大怪盗うさたん
「課長!奴です!今晩緑が丘美術館に出没するとの情報が!」
「大怪盗うさたん・・・」
大怪盗うさたん、そのファンシーな名前とは裏腹に世間を揺るがす悪党である。
その証拠にうさたんの名を聞いたその場にいた者の目の色が変わる。
刑事が犯人を追いつめた時の目、それはまさに獣が獲物を狙う様な目だ。
そして、新巻鮭課長は意外な者の名を読んだ。
「馬渡!」
名を呼ばれてその男は振り返りもせずに、親指を立てた。
窓際の貴公子の異名を持つ馬渡先輩は、俺がこの署に来てから一度も働いている所を見たことが無い。
「おう。任せておきな。準備は出来てるぜ、課長」
まさか!?
そんな?!
今まで働いていなかったのは、この時の、うさたん捕獲の準備をしていたからなのか!
俺の中の馬渡先輩の株が急上昇する。
惜しむらくは馬渡先輩株は東証一部に上場していないことだろう。
売り抜けるのに。
「それでは皆・・・」
ガシャン!!
課長の言葉が終らない内に課のエースであるゴリさんこと、久佐薙先輩が防弾ガラスの窓を突き破り、飛び下りた。
気の早い方である。
もう現場に向かったのであろう。
いつものことなので誰も気にしない。
「行くぞ!」
そして、課長の号令の下、現場へ。
うさたんの待つ緑が丘美術館へ向かうのだった。
「遅かったな」
愛車の10式戦車を背にゴリさんは俺達を迎えてくれた。
もう既に手回しは済んでいるらしく、あたりに人気はない。
「それにしても沢山連れて来たわね?」
振り返ると他の署からの刑事も来ている。
手柄を横取りする気か!
「問題ない」
課長はそう言うと美術館の正面を陣取った。
確かに。
うさたんを捕らえるのは俺達だ。
周りに気を取られている訳にはいかない。
「お前も準備しろ」
そう言って課長は俺にピンク色の半被と白い鉢巻を渡す。
「これは一体?」
そう課長に問いかけようとした時、何処からともなく大音量の音楽が流れてきた。
「ララディララ♪ララディラ、ララディラ、ディラ♪」
テクノトランスミュージックに乗って、美術館の屋上にスポットライトが当たる。
奴だ。
「課長!」
捕らえましょうと、声をかけようとしたが、課長は隣で踊り狂っていた。
見渡すと皆一様に同じように踊り狂っている。
「何なんだ?!」
一糸乱れぬ動き、その陣頭にいたのは窓際の貴公子だった。
そして、曲が終るとゴリさんは10式戦車で祝砲を鳴らした。
「皆、来てくれてありがとうだぴょん。うさたん嬉しいぴょん♪じゃあ、次は新曲、『ラビッツアイズ』聞いてぴょん♪・・・街はきらめくトロピカルフルーツ♪・・・」
呆然自失の俺を放って、会場のボルテージは最高潮を迎えようとしていた。
『L.O.V.E』の電光掲示板を振りまわすゴリさん。
それに負けじと窓際の貴公子も巨体を揺らしながら、キレのあるダンスを披露している。
「何で俺、刑事になったんだろう?」
誰にともなく問いかけるその呟きは、隣の課長の甲高いフッ、フッ、フーの掛け声によってかき消されるのだった。