だから、テレビの中のカーネル・サンダースも全く声を出さなかった。カーネルはいつも通りの微笑をしたまま、動かせる関節をふるに使って、せっせとフライドチキンを揚げていた。

 僕は怖くて、ソファーの上にうずくまってプルプル震えていた。部屋は相変わらず真っ暗で誰も助けに来てくれる様子はどこにもなかった。だから僕はいつまでもうずくまってプルプル震えたままだった。

 ある日僕はカーネル・サンダースに連れられて、どこか小屋のような場所に入れられた。そこには油や鳥の餌の匂いなんかが混ざり合って漂っていて、建物の中は薄暗がりで、テレビの白黒画像のような暗がりだった。それでも、その中で人は僕とカーネル・サンダース二人だけだってことはすぐにわかった。カーネル・サンダースはどこにいても白い服と笑顔の顔とが浮かび上がって見えて来くるのだ。

「も、も、も、も、も、も、も、も、もっっっと・・・・・・・・・」とカーネル・サンダースが語ったような気がした。口元は1ミリだって動いてやしない。本当は声だって聞こえないんじゃないだろうか?

 僕は一羽の鶏の胴元と顔の辺りを掴んで首をくるっと360度に回していた。それでも鶏はぜんぜん死ななかった。カーネル・サンダースは首の回し方が足りないと言って、僕に鶏の首をもっと回すように命令した。僕は怖くなって、鶏の首をはなしてしまった。すると鶏の首はするするとひとりでに元の形に戻っていった。

 カーネル・サンダースは手に持ったプラスティック製の白いスティックを振り上げて、何かしらの奇声を上げながら僕を何度も叩いた。本当は声なんて出ていないはずだから、無言で彼はパシパシと叩いた。それから、再び僕に鶏の頭を持たせて、

「逆回転だ」と力強く言った。気がした。僕はとっても怖いと思った。

 鶏の首はまた360度回った。まるでゴムブレードにワインのコルク抜きを突き刺して、くいってひねるみたいに、僕は鳥の頭をくいっとひねった。でもやっぱり鶏は死ななかった。

「ももっと、もっとだ」とカーネル・サンダースは言った。

 僕は鼻をずるずる言わせて声を殺しながら泣いて、しゃくり上げながら手がプルプルと震えていた。

 それを見たカーネルはキっと怒って、僕の手を打ち据えた。その拍子に鶏の頭はまた僕の手から離れてしまった。まるでそれが自然の定理みたいにくるっと回って、時計の針をちょっと戻した時と同じ姿をしていた。

 カーネル・サンダースは白いスティックで僕の事をバシバシ叩いた。さんざん叩いて、それからあきれたように言った。

「………………逆回転だ!」

 僕が首をひねると、鶏は鳥目のまち針の赤い珠のように小さな眼に白目を浮かべて、

「クッ………………クッ………………………………………………」

 と啼いた。

 その時、僕の姉はビデオのチャンネルを操作してカーネル・サンダースの映像を巻き戻し、同じ所をリプレイして何度もテレビに映していた。ソファーにうずくまってビクビク泣きながら、なかば呆然として一向に起き上がる気配の無い僕を、影からこそこそ覗き見て、キッチンの向こうでげらげら笑い転げていた。


「ケンタッキー食べると、ほんとおかしいのね!! 好きよ。ゆうちゃん」

 

 19歳になって、未だに僕はフライドチキン全般を食べる事が出来なかった。

 もしフライドチキンを食べた後の残った骨が固めて捨てられたゴミ箱から、骨がつなぎ合わされて一羽の鶏の形がつくられ、「あの時おまえが7回も首をひねったせいで、俺は頚椎ヘルニアになって死んじまったんだ、コケッ」と嘴でつつかれたら怖い。


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