(1)
雨。
じっとりと、まとわりつくような雨の中。
文字の通りに姦しい声が響く。
「あちゃー、すっかり遅くなっちゃったねー。やーまいったまいった」
「なにを他人事みたいに。『あと一回、あと一回だけだから!』ってセリフ、何回聞いたことやら」
「きゃははっ、てんねーん」
「む、あんたにだけは言われたくないかも」
「はぁ? なにをー?」
「うぇー、そこでとぼけますかー?」
「はいはい、そのへんにしときなよ。雨も強くなってきたみたいだし、早く帰らないと怒られるんじゃないの?」
気付かない。
「う、そうだった。連絡すんの忘れてたぁ……あのクソ親父、自分はいっつも家にいないくせに、こういうときはうるさいんだよねぇ。ったく、うざいってーの」
「へぇ、ご愁傷様」
「わたしも忘れてたー。やばいかもー」
「……その割にはずいぶんと落ち着いてるじゃん」
「えへ。いまさらだもんねー。っていうか家族とかどーでもいいし?」
「ああ、そう。気楽でいいね」
ソレは、――歩く。
「雨、かぁ。……そういえばさ」
「ん? なにか忘れ物でもした?」
「あは、そそっかしいもんねぇ」
「……アンタだって人のことはあまり言えないじゃん。で、なに? まさか本当に忘れ物ってわけ?」
「違う違う。あれよあれ、〝雨亡霊〟の噂。知ってるっしょ?」
「もっちろん! ……え、また出たの? マジで?」
「らしいよ。今度見たのは一年生だって。次はあたしたちかもねー。なんつって」
歩く。
「キモい」
「キモいとか! あははなにソレウケるー!」
「あーもう二人ともひどーい」
「るさいなぁ。口じゃなくて足動かしてよ」
「あー、ごめーん」
「彩ってばやけに冷たいじゃん。あたしなんかしたー?」
「べつに」
「や、あきらか機嫌悪いじゃん? フツーに考えて」
「べつにって言ってるじゃん」
「……あそ。ま、いいけどさ」
歩いて歩いて歩いて――、
「……〝雨亡霊〟、まさかね……」
「彩、なんか言った?」
「……なんでもない」
気付かない。
さしかかる十字路。
そして。
「……あはっ」
ソレは、にぃっと唇をつりあげた。
ソレは、実に楽しげに嗤ったのだ。
降りしきる雨が、一瞬だけやんだ。
人影がひとつ倒れ、立ち尽くす残りはみっつ。
続く音は、悲鳴と――、