12、 残った森
春休みに入るとすぐに、あやねは北海道へ越して行った。まめは、ほかの学校より早く始まるため、準備に忙しくなった。マキと勇次は、小学校と中学校が近く、多くの友達も一緒に進学するため、のんびりと春休みを過ごしていた。
さすがに長い春休みをもてあましはじめたころ、町中が急にある話題で持ちきりになった。
学校の裏山のことだった。裏山の奥の画家さんたちのいた森で、めずらしい鳥の巣のあとが発見されたというのだ。
工事のため地質調査がされたときに偶然発見されたそうだが、専門家が、その鳥の羽などから国の天然記念物になっている鳥だと言ったことで、大騒ぎになった。
マンションやショッピングモールの建設はもちろん中止。裏山に有名な学者などがやってきて、連日、調査が行われていた。ニュースなどでも取り上げられたので、マキの住む町はその鳥の名前で有名になった。
マキは、ややこしい名前という上に、天然記念物というものにあまり関心がないので、その鳥の名前は覚えていなかったが、裏山の開発が中止になったということが何よりもうれしかった。
アカマツも、あの小川も、美しい四季も、そのまま残るのだから。
春休みが明けるころ、マキは体育館の横に何げなく行ってみた。
たまたま校庭でサッカーをしていた勇次が、マキを見つけて声をかけてきた。
「なにしてるんだ?」
勇次が聞くと同時に、もうひとり、二人の横から声をかけてきた人がいた。
「やあ! 久しぶり!」
なんと、新しい中学の制服を着たまめだ。
「まめ! どうしたの? その格好!」
マキと勇次は同時に聞いた。
「うん。ぼくの学校は今日が入学式だったんだよ。式が終わってまっすぐ先生たちにあいさつに来たんだ」
まめの制服姿は、なかなかきまっている。
「もう中学生なんだよね。あたしたち……」
マキがしみじみと言った。
「ところで、何していたの?」
「おれは、ひまだからサッカーしてたけど、お前、なにつっ立ってたんだ?」
勇次がマキにまた聞いた。
「うん。裏山のことが気になってね。来てみたんだけど……」
言いながら、マキは体育館のわきの、裏山の入り口にたてられた看板に目をやった。
『チョウジュウ ホゴ シテイ クイキ』
ここに住む動物たちを保護するため、むやみに入ってはいけないという看板だ。
「なんだか、おおげさなことになってんだなあ」
勇次が看板をのぞきこんで言った。
「でも、森がこのまま残ってよかったね」
まめも一安心していたようだ。
「ワスレナグサ……」
マキが突然思いついて、つぶやいた。
「え?」
勇次とまめが、マキの方を見た。マキはふたりの方に向き直って、今ひらめいたことをうれしそうに言った。
「ワスレナグサ、見にいこうよ! 五月になったら!」
「ワスレナグサって、何?」
「ほら、画家さんの絵の! 奥さんが言っていたじゃない! 小川のまわりが一面ワスレナグサの花でうまるって!」
「そうだ。そうだよね」
まめも思い出したようだ。
「五月の連休なら、あやちゃんもこっちに来られるかもしれないでしょ。あたし、連絡するから」
「でも、連休にうまく咲くかな?」
「大丈夫よ! 大丈夫な気がする!」
「そうだね。その頃には、このさわぎも落ち着いているだろう」
マキの突然の思いつきだったが、なんだか三人はわくわくしてきた。
マキと勇次も入学式を終え、中学に通いはじめた。
久しぶりにあやねに電話したマキは、あやねも新しい中学校で楽しくやっていることを聞いて安心した。
「五月の連休に、こっちに遊びに来ない? まめと勇次も集まるって」
「うん。おばあちゃんの家に行くから、そっちにも寄れるかも」
「ぜったい来てね! みんなであるところに行こうって、計画しているんだ」
「あるところ?」
マキはあやねをびっくりさせようと、
「そのときまで、ないしょ」
と、言った。
連休がやってきた。今年の連休はだいぶ長く続くので、あやねはマキたちの町の近くに住むおばあちゃんの家に滞在する予定で、久しぶりに帰ってきた。
マキの家に寄って、それからまめと勇次には学校で会う予定だった。
あやねが来ると、マキはとびついて言った。
「あやちゃーん。会いたかったー」
「マキちゃん! ひさしぶりー」
二人はピョンピョンとびはねながら、再会を喜んだ。
そのあと、さっそく学校へと向かった。体育館の横ではまめと勇次が待っていた。
「おーい!」
「まめくん! 勇次くん!」
ここでも、あやねは大喜びだった。
「なんか、そんなに前のことじゃないのに、なつかしいなあ」
「北海道はどう?」
「北海道といっても札幌っていう大きな町だからね。ここよりも、ビルも人も車もいっぱいで大都会だよ」
「なんか意外だね。遠くの都会に越したわけだ」
「そうよ。こっちの方が、自然がたくさん残っているよ。でも夏休みには北海道の原野なんかに行ってみたいと思っているんだ」
「いいなあ。今度はおれたちが行くか?」
勇次がマキとまめに言った。
「わあ。ぜひ、来てよ!」
久しぶりに集まった四人は、わいわい言いながら、裏山へと入って行った。
新緑のころの裏山は、四人にもはじめてだった。ここにはじめて来たのは夏だったから。
木々には薄緑色の若葉がゆれて、それはきれいだった。足元の草たちもエメラルド色にかがやいている。
「なんか、今までの中で一番きれいだね」
「うん。どの季節もよかったけどね」
あやねは、森が残ったいきさつを、さっきマキから聞いたところだった。
「本当によかったね。でも、もっと早く分かっていれば、画家さんたちも越さなくてよかったのにね」
「そのことなんだけど、画家さんたちが引っ越したことと森が残ったことはつながるんじゃないかって、ぼくなりに考えてみたんだ」
まめが、あやねの言葉を聞いて言った。
「都さんがカラスの娘だったとしたら、画家さんたちも『人間』だったのかなって」
みんなは、まめの考えに驚いた。
「え? 画家さん夫婦は人間じゃなかったってこと?」
「都さんの家も画家さんの家も幻で、だからあとかたもなく消えてしまったんじゃないかって」
たしかにおかしなことだった。いくら山の中とはいえ、人が住むにはそれなりの条件がある。
「で、画家さんたちが引っ越したことと、森が残ったことは、どんな関係があるんだよ」
勇次が結論を聞きたがった。
「今回、発見された鳥の巣は、画家さんたちの家だったんだよ。奥さんが言っていただろ? 南の島の開発が進んで、息子さんが電線で感電してなくなったって」
「そうか……。あたしてっきり、たこあげとかしていて感電したんだと……」
―― 高圧電線にひっかかって、ひなどりが命を落としたのだとしたら……。それに、都 夕香を自分たちのひなと思って、かわいがっていたのだとしたら ――
「ちょっと奇妙な発想だけど、そうだとしたら画家さんたちは、この森を守るためにわざとあとを残していったんじゃないかって思ったんだよ」
みんなはしばらく考えていたが、うなずいた。
「……そうよね。そう考えた方がホッとする」
あやねが言った。
「そうだな。きっと、画家さん夫婦も、都も、どこかに飛んで行って住みやすい場所を見つけて暮らしているよ」
勇次も同意した。
「見て!」
話をしながら、四人はいつの間にか、小川を見下ろす場所に来ていた。マキの指差す方を見下ろすと、そこは一面が青紫に染まっていた。
「ワスレナグサだ!」
「本当だ! 画家さんの絵とそっくりだ!」
「マキちゃんの見せたいところって、このことだったんだね!」
みんなは大喜びしたあと、その風景を見ながら心地よい川のせせらぎの音と、新緑のにおいにつつまれていた。
その時、一羽の小さなカラスが小川にまい降りてきて、水を飲んだあと、じっとこちらを向いていた。
「都さん?」
マキがさけんだとたん、カラスは空高くまい上がって、どこかへ飛んでいってしまった。
四人は、小さなカラスの飛んでいった青い青い空を、じっとながめていた。
(おわり)




