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7、 ある計画



 画家さんの家での研究は本格的なものとなった。森の中の気温と学校の周囲の気温を表にして比べ、森の中がいかにすずしく快適であるかが一目で分かるようにきちんと整理され、森の中の様子と学校の周囲の様子を写真つきで説明するなど、本人たちも驚くほどの出来ばえとなった。

「これ、おれたちがやったのか? すげえ!」

 勇次はとても自分がやったものとは思えず、感激の声を上げた。

「ほんと! 苦労したかいがあったよねえ!」

 マキもしみじみとその表をながめていた。


 ところが、ふたりはとんでもないことを忘れていた。そう、まめに教えてもらうはずだった宿題! ふたりとも二学期を目の前にしてようやくそのことに気付き、泣く泣くほかの宿題をひとりで仕上げるハメになった。


 明日から新学期が始まろうという日、マキのお母さんが、夕方マンションの会合から帰ってきてお父さんと話していた。

「とうとう本格的に始まるらしいわよ」

「いよいよこの辺りもひらけるなあ」

「ショッピング・モールなんかも出来るらしいわ。新しくふもとにバスターミナルも出来るらしいし……」

「便利になるね」

 マキがその話に首をつっこんだ。

「何の話?」

「ああ、学校の裏手の方にある未開発の雑木林なんだけどね、来年から切りくずされて、新しくマンションやらお店やらを造るらしいの。こちらからだと駅まで遠いから、向こう側からバスの出入りもできるようになるんだって」

「え? あの林がくずされちゃうの?」

「そう。ずいぶん前から計画はあったんだけどね、今回ようやく工事にとりかかるメドがついたらしいのよ。しばらく工事の車などの出入りなどがあるので気を付けるようにって」

「そんな。あの林がなくなるの?」

「あら、しばらくは不便だけど、あそこがひらけたら便利になるわよお」

 マキのお母さんはうれしそうに言った。

(大変だ!)

 マキはそれから、残りの宿題にもちっとも身が入らなかった。

(あした、みんなに知らせなくちゃ!)


 九月一日はあわただしい。始業式と宿題の提出……それに防災の日の訓練など。ふり回されて、あっという間に学校は終わった。

 昨日は結局宿題が手につかず、明日までには仕上げるようにと木内先生にしかられたマキだったが、ほかにやらなくてはいけないことがあって、うわのそらで聞いていた。

 マキはとりあえず、「話があるから、午後、裏山のアカマツまできて」とほかの四人の仲間に伝えた。

 帰ってお昼ご飯がすむと、裏山まで急いでかけていった。まめと夕香はもう来ていて、おくれてあやね、そして勇次が最後にのんびりやってきた。

「宿題あんだよー。一体このいそがしいのに何だよ、ボス!」

 勇次も同じ目にあっているのだ。

「あたしだって同じだけど、もっと大切なことがあるの!」

 マキは、昨日お母さんとお父さんが話していた内容をみんなに伝えた。

「ああ、そうらしいね」

 まめはさすがにこの事も知っていた。

「ええ? ここが無くなるの?」

 あやねはおどろいてさけんだ。

「大変じゃねえか! 画家さんの家はどうなるんだ?」

 今まで不機嫌だった勇次が、ころっと変わってあわて始めた。

 夕香は……みんなの顔を見ているだけで、あいかわらず表情を変えないし、何も言わない。

「ねえ、画家さんにこのこと知らせに行こうよ!」

 あやねは心配して言った。

「そうだな!」


 夏から秋へ、森の中は季節の変化を人間より早く感じるらしい。木々の葉も夏のような勢いはなく、セミの声はあの時のようにうるさくない。優しく歌うような声に聞こえる(つくつくほうし)や(ひぐらし)の声が、ゆく夏をしみじみ思い出させるようだ。


「ええ、知っているわよ」

 奥さんの意外な言葉に、いさんでやってきた五人は驚いた。

「もう、ずいぶん前から計画されていたものね。工事する会社が決まらなくてそのままだったんだけど、やっと決まったそうね」

 奥さんがあんまりさっぱり言うので、マキはなんだかひょうしぬけした。

「画家さんたちはどうするんですか?」

「いまね、引越しを考えているのよ。それであの人も、その前に作品を仕上げようと夢中になっているの」

 画家さんは、ふたたび残りの二枚を仕上げるため部屋にこもっていた。

「そんなあ! せっかく親しくなれたのに!」

 マキはなんだか悲しくなった。

「そうね。私たちもさびしいわ。でも私たちはこういう生活しかできないから、また新しい場所を見つけるわ。みんなのこと忘れないわよ!

 といっても、まだ先のことになるわ。それまでいつでも遊びに来てちょうだい」


 帰りはみんな、何もしゃべらなかった。

 アカマツまで来ると、夕香が「私はここから帰るから」と言って、みんなと別れようとした。そのとき突然まめが、何か思いついたのか、夕香をよび止めた。

「待って都さん! ちょっと考えたことがあるんだけど」

 まめは自分の計画をほかの四人に話し始めた。

「うまくいくかは分からないけど、この森の生き物たちが怒っているようなことを、大人たちに分からせるんだ」

「どうやって?」

「まだこの森の工事は始まらない。でも始まったら手遅れだ。それで、今やってる体育館の工事を中止させるようにおどかすんだよ」

「もうあんなに出来上がってきているんだから、無理だよ」

「とりあえず、工事をすると良くないことがあると印象づけるんだ。

 昼間は無理だよ。夕方、工事がすんで音が止んだら、(森をこわすな)というメッセージを流して後片付けをしている人たちをおどかすんだ」

「すごい計画。バレたらまずいでしょ」

「うまくやれば、バレないでうわさが立つだろう。そうしたら少し大人たちも考えるかもしれない。ただ森に潜んで、大音響でメッセージを流せばいい。声は、ぼくがパソコンで合成して人の声とは違うものを作ってくる」

 まめはコンピューターにもくわしい。みんな、まめのことだからきっとぬかりはないだろうと信じることにした。


 夕方、暗くなっていく森にひそむのはこわいので、男女それぞれひとりずつペアになって、交替で毎日続けることとなった。

 人をだますなんていけない計画をしているのに、マキはちょっとワクワクしていた。

「あの森を守れるかもしれない」

 気がかりが少し晴れて、その日は残りの宿題を勢いよく仕上ることができた。

 

 次の日からまめの計画を実行することとなった。その日の夕方、まめはいろいろな装置を持ってやってきた。今日は五人とも集まって、その使い方や方法を教えてもらった。

『森をこわすな~。森をかえせ~』

 エンドレスで繰り返される、まめの作ってきた(声)は、聞いているだけでゾッとする。

「このスイッチを押して、このつまみでボリュームを最大にして……」

 まめはたんたんと説明している。

「さすがだよな。なんかこわくなってきたよ」

「あたしも!」

 逆に自分たちがのろわれそうだ。

「なんか、ちょっと大げさ過ぎない?」

 マキもいざとなると、ためらった。

「何かしないと、画家さんたちが追い出されて森はなくなっちゃうんだ。がんばろう」

 まめは弱気になっている四人にはっぱをかけた。


 その日、試しに工事現場のドリルやかなづちの音が止んだころを見はからって、(声)を流してみた。

 しかし工事現場の人はいそがしくて気付かないようだ。

「毎日続ければそのうちおかしいことに気付くよ。この装置はビニールをかぶせてここに置いておくから……」

 まめが言い、みんなの当番を割り当てた。

 一日目はあやねと勇次。二日目はマキとまめ。三日目は夕香と勇次。この順でくり返していく。

 なぜか勇次は連続で当番だ。ひまだと思われているらしい。

「なんでおればっかり! まあどうせ帰ってもつまんねえから、いいけどよ」

 ふてくされる勇次は、みんなから「勇次だからこそ!」なんておだてられて、単純に「そうかなあ?」と照れて、うれしそうな顔になった。


 次の日は勇次とあやね、その次の日はまめとマキ……。当番にしたがって毎日決められた時間に集まっては、森の中から(声)を流した。計画は思った方向に進んでいるようだ。ただ(声)を流すだけだが、それでも初めて皆で(声)を流した日をふくめて三日目ともなると、工事現場の作業員にも気付く人も出てきた。

「だれだ?」

「何の音だ?」

 と話しているのが聞こえた。

「これならうわさが広がって、こわがって林を保護しようとする人も出てくるかもしれない」

 まめが様子をうかがいながら、「しめた」という顔をした。

(そんな簡単に、いくのかなあ?)

 自信を持って言うまめだが、マキはちょっと不安になった。

 

 マキの不安が当たってしまった。

 次の日は夕香と勇次の当番だった。

「お前、ぼさっとしてるから、おれがやるからじっとしてろよな!」

 一度やったことのある勇次は、夕香に言いふくめた。

『森をこわすな~。森をかえせ~』

 勇次は、音を大きくしたり小さくしたりしながら、いかにもあちこちで聞こえてくるような演出を始めた。

 工事現場の片付けをする人たちは、さすがに四日目ともなって変なことに気付いたようだ。

「やっぱり、なんか聞こえるぞ」

「気味悪いなあ」

 そんな声が聞こえてきて、いよいよ勇次も調子に乗ってきた。ボリュームのつまみをたくみに調節しながらワクワクしていた。

 ところが突然、夕香が立ち上がってさけんだのだ。

「ホオオウー」

 びっくりしたのは勇次だ。そのひょうしにボリュームのつまみを最大にしたまま、

「ばか! 座れ!」

 と夕香にさけんだ。

「あそこに子供がいるぞ!」

 鉄骨の建物の二階から、勇次と夕香を見つけた人がさけんだ。

「やべえ! にげろ!」

 勇次が立ち上がろうとしたしゅんかん、森の方から何十羽というカラスの群れがガアガア鳴きながら飛んできた。そして工事現場の人たちに襲いかかっていった。

 二階にいた人は、びっくりしたひょうしに、下へ転がり落ちてしまった。

 カラスたちはしばらく工事現場の周りを飛び回って、ときどき低空飛行をしながら作業員をおびやかし、また森の方へもどって行った。

 二階から落ちた人は大けがをして救急車で運ばれ、勇次と夕香は作業員に取り押さえられて、後から来たパトカーに乗せられ、連れていかれてしまった。

 とんでもない大事件になってしまったのだ。





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