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2、 裏山の秘密


 マキが通う青葉山小学校は小高い山の上にある。山といっても、今は半分は住宅地になっていて、山にはり付くように高級マンションや分譲住宅などがいくつか建ち始めた。

 小学校は昔からあったのだが、住宅地になる前は子どもの数も少なく、本当に小さな学校だったらしい。

 ところが家やマンションが急に建ち始め、人がどんどん越してきて、子どもの数は何倍にもふくれ上がった。今ではほとんどが都会から越してきた子どもで、マキもそのひとりである。

 校舎は木造から四階建ての鉄筋になり、一むねから二むねに……。校庭も大きくひろげられた。

 しかし問題の体育館だけが昔からあるものを使っているので、この学校の人数にはとても足りなかった。

 新しい体育館は、今ある体育館の裏の林をけずってつくられる。もうすでに鉄筋が打ちこまれているが、それを見ればどんなに立派な建物か想像がつく。

 子どもたちはみな、体育館の完成を心待ちにしているのだった。



 六年二組の大さわぎ試合から、一ヶ月がすぎていた。

 七月のはじめ、梅雨が明けてすっかり夏らしくなり、もうすぐやって来る夏休みの期待にクラス中がそわそわと落ちつかなかった。

「えさ、ちゃんとやったのか?」

「……うん」

「水、替えたのいつだ?」

「きのう……」

「じゃあ、なんでこうなるんだよっ!」

「……わかんない」

 その日の朝、勇次と『都 夕香』という女の子が、後ろのロッカーの前で何やら話し合っていた。

 見方によっては、勇次がおとなしい夕香をつついているように見える。

「こらこらっ。都さんをいじめちゃだめでしょっ!」

 マキが見かねてとんできた。

「人聞きの悪いこと言うなよ。今、飼育係の大事な話し合いをしてるんだからな」

「話し合い?」

 マキは二人の間に割って入り、ロッカーの上に置かれた水そうを見た。

 カメがのびている。

「かわいそうに。どうして?」

「だから、今それを都に聞いているんだよ」

「なんで都さんのせいなの? 係長は勇次でしょうが」

 マキは勇次をひじでこづいた。

「それも、そうだな……」

 今日の勇次はやけに素直で、マキはひょうしぬけしてしまった。カメの世話を都だけにおしつけていたことを反省しているらしい。

「どうした?」

 今度は木内先生がやってきて水そうをのぞきこんだ。そしてマキと同じように言った。

「かわいそうに……。ここのところ急に暑くなったからなあ。弱ってしまったんだろう」

「放課後、お墓を作ってやります」

 勇次はすっかりしょげていた。

「そうだな。学級委員も手伝ってあげなさい」

 学級委員のマキがまめをよんできて、勇次と夕香は「はい」とうなずいた。


 放課後、四人はカメの『なきがら』をティッシュにつつんで裏山に行った。

 裏山……子どもたちがそうよぶのは、体育館の裏の雑木林のことである。新しい体育館の建設のためけずられはしたが、かなり広い林で、奥の方はまだ自然が手つかずのまま残っている。『林』というより『森』というほうが正しいかもしれない。木々がうっそうと生いしげり、住宅地になった山の反対側とはまるでちがう世界だった。

 しかしこの『裏山』も、大型マンションの建設のため、もうすぐけずられる予定なのだ。


 裏山の入り口は学校よりも少し高くなっている。四人は工事現場のサクの横をすぎ、林の入り口へと続く低いガケを上っていった。

「このあたりにしよう」

 勇次が言った。

 ドーンドーン、ガーンガーン。

 工事の音がうるさくて、勇次は大声でもう一度、同じことをくり返さなければならなかった。

 まめとマキがうなずこうとしたとき、夕香が手を横に振って反対した。そして勇次の手からカメを取り上げ、ひとりで林の奥へと進んでいってしまった。

 三人はあわてて後を追いかけた。


 どのくらい奥へ来ただろう。工事の音はだいぶ遠くで聞こえている。夕香がやっとふり返り、言った。

「あんなうるさいところにうめるなんて、かわいそうよ。わたし、いいところを知っているの。ついて来て」 

 さらに奥に進もうとする夕香を、マキは不安そうによび止めた。

「都さん、だめだよ! 先生が裏山の奥はあぶないから行っちゃダメって言ってたじゃない!」

「大丈夫よ」

 ふだんあまり話さず、表情も変えない夕香が、なんだかとても生き生きしている。

「おもしろそうだな。行ってみようぜ」

 軽く言う勇次。まめとマキは顔を見合わせてため息をついた。

 夕香はクラスでは変わった子として見られていた。休み時間はいつもひとりで本を読んでいるか、ほおづえをついて外をながめている。授業中も外をながめていて注意されることも少なくない。

 自分からだれかに話しかけることなどほとんどなく、逆に話しかけられても短く返事をするだけ。だからよほどの用事がないかぎり、夕香に話しかけるクラスメイトはほとんどいなかった。

 かげで『ファンタジーさん』などとよんで面白がっている人もいた。

 そんな夕香が今、うすぐらい林を先頭に立ってサッサと進んで行くすがたは、まるで別人のようだった。


 工事の音はすっかり遠のいて、風に乗ってかすかにトーントーンと聞こえるだけだ。

 夏だというのに、地面にはかれ葉がつもっていて、歩くとザクザク音がする。うすやみの中で木々が手を広げておおいかぶさってくるようだ。

 突然、ギャーというかん高い声と、バサバサッと羽ばたきの音がした。

「うわあ! な、なんだ?」

 おもしろ半分に来てしまった勇次も、すっかりこうかいしているようだ。

「ただの鳥よ」

 逆にマキは落ち着いていて、あきれたように言った。

「おいっ。もういいよ。都を止めてくれよ」

「あら? おもしろそうだから行こうって言ったの勇次でしょ。こわくなっちゃったのかなあ?」

 マキはニヤニヤして勇次の顔をのぞきこんだ。

「うるせえ! こんな林、こわいわけないだろ」

「ほんとお?」

 楽しげにからかうマキに、勇次はこぶしをふりあげた。

「二人とも、前見ていないとつまずくぞ」

 まめの言葉が終わらないうちに、マキが木の根につまずいて転んだ。

「はっはー。ざまあみろい!」

「だまれ! おくびょう者!」

「なんだとお?」

 こづきあう二人を無視して、まめが夕香に声をかけた。

「都さん、工事の音も遠いし、この辺でいいんじゃないかな?」

「もうすこしだから……」

 都はふりかえりもしないで答えた。

「しかし広い林だなあ。この場所が公園や運動場なら思いっきり遊べるのにな。こんな何にもない林、いらないよなあ」

 まめがひとりごとのようにつぶやいた時、突然夕香がふりかえり、大声で言った。

「ここがどういう所か、今に分かるわ!」

 夕香のすごいけんまくに、まめも、こづきあっていた勇次とマキも、動きが止まってしまった。そしてそれからは三人とも一言も話さずに、ひたすら夕香のあとをついていくしかなかった。


 話をしているときは気づかなかったが、林の中は意外ににぎやかだった。様々な鳥の声や虫の声が聞こえる。よく聞いていると小さな合唱のようだ。

 チッチッチとかわいらしい声がして、小さな黄色い鳥が細長い尾をふって歩き回っている。

「ねえ、あの鳥かわいい」

 マキが思わず口にすると、夕香が軽くふり返って言った。

「キセキレイっていうのよ」

 それから夕香は、ときどき立ち止まっては野鳥や虫や植物のことを三人に教えてくれた。三人にとってはほとんどはじめて知ることばかりで、今までどちらかというと『バカにしていた』夕香のことを、まめも勇次もマキもソンケイの目で見るようになっていた。

「そういえば、都さんってむかしからこのあたりに住んでいたのよね?」

「そう。わたしは知らないけど、むかしはこんな林や『だんだん畑』しかなかったって、おばあちゃんが言っていたわ」

 そのとき三人には、さっき夕香がまめにどなった理由が少し分かったような気がした。


「ここだわ」

 夕香が突然足を止めた。うつむきかげんについてきた三人がふっと顔を上げると、今までの暗がりをぬけてパーッと明るく開けた場所に立っているではないか。

 もう日は西にかたむいているが、ぽっかり空いた天井に真っ青な空とまぶしい金色の雲が見えた。 

 そして、目の前に……。なんと、空までとどきそうに、高く高くそびえる赤い木が立っていた。

「この林の『ぬし』のアカマツよ」

 この木を『ぬし』と呼ぶところなど、いかにも『ファンタジー』な夕香らしいが、そう言われてうなずけるほど立派なこの木を、三人はしばらくその場につったったままぼうぜんと見つめていた。

 四人はアカマツの根元にあなをほりカメをうめると、まわりにさいていた草花をかざり、お墓を作ってやった。






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