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11、 卒業式



 体育館が完成したのは三学期のはじめだった。

 その建物は、学校の体育館にするにはもったいないような立派なもので、白い壁におしゃれな変わった形の窓。しかも二階建てで、一階にも二階にも広い運動スペースがある。

 学校中の子どもたちが、この体育館の完成に心をおどらせているというのに、マキ、まめ、勇次、あやねは、複雑な気持ちだった。

 マキたちの学年が、はじめてこの体育館を使って卒業式をするのだ。

 新しい建物のにおいがまだツーンと鼻につく体育館の二階で、二月の終わりから卒業式に向けての練習が何度もくり返された。

 立派なその建物に入ると、自然と気持ちがひきしまってくるようだ。

「今年の六年生は、いい卒業式が迎えられそうだな」

 先生たちもニコニコしていた。

 

 三月になり、まめが私立の中学を受験し、見事に合格した。卒業したらまめは、電車で一時間かかる都心の学校に通うことになる。

 まめの合格と同じくらいに、あやねのお父さんが転勤することが分かった。あやねは遠い遠い北海道に引っ越す事になった。

「みんな、バラバラになっちゃうね」

 マキは、いよいよさびしくなってきた。

「オレはボスとおんなじ中学だぜ!」

「あんたがいても、うれしくないの!」

「なんだと? 人がせっかくなぐさめてやってんのによー」

 まめとあやかが、いつもどおりの二人のやりとりに大笑いして、笑いながら、ときどきさびしそうな顔を見せた。

「卒業式が来なければいいのになあ。このままでいたいよねえ」

 まめやあやねだけではなく、ほかにも引越しする友達、私立に通う友達もたくさんいて、六年生はみんな、四月になったらバラバラになってしまうのだ。

 六年生たちは日に日にさびしさを覚えていった。だからこそ余計に、なかよく楽しい最後の小学校生活を送ろうとしていた。


「卒業式では、六年生の代表であいさつをする児童を誰にしましょうか?」

 ある日の先生たちの職員会議でそんな話が出た。

「普通なら児童会長の牧野原君でしょうがね……」

 先生たちの間では、まだあの事件のことは大きな問題になっていた。

「彼の名前を知っているPTAの一部から反対の声が上がるでしょうね。あれだけの事件を起こしてしまった児童ですから」

「そうですね……。では、一組の松山君では?」

 木内先生は、ほかの先生のこのやりとりにだんだんと腹が立ってきて、バンと机をたたくと突然立ち上がった。

「牧野原はまちがったやり方をしてしまいましたが、それは純粋に自然を守りたいという気持ちからだったんです!

 あの子ではどうしていけないのですか? だれよりもこの学校のことや、この地域のことを考える、やさしい子です。それを大人の遠慮や勝手な都合で決め付けてしまわないでください!」

 いつもおだやかでえんりょがちの木内先生の、この強い態度に、ほかの先生たちはみんな驚いて、職員室はしずまりかえってしまった。

 しばらくして、校長先生がニコニコとうなずきながら口を開いた。

「木内先生の言うとおりですね。代表は予定どおり、牧野原君にやってもらいましょう」

 木内先生の話と、校長先生の言葉で、今まで反対していた先生たちもみんな納得し、まめが卒業生の代表としてあいさつすることになった。


 三月だというのに大雪が降った。

 例の四人は、雪が降ったら行こうと決めていた場所があった。

 画家さんの家だ。

 画家さんは、去年のくれに森を引っ越していった。だから四人はそれ以来、裏山の奥の森にまで足を運ぶことはなかったが、あの絵の冬景色を見てから「雪の森を、自分たちも見に行こう」と約束していた。

 学校はもう半日日課になっていた。

 午後、四人は、寒さにたえられるように分厚い服を着こんで、雪にはまっても大丈夫なように大きな長靴をはいて、準備を万全にして体育館の裏に集まった。

「もう、こんな雪は今年最後だね」

「この森の雪景色をぼくたちが見るのも、最初で最後ってことだね」

 まめはしっかりカメラを準備していた。

 裏山の雪は誰にもふまれていないので、綿のようにきれいに積もっていた。

「ふんじゃうの、もったいないね」

 あやねがそう言いながらそっと歩く横で、勇次がドカドカと雪をけちらして、

「だれもふんでない雪の中を歩くのは、楽しいなあ!」

 と、はしゃいでいる。

 雪は、いつもなら薄暗い森を下から照らしているようだ。どんよりとした曇り空なのに、森の中がとても明るい。

 アカマツも、幹に雪が付いて白く染まっていた。

 画家さんの家に行くまでに、急ながけもある。四人はおしりで思いっきりすべってみた。

 すべったり、転んだり、大はしゃぎだ。

「きれいで、楽しくて、最高!」

 家や学校の前の道路は積もった後から車が通るので、雪はその場で溶けてしまう。

 でも、ここには降りおちたままのやわらかさで、雪が積もっていくのだ。

 大はしゃぎでだいぶ奥まできて、四人はおかしなことに気付いた。

「画家さんの家がないよ」

「いくら雪道で分かりづらくても、こんな奥ではなかったよね?」

 夕香の家を探したときと同じ不安が、四人をおそった。今まで大騒ぎしていたみんなが、いっせいにだまって、必死になって辺りを見回した。勇次が向こうまで走っていって、さけんだ。

「おーい! みんな来てくれ!」

 マキとまめとあやねも、あわててそちらへ走りよった。

 勇次の指差す方向を見下ろすと、がけの下に、奥さんが水をくんでいた小川がちょろちょろと流れていた。雪の中でこおっているところもあるが、水は少なくても確かに流れがある。

 画家さんの家は、その小川からそう離れていないはず。でも、ふり返っても、あるのは枯れた木々の間に真っ白に続く雪野原だけ。

 その時、小降りになっていた雪が止み、暗い雲が切れて光が差してきた。

「あっ!」

 四人は、思わずいっせいに声を上げた。

 雪野原に光が差し込み、雪が美しくかがやきだした。

 そう、その光景は、画家さんがえがいていた、あの冬景色そのものだったのだ。


 それから数日して、六年生はいよいよ卒業式の日を迎えた。

 新しいスーツに身をつつんだ卒業生たちは、教室で胸に花をつけて、静かに体育館へと並んで歩いていった。

 緊張でみんなこわばった顔をしている。マキは、みんながもう、いつもとはちがう人になってしまったようで、はじめから泣きそうだった。

 式はおごそかに進んでいった。ひとりひとりが卒業証書を受け取り終えると、えらい人たちのあいさつが、えんえんと続いた。

 その間、マキはぐるっと体育館の天井や壁を見回していた。

(先生! 新しい体育館、いつできるんですかあ?)

 六年生のはじめに、あれほどみんなが待ち望んでいた建物。

 でも、それから画家さんと出会って、この体育館の工事を止めさせようとした自分たち。

 人間の世界から逃げるように、この学校を去ってしまった都 夕香のこと。

 画家さんのえがいた、美しい森の四季。

 見回しているうちに、いろんな思いがこみ上げてきた。

 

 在校生の贈る言葉が終わると、次はまめの卒業生の言葉だった。

 まめが壇上に上がると、後ろの保護者席からザワザワと話し声が聞こえてきた。あの事件のことを知る人にとっては、まめが卒業生の代表になるのは驚くことだったのだろう。マキは自分も責められているように思えて、くちびるをかみしめた。

「みなさん、今日は私たちの卒業を祝っていただいて、ありがとうございます」

 保護者席の声は、まめの堂々とした一言で一気におさまった。

「私たちは、今日この学校を旅立って行きます。この学校で過ごした六年間は……」

 お決まりのあいさつが続いたあと、まめは会場の人々が驚くような話を始めた。

「ぼくは、この体育館の工事を止めようとしたことがあります」

 また保護者席がざわつき、先生たちがオロオロし出した。木内先生は、突然のことに目をまん丸にしていた。

「それは、新しい建物を建てるたびに、ここの周りにある美しい自然がこわされていくことに気付いたからです」

 まめは、おかまいなしに続ける。

「六年生になったばかりのころは、この体育館の完成を今か今かと楽しみに待っていました。

 でも、森の中の自然と触れ合ううちに、自分たちが楽にくらしたいと思うことは、かけがえのないものをなくしてしまうことにもつながると知ったのです。

 ぼくたちのやったことは、まちがいでした。

 もっとちがう方法があったはずですが、ぼくたちにはまだそれを考える力がありませんでした。たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。

 でも、ぼくはそのことで分かったことがあります。

 これからたくさん勉強することで、人と自然がお互いを傷つけることなくくらしていける方法を見つけていけるかもしれないということです。

 この体育館は、自然から場所をかりて出来上がった建物です。この建物を建てるために、ぎせいになった多くの動物や植物たちがいること、わすれないでほしいのです。

 ここはそんな大事な体育館です。

 在校生のみなさん、どうか大切にこの体育館を使ってください。そして、自然から場所をかりて、いまこうしてあるこの学校を、どうか大切に使ってください」

 まめは話し終えて一歩下がると、会場に向かって深々と頭を下げた。

 パチパチパチ……。

 一人の拍手が聞こえた。校長先生が立ち上がって拍手していた。

 それを合図に会場がつぎつぎに拍手をし始め、それがどんどんひろがって、大かっさいとなった。

 まめは思わず泣き出して、うつむいたまま壇から降りてきた。二組のみんなが、笑顔でまめの背中をとんとんとたたいていった。

 木内先生は、びっくりしたのと、ホッとしたので、椅子に座ったままかがみこんでしまい、ほかの先生に「よかったわね」と声をかけられて、頭を何度も下げていた。


 卒業式のあと、まめと、マキと、勇次と、あやねは、体育館の横に立って、裏山の方をながめていた。

 そこに、木内先生と二組のみんながかけよってきた。

「じゃあ、みんなを見守ってくれた、この裏山に感謝をこめて……」

 木内先生が合図すると、二組のみんながいっせいに声を張り上げ、頭を下げた。

「ありがとうございましたっ!」

 

 それからみんなは、大はしゃぎで木内先生を取り囲むと、胴上げをしようとかつぎだした。

 ……が、失敗して、木内先生はしたたかに腰を打ってしまった。

「こらあ!」

 みんなは、きゃあきゃあ言いながら校庭に逃げて行った。

 たくさんの思い出を残して、マキたちの小学校の生活は終わった。





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