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水菜原高校は校舎がL字形をしているだけの、平凡な高校である。
駒沢トオルもとい俺はそこの生徒で、古潟小町ことマッチもまた同じく水菜原高校の生徒だ。
昼休みには、その水菜原高校の二年B組の窓際列真ん中の席で、二人はいつも向かい合って食事を摂ることになっている。
今日の昼休みもその例外ではなく、俺とマッチは向かい合って昼食を摂っている。
「どう思う?」
「何が」
コーラをがぶがぶやっていたマッチはボトルから口を離し、だるそうにこちらへと顔を向けた。
古潟小町。
名前を裏切らない鮮やかなぱっつんの黒髪を腰の少し上まで伸ばしたヘアスタイルと、名前を大幅に裏切ったおしとやかでもなでしこでもないパワフルな中身を持つ改造少女。
「昨日の連中」
聞いているのは昨晩の模擬戦で戦った、初心者のくせに力だけはやたら強い連中のこと。何が起きているのか。
とりあえず今日の放課後に改造人間の作り手である博士の元を訪ねようと思うのだけど、その前にマッチの意見を聞いておく。
ところが返ってきた答えは
「めんどい」
答えになってないし。
これで身長百五十一センチの女の子だ。たまにこんな風に可愛げのないことを言う。いや、小柄なまま育ってきたからこそ少しだけパワフルになったのかもしれない。
でもさ、
「……もうちょい可愛く振る舞おうぜ」
可愛いときは可愛いけどさ。普段。普段の振る舞いが大事だよ。うん。そうしたらきっとモテる。がんばれマッチ。
「こまさんがもーーちょいいい男だったらそうしてた」
……一本取られた。あっさり取られた。そんな気がする。言い返す気力はない。
俺の諦めが早いのはしょうがない。
思えば俺は、昔から何をやっても報われなかった。別にそれだからこれからもツイてないとか言うわけじゃないけれど、ただ、やる気とか根性とかいったものは俺の日常から姿を消した。そういったものは模擬戦でしか使わなくなってしまった。
幼い頃から色々な目に遭ううちに、まだ小さかった俺の、繊細な精神はボコボコにされて、情けない男の人格を形成せざるを得なかったというだけの話。正当化するつもりは別にない。その気力もない。
「めんどくさがりでごめんな」
「気に障るんだったら一緒にご飯食べたりしないけどね」
さりげなくいいこと言うじゃねえか。
「マッチは背もちっこいくせに心は大きいな」
ほめたつもりの一言が、人を傷つけることもある。それが今だ。
「『も』ってなんだ! 『も』って! 胸か! 胸のことが言いたいのか!」
……あ。やべえ。
どうやらマッチのスイッチを押してしまったらしい。結果、マッチは一人でぎゃあぎゃあわめきだした。
「許さない! おま、畜生! しねしねしね!」
その怒りの対象は言うまでもなく俺で、かなり滅茶苦茶に殴られている。痛い。痛い。
教室も急に静まり返って、何事かと皆の注目がこちらに集まっている。マッチはそんな周りの様子に気づくこともなく、ぽかぽかと殴り続け
「落ち着け。落ち着け。ここは教室だ。今は昼休みだ。とりあえず一旦席に戻れ」
肩を揺さぶられてハッと我に返ったらしいマッチはしっしっと手を振って周りを怒鳴る。
「みんなこっち見んな!」
鶴の一声、ではないけれど、そうだな。大きさから考えてモズだ。モズの一声で教室はぎこちなくも元に戻った。
「ごめんごめん」
「……こまさんのバカ」
「次から気をつける」
「……許さない」
言いながらチョコドーナツをに何度も噛みついてそれを食いちぎるマッチはまだ怒っている様子。こうなるとなかなか面倒だ。経験が告げているから間違いはない。面倒だ。
「ごめんって」
「……ダメ」
だけど、この状況を打ち破る秘策があるのを俺は知っている。
「レッドカードラーメン奢る」
「マジで!?」
辛い物大好きのマッチには効果抜群な奥の手がこれだ。レッドカードラーメンだ。
レッドカードラーメンとは、名前だけだとインスタントっぽく聞こえるが、それは違う。水菜原の駅前に店を構える非チェーン店『ラーメンショップ‐エニグマ‐』の怪物メニューのことだ。
これは、その名の通り、選手の退場を呼ぶ激辛ラーメンと学生たちの間でも有名なラーメンで、同窓会なんかの罰ゲームメニューとして大人気だとか。しかし、それがマッチの大好物なのだ。ちなみに、奢った回数はもう覚えていない。
「じゃあ今日の晩飯によろしくっ!」
マッチは目をキラキラさせた上に涎をじゅるじゅる言わせて俺の肩をばしんと叩いた。




