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今、二人が振り回している剣は模擬戦専用の体をすり抜けて他のものにはぶつかるという、お互いに怪我をしないで済む特別製の剣。
ザ・ゆとり仕様。
そのゆとりな剣を開発したのは、俺や目の前の痩せ茶髪を改造人間にしてくれやがったのと同じ、博士という人物だ。
その模擬戦は、夜の公園で、二対二形式で行われる。
丁度、こんな風に。一対一がツーペア出来上がる。
俺と痩せ茶髪が戦っている場所から少し離れたところでは、黒髪の小柄な女の子と黒髪で中肉中背の男子高校生が凌ぎを削っている。それがもう一つのペア。
どうやら向こうも新参相手に苦戦を強いられているらしい。ちなみに、可愛い方が俺の相方だ。名前は古潟小町。通称マッチ。
話と意識をこちらへ戻そう。こちらも苦戦しているわけだし。
さっきから痩せ茶髪の剣を弾くだけしかしていない。まさに千日手の状態が続いている。
とにかく、どうにかこの状況を変えないといけない。
千日手とは言っても少し違って、俺と痩せ茶髪との我慢比べでは多分、俺の腕が負ける。
つまり、ヤバい。
じゃあどうする?
作戦一。避ける。
都合のいいことに、痩せ茶髪は剣を片手持ちしている。
ならその手の外側に回ればいい。手は右手。こちらから見て左側。
弾いたらすぐに動かないと。ステップを落ち着かせて、すぐに飛び出せるように準備しないといけない。冷静に見極めろ。冷静に……来た!
――飛び出した
痩せ茶髪の左側をすり抜ける形で背後に回る。
振り返る勢いを乗せた一撃を振り抜く。が、それは痩せ茶髪の剣によって防がれてしまった。
続けて次の一撃を素早く突っ込む。自然な弧を描いて剣の先は痩せ茶髪の体に吸い込まれてゆく。が、これも弾かれる。新参の癖に意外と眼がいいな。こいつ。
まさに悪夢だ。俺の二年半の努力やら積み重ねやらを返せ。最初からこんなに強いなんてズルい。
納得いかないまま、牽制まがいに素早く剣先を揺らしながら距離を取る。
が、ダメだ。踏み込んでくる。畜生。追い詰めるのも上手いな。しぶといというか。しつこいというか。……何だか腹が立つなあ。負けたくない。悔しいし。こんなんでも俺、一応先輩だし。
結局また弾くだけの戦いになって、千日手。どうしたものか。
右。左。左。左。右。右。左。右。左。順番に規則性はなさそうだ。次がどちらから来るかも読めそうにない。
眼で対応するしかない。とにかく腕がしびれてくる。汗をぬぐう暇もない。瞬きも許されない。次は右。右。左。右。左左左。
腕がじんじんする。こちらの限界もそう遠くないだろう。負けたくはないし。
勝つためにはとにかくこの状況をブチ壊すしかない。そのための方法。方法。方法。
向こうにこの焦りが伝わっていなければいいけれど、ちょっと無理そうだ。
どうにか機会を窺いながら、ハメられないように状況を打破しないといけない。
できるか? できるかじゃない。やるしかない。頭を使え。頭を。
作戦二。蹴る。
機会を窺え。自分の準備をしろ。
早くも来た。準備は整った。ねじ伏せろ。
相手がただの暴力なら、それ以上の暴力で叩き伏せればいい。
左上から襲いかかってきた剣を絡め取るようにこちらの剣で押し切り、追いかけてねじ伏せた。結果、痩せ茶髪の胴がガラ空きになった。
そこへ蹴りを叩きこむ。きちんと軸足を固定して、ガラガラの相手の胴体へ。落ち着いて、きちんと狙いを定めて蹴る。
蹴った。めり込ませてもやめない。勢いを殺さないで敵を殺せ。突きあげるように突き飛ばすように打ち込め。
「――ッ」
これがいい具合に入ったようで、痩せ茶髪は意外とあっさり崩れ落ちた。これじゃあしばらく動けやしないだろう
ふうと一息。
「降参?」
先輩は勝ったぞ。勝ち確だぞ。どうだ、新参。参ったか。
ていうか疲れたよ。俺、息切らしちゃってるし。
「……」
しかし痩せ茶髪は黙りこくったまま。鳩尾が痛すぎて喋れないというわけでもないはずなのに。
往生際がわる――――
――――寒気がした。
後ろか。
振り返る余裕なんかなかった。
素早く前に身を投げ出して避けた。視界の隅に映ったのは黒中肉の男。さっきまでマッチと戦っていたはずの高校生。
いや、避けきれなかった。
やられた。
左腕か。
不気味で気持ち悪い感覚と鋭すぎる痛みが腕を襲う。
これはあくまでも模擬戦だから、怪我をしてもそれは架空のもので、模擬戦の間しか感じないというゆとり設計になっているけれど、でもやっぱり、戦闘中は痛みを感じ、腕は使えなくなるわけだ。
左腕。しばらく使えないと思った方がいい。
色々考えながらも、余計な動作なしに距離を取った。
振り返れば、黒中肉は痩せ茶髪の元にとどまっていて、手を出してくる様子はない。
……待てよ。黒中肉が動きまわっているということは――――
――――いや、大丈夫みたいだ。ちっこい相棒ことマッチは少し離れたところからこちらへ向かってきている。
「大丈夫?」
「わたしは大丈夫」
細い腕を広げて見せた。小さい傷はいくつかあるみたいだけど、目立ってどこかがダメというわけではなさそうだ。
「そっか」
「そっちは? 左腕?」
「まあね」
「チェックって言ってんだから止まれっつーのに……」
マッチはお怒りの様子。
黒中肉のことか。確かに左腕は痛いけれど、改造のおかげか、模擬戦だからか、
そこまで痛くはない。本当にゆとりで、これはただのチャンバラよりも甘い児戯なんじゃないかなんてたまに思う。
「まあ、新参だし、向こうも必死だし」
だから、ちょっと心が広くなる。
「そっかなあ……」
「にしても強いな、あいつら」
「力だけはね」
悔しそうに負け惜しむように言う。
「そうだね、頭は使ってない」
「使って。頭」
俺が?
「無理」
無理無理。俺が考えるの苦手なのはマッチも知っているはずだろう。
「ったく……」
「ごめんな」
マッチは腰に手を当てて溜め息を吐く。
「しょうがないなあ」
「何か手があるのか?」
「先輩のアレ。木登り作戦」
「ああ」
木登り作戦とは、簡単に言えば奇襲だ。
一人が挑発しまくって、もう一人が木の上で待っている。
挑発に乗った相手は突っ込んできて、地上の人が時間を稼ぐ間にもう一人が降りてきて仕留める。みたいな作戦。
あくまでも机上論の話と思うだろうけれど、二年前の俺と小町は実際に引っかかった経験があるから現実というのは怖い。
先輩の知恵を受け継ぐというわけだ。
とりあえず、作戦としてはこれを採用。
とにかく、やってみるしかない。
「肩車して」
腕痛いのに。
「オーケイ」
マッチが木に登って、体勢が整ったところで、向こうの二人が腰を上げた。
どうやら、木の上にマッチがいることはバレていないようだ。
「あれ……女の子の方はどうしたんですかー?」
女の子って……あいつはお前らより年上だぞ。木の上でマッチがイライラしているオーラを放ち始めたのが俺だけに伝わってくる。
「来いよ。一人でまとめて相手してやる」
でもマッチの方へ意識を向けてはいけない。向こうに作戦を勘付かれたら大変だ。だから信じるしかない。
「いいんすか?」
黒中肉が面白いといった風に聞き返してきた。
「いいっていいって。俺一人で十分だし」
「やってみないとわかりませんよね?」
面白い、といった感じで痩せ茶髪。
ところで茶髪の方が敬語で黒髪がちゃらちゃらした口調というのはどうなんだろう。
ちゃらちゃらした口調というのはあんまり好きじゃないなあ。あと、黒髪男って俺と若干キャラ被ってるし。結論、茶髪の方が好感を持てる。そして黒中肉気に入らねえ。
さっきまで彼らが押していたからか、俺が大口をたたくとすぐに対抗したくなるのだろう。黒中肉も痩せ茶髪も腰を低くして構えた。乗ってきた。
いいぞいいぞ。
「来いよ」
「じゃあ行かせてもらいますッ!」
痩せ茶髪が大声で気合いを入れて、二人が駆けだした。
来る来る。二人ともかなり速いぞ。速い。
それでもギリギリまで引きつけないといけない。
一瞬の勝負なら、技術で勝っているこちらの方がたぶん有利だ。たぶん負けたりしない。
来る。来る。来る。来る。
黒中肉の方がワンテンポ速い。
来る。来る。来る。来る。
――――来た。
ベストなタイミングで飛び出した。左腕のせいでバランスが上手く取れない。
それでもどうにか体を保ち、二人の斬撃を避けて、すり抜けて、背後を取った。
二人は振り返る。
が、もう遅い。
痩せ茶髪の体を一閃。絶叫して気絶。
黒中肉は木の上から飛び降りてきたマッチが真っ二つに。
……とは言ってもこれはあくまでも模擬戦だから、真っ二つになったというか、剣がすり抜けただけだけど。だけど、ダメージは入る。
二人はその場でぶっ倒れた。
とにかく、勝ったよ。先輩、勝ったよ。
辛勝だけど。納得行かないけど。悔しいけど。とりあえず勝ったよ。
一息ついて、マッチと目を合わせた。
「こいつら、どうなってる?」
「わたしは女の子じゃない。女子だ」
聞いてないなこりゃ。
たしかに、百五十一センチというと小学生でもザラにある身長だ。
マッチはお怒りのようで、倒れた黒中肉を踏みつけて蹴って好き放題やっている。
「なあ、こいつらどうなってると思う?」
「……おかしい」
……質問に答えてないような気もするけれど、頷いておこう。
「だよな」
そう。こいつらは明らかにおかしいのだ。
パワー、スタミナ、スピード。全部の数字が俺やマッチを遙かに上回っている。
それこそ同じ改造人間とは思えないぐらいに。
改造人間の常識がひっくり返ろうとしているのかもしれない……。
何が起きているんだ?




