1、 体育館
マキがシュートしようとしたとき、となりのコートで試合をしていた勇次がボールを追って入って来た。二人は勢いよくぶつかって床に転がった。
大変なのはその後だった。ふだんでさえ仲の悪い二人のこと。ただではすまない。
すばやくとびおきたマキが、まず勇次にとびかかっていった。
「何だよ!」
あやまることもわすれて勇次もマキの髪をつかんだ。
バスケットの試合はふたつとも、もちろん中断。クラス中がこのケンカを見物しに集まってきた。
男子は勇次に、女子はマキに、それぞれ声援を送る。せまい体育館がプロレスの試合会場へと変わってしまった。
先生が何やら大声でさけんだが聞くものなどない。今度はすえるだけの息をすい、全身の力をこめて、ホイッスルをふいた。
耳をつんざくホイッスルの音でミニプロレスはようやく試合終了となった。
このケンカのおかげで次の時間は『臨時学級会』に変わった。じめじめと蒸し暑い教室で算数をするよりはいいと思う人がほとんどだったのだが……。
「六年二組のみんなは、そろいもそろって元気がよすぎるなあ……」
担任の木内先生はため息をついた。
このクラスになってこんな争いごとは何度あったことか。小さなこぜりあいも入れたら数え切れない。でも仲が悪いと言うわけでもないようだ。
たいてい原因はマキと勇次で、そこにクラスメイトがくわわっていくのだった。
「今日の場合は絶対ボスのせいだぜ。おれはあやまろうとしたのに、いきなりとびかかってきたんだから」
ボスとは勇次がつけたマキのあだ名である。男まさりで何でも率先してやるマキは学級委員でもあるが、女子のリーダー的な存在なのだ。
その姿がサル山のボスのようだと勇次が言うのだ。もちろんマキはこのあだ名がだいっきらいだった。
「ボスはやめてよね! だいたいよそのコートにとびこんでくるなんてルールいはんでしょ!」
「試合に夢中だったんだよ。仕方ないだろ。わざとやったわけじゃないのに、ケンカしかけたのはそっちじゃないか!」
「なんだって!」
「ちょっと、待った!」
あやうく、またケンカになりそうな二人に、司会をしていたまめが止めに入った。
まめというのは、本名『まきのはら はじめ』。名前を短くしたのか、学級委員長でもあり児童会長でもある彼がまめに働くからなのか、みんなにそう呼ばれている。
「今はどちらが悪いということではなく、なぜいつもこんな大さわぎになるのかということについて話し合いましょう」
まめは、変に落ち着いた、いかにも『委員長』らしい言い方でクラスによびかけた。
横で木内先生が「そう、そう」とうなずいている。
「おもしろ半分にはやしたてるのは良くないと思います」
「ケンカが始まりそうになったら、みんなで止めればいいと思います」
それからは、やっとまじめな話し合いになり、ようやくひとつの意見にまとまろうとしていた。
ところがその時、だれかが言った。
「でも先生!今日みたいなバスケの試合はキツイよ」
「そうだ、そうだ」
みんながいっせいに口をそろえる。
「コートとコートの間にすき間がないんだもんなあ」
「……おい、おい」
思わぬ話の展開に木内先生はあわてた。
「どうしても二試合一緒にやりたいと言ったのは君たちなんだぞ。あの体育館で二つコートを取るにはああするしかないだろう?」
「そうか、せまい体育館がいけないんだ!」
勇次がさけんだ。
「先生、新しい体育館、いつ出来るんですか?」
「卒業するまでに使えるの?」
今までの不満をぶつけるかのように、みんながうったえはじめた。
「新しい体育館の完成は、来年の春ごろの予定だ」
「えーー!」
教室中がどよめいた。
「待ってくれ」
木内先生は両手を大きくふって、みんなをなだめようとした。
「それは先生に言われてもどうにもならないぞ。それに今回のことはそのことと関係ないだろう」
「ある。ある」
「今回のことはみんな、せまい体育館がいけないんだ!」
クラス中の不満が爆発してしまったら、弱気な木内先生はどうすることもできなかった。
先生に味方するように、終わりをつげるチャイムがなった。