9、 夕香の家
学校の前の通りをわたると、学校の裏山と同じような雑木林があった。
都 夕香の家に行くには、その雑木林の間をぬうように、小さな小道を奥へと進んで行かなくてはいけない。先生が先頭に立って歩いて行くが、付いていく四人は驚いていた。
みんなマンションや分譲住宅に住んでいると思っていたから、こんな林の中のさびしい場所に家があるとは思えなかった。画家さんの家に初めて行ったときと同じような驚きだ。
林の奥の、奥の方に、ちいさなトタン屋根の家が見えてきた。くさりかけた柱を組み合わせたような、今にも倒れそうな家だ。
ギイイ……。
先生が木の門を開けると、にぶい音がした。ベルはなく、先生が大声で呼ぶ。
「都さーん。いらっしゃいますかー?」
玄関ではなく、縁側の木戸が開いて、夕香のおばあさんらしき人が顔を出した。
「こんにちは。今日はお友達が夕香さんを心配して一緒に来てくれたんですよ」
木内先生の話を、おばあさんは面倒そうに聞いている。
「何度来られても、おんなじじゃ! 孫はもう、学校へはやらんで!」
おばあさんは何か怒っているように見えた。
四人は後ろから声を張り上げた。
「あの! 夕香さんに会わせてください! 夕香さんとは友達ですから、話だけでもさせてほしいんです!」
「いんや。夕香は、もう友達にも会わせん!」
木戸がピシャリと閉められてしまった。
ショックだった。夕香のおばあさんは、友達にそそのかされて、あんなことをしたのだと思っているのかもしれない。
「最初からあんな調子だ。気にするな」
木内先生が「やっぱりか」というような顔で言った。
学校の『キンシンショブン』の期間が終わった。一ヶ月過ぎる頃、ようやくまわりの騒ぎが収まったこと、けがをした人が退院したこと、四人も十分反省しただろうということで、学校にもどることになった。
しかし、学校のみんなどころか、クラスのみんなさえ、少し距離をおいてマキたちを見ていて、あまり話しかけてもくれない。
きっとそれぞれ家で、「あの悪い子たちには近づくな」と言われているのだろう。
木内先生が来て、
「みんな、せっかくそろったんだから、卒業まで仲良くすごそうな」
と言ってくれたが、クラスメイトの反応は冷たかった。
そして、夕香の席は空いたままだった。
何日しても、夕香は学校にもどって来なかった。
「もう一度、都さんの家に行こうよ」
ある日の放課後、たまりかねて、まめがほかの三人に言った。夕香にはどうしても、もう一度会って話がしたかった。
「行く!」
三人も、もちろん賛成した。
前に木内先生に連れられていった道をたどって、例の雑木林を進んでいった。
「あれ? 確か、この辺りだったよな?」
「多分。道は小さいけど、一本道だったし」
でも、どこを探しても、夕香の家、いや建物らしきものさえ見えてこないのだ。
「こんな、奥までこなかったよ」
「そう、確かこの木、前に来た時に都さんの家の横にあったよね?」
四人はその辺りを必死で探した。家なのだから、遠くにあってもすぐ分かりそうだが、四人の周りには、ただひたすら木が生い茂っているだけだった。
その時だった。
チュイーーー。
マキの耳に、覚えのある鳴き声が聞こえた。耳をつんざくような、かん高い鳴き声。そう、夕香に連れられて、はじめて裏山のアカマツのところに行った帰りに聞いた声。
「ヒヨドリだ!」
まさかと思いつつ、マキは思わず動きを止めて耳をすました。
なぜか、ほかの三人もじっとだまっていた。
今度は、チョン、チョチョンという鳴き声が聞こえる。二羽の鳥がスッと近くの枝にとまった。
すると、またあの時のように信じられない会話が聞こえてきた。
「カラスのばあさんも気まぐれだねえ。人間のせいで子供ら夫婦をなくして、孫娘を大事に育ててたっていうのに、なんだって人間の学校になんか通わせていたのかねえ」
さけぶようなかん高い声の話に、ぼそぼそと話すような声が答える。
「それが、『ここでは人間の生活を知っていたほうが幸せになれる。いずれ人間たちが山をせんりょうするだろうから、いっしょに暮らせるようにさせたい』とか言って」
「けっきょく失敗して逃げて行っちまったんだから、何にもならないじゃないか。ばかなことを」
「孫娘も人間のために両親が死んだこと、気付いたんじゃないのかい?」
「なんでも、人間をやっつけて、さわぎを起こしたってことだよ」
「だから、よしとけばよかったのさ」
「まあ、ほかのカラスたちも、この山には見切りをつけて出て行くんじゃないのかい?」
「とうとう、この山も人間のものか……。私たちだって、よそごとじゃないよ」
二羽の鳥が飛び去ったあと、マキはおそるおそるあやねに聞いてみた。
「今の話、聞こえた? あやちゃん」
「うん。聞こえたけど、一体何だったの?」
あやねが青ざめた顔で言った。やはりあやねにも聞こえていた。
まめが言った。
「やっぱり、あの時もぼくの聞きまちがいじゃなかったんだ」
「おれも聞いた!」
勇次もさけんだ。
マキは、あの時に、まめにも勇次にも鳥の会話が聞こえていたことを知った。
「カラスのばあさんと孫娘って、都さんたちのこと?」
「そうだよ! だってあの事件の時、都のやつ、なんか変な声でさけんで、たくさんのカラスを呼んだんだ!」
勇次が、みんなにうったえた。
「それじゃあ、都さんのお父さんとお母さんは、人間のせいでなくなったって、本当のこと?」
四人にとって、鳥の会話が聞こえたことよりも、『夕香の両親が人間のせいでなくなった』という話と、夕香がもうここにはいなくなってしまったということ。何よりも『夕香は人間ではなかった!』ということがショックだった。
四人はその後、だまって雑木林を後にした。
次の日、クラスのみんなは木内先生から、夕香が転校したということを聞かされた。
木内先生にも転校先などは知らされなかったらしい。
数日前おばあさんがやってきて、あわただしく手続きだけしていったということだった。




