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雨色クロスフェード  作者: ゆいる
第一章 ◇出会い ―first impression―
3/31

(2)

◆マリカ


 飽き飽きだった。



 廊下に息を呑むような静寂が満ちた。


 彼女が歩を進めるたびに、肩甲骨のあたりで二つに結わえられた長い金髪が跳ねる。

 目を閉じ、胸の前に垂れ下がってきた髪の一束を右手で払いながらも、口元の微笑は崩れない。


 優雅でたおやかな、可憐な少女。

 そんな印象を周囲に振りまきながら、彼女は桜色の唇をひらいた。



「眠いですの……」



 紅撫子(べになでしこ)マリカ、十六歳。


 がくっ、と廊下中の生徒がずっこけたかどうかはともかく、彼女は絶賛徹夜明け真っ最中であった。

 月曜日は常にこんな感じになってしまうのだが、それでも日曜日に徹夜するのは彼女にとって欠かせないことなのである。

 ゆえに、睡魔とも長い付き合いだ。たぶん、家族のつぎに。


「……午後は、体育ですわねー」


 やる気なさげにつぶやき、お腹の前にちいさな手をおく。


 昼食は購買でマシュマロパンをひとつだけ。

 なかなかにエキサイティングな買い物風景を経てありついたものだ。

 あれが世に名高い購買戦争なるものなのだろうか。教室ではむはむしながら、マリカは一人嬉しそうに納得していた。



 さて、現在マリカが向かっている秦峰高校の図書館は膨大な蔵書量を誇っていることで有名だ。


 西棟の横にでん、とそびえる二階建てがそれである。

 一階に本棚が並び、二階部分では読書や勉強ができる。


 ここ、鳴夏(なるか)市の市立図書館にも匹敵するほどの規模はさすがとしかいいようがないが、体育館以外の施設が校舎から独立している時点で、けっこう正気の沙汰ではない。

 が、生徒たちにはなかなか好評のようで、連日閉館時間ぎりぎりまで静かににぎわっている。


 学校のパンフレットでもやたら強調されていて、新入生の獲得にも一役買っている。わかりやすい事実として、マリカがその一人だ。

 とはいえ、彼女の学力的な問題も、なきにしもあらずではあるのだが。


「……ぁふ。さて、着きましたわね」


 口元に細い指をそえてあくびをかみ殺し、そのまま扉をあける。

 無駄に重厚な雰囲気の観音開き。ガラスにすら美麗な細工がほどこされていて、マリカはお気に入りだった。


 ひらかれた視線の先、さしこんだ外の光に照らされて静謐な空間が姿をあらわす。

 満足げに目を細め、マリカは向かって左側で受付をしていた女子生徒に目的の本のありかを訊ねた。


 目が合った瞬間、なぜか彼女は驚いていたが、またもあくびがこみ上げていたマリカが気付くことはなかった。


 満面すぎてあやしい笑顔ながらもきちんと教えてくれた彼女に礼を言い、歩きだす。


 本の森とでもいうべき、秩序によって支配された混沌。

 ここには、いたって普通の本のほか、希少価値の高い本や得体の知れないあやしげな本までなんでも揃えられている。


 だが、それでこそ都合がよかった。


 天井にまで届きそうなほどの高さを持つ本棚が、整然といくつも立ち並ぶ図書館内。

 入口から一直線、左から二列目と三列目の本棚の間を抜け、五十音順に大別された中から、『く』で始まるものについて並べられている棚の前で足を止めた。

 視線がいくつかの背表紙の上をすべる。やがて、


「ん、これ……でしょうか」


 一冊を手に取り、タイトルを確認してうなずく。

 ぱらぱらとめくってみると、所々に図や魔法陣が記され、中には暗号のように意味を為さない文字の羅列も含まれていた。

 どう贔屓目(ひいきめ)に見てもいかがわしい一品である。


 マリカはその本を持って、来た通路を引き返した。

 受付で借りる手続きをすませ、優雅に一礼。眼鏡の奥で目を丸くする先ほどの女子生徒に微笑を残し、ふわりと踵をかえす。


(……ここから、ですわ)


 胸中でつぶやきながら、マリカは図書館をあとにした。





 翌日、火曜日。

 ある晴れた昼下がり。

 子牛は荷馬車に揺られて売られるらしいが、マリカはあいかわらず眠かった。


 二日連続徹夜など、実にたやすい。朝方のだるさには閉口するが、かといってやめるつもりはない。


「ふぁ、ぁ……、んー、目がしぱしぱですわー」

「ふーん」


 目元をこしこしと擦りつつ言えば、背後から冷淡な答えが返ってきた。

 声の主は、長い髪をポニーテールにまとめた、凛とした佇まいの少女。

 視線はいじくっている携帯電話の画面から動かない。つまりはどこ吹く風である。


「まぁ、鷹世ってば冷たいですわ。親友であるわたくしが、こんなにも辛そうにしているというのに」

「お前が眠そうなのはいつものことだろ。もはや日常すぎて実にどうでもいい」


 大和撫子然とした見た目に似合わぬ、ぶっきらぼうな口調。どこか突き放したような物言いだが、マリカはそこが好きだった。


 彼女は例え初対面であっても発言に遠慮はない。

 言われた相手が不快に感じようと関係ない。言いたいこと、感じたことは包み隠さずそのまま喋る。


 あけすけな言葉は、いっそ小気味いいほどだ。


「どうせ昨日も一人オールしたんだろ? 今日が平日だってのに。信じられん」

「そうなんですの。鷹世、聞いてくださいます? わたくしの勉強の成果を!」

「答えはノーだ。勉強ったって、どうせお得意のオカルトだろ? うんざりだってーの」

「むー、つまらないですわね」


 会話はそんなもんである。


 二人にとってはいつもこんな感じなのだが。

 内容が聞こえない周囲にとっては違うらしく、


「あいかわらずあの二人は仲いいよなぁ」

「ホント、絵になるわぁ~」

「ていうかもう可愛すぎ! 二人まとめて抱きしめたいっ! いや、むしろ二人で抱き合ってほしいですっ!」


 ……などなど、どうにも百合が咲き乱れる光景が見えているようだ。


 確かに、一見すれば西洋人形のようなマリカと、一見すれば日本人形のような鷹世の組み合わせは目を引くだろう。

 中身が二人ともアレなのはともかくとして、外見は麗しさまっしぐらなのだから。


「ねーむーいーでーすーのー」

「寝ろ」


 知らぬが仏。お互いにとって、実に良い言葉である。




 ひとしきりぐだらぐだらしていると、始業のチャイムが鳴った。

 前に向きなおり、教科書やノートを準備する。続けて筆記用具を取り出そうとして、もう一度後ろへ。


「……、鷹世。いつもの、貸してくださらない?」


 舌を出しながら言えば、あきれたような苦笑といっしょに、水色のそれが差し出された。



 その、数分後。

 マリカは寝ぼけまなこを精一杯細めて、黒板とにらめっこしていた。


 ふわふわと漂う思考は、いつの間にやら昨夜見つけたネタのことでいっぱいになっている。

 借りた本が予想以上に面白く、時間を忘れて読みふけってしまったのだ。



 マリカは不思議なこと、幻想的なことが大好きだ。


 不思議なことが好き。それは言いかえれば、普通や退屈が嫌いだということだ。

 社長の一人娘として生まれたマリカ。

 たいていのものは、望めば手に入った。

 手に入ってしまった。


 つまらない。

 自覚したのは、小学生のころだった。


 周りの皆にはできないことを、自分の持つ環境は、あっさりとやってのけてしまう。

 度のすぎた自由は、やがて逆に彼女を縛っていった。羨望も、嫉妬に変わればさらに強固な枷となる。


 暗く、どんよりとした日々。


 だから、求めた。

 普通では手に入らない、なにか不思議なことを。


 御伽話(おとぎばなし)、怪談、都市伝説、黒魔術。エトセトラエトセトラ……。

 いろいろと手を出した。次第に引き込まれていった。



 面白かった。

 形のないものをつかもうとする苦労。それ自体がもつ妖しげな魅力。


 マリカの眼が輝いた。


 それからだ。

 お嬢様であることを、自らの〝普通〟として受け入れられたのは。


 そんなことがどうでもよくなるような、出会いだったのだ。


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