聖女は皆を救いたい 〜狂った聖女の改国〜
「エレノアを出せ!」
「私たちを騙していたな!」
「聖女を騙る悪女め!」
「犯罪者に正義の鉄槌を!」
教会の前には人々が押し寄せていた。
どうしてこうなったのだろう?
私は何も悪いことをしていないはずだ。
なぜ、彼ら——王や、王太子は私を裏切ったのだろうか?
分からない。
私はすごく頑張ってきた。
歴代最高の聖女と言われるほど努力してきた。
なのに、どうして?
私は悪くないはずだ。
ではあちらが悪いのだろうか?
……いいえ、全ての子は生まれながらにして善良。
だから誰も悪くない。
じゃあどうして?
その時、聖女の中でなにかが変わった。
もっと言うなら、彼女は狂った。
……そうか、彼らは弱い存在。
彼らは悪いのではない、間違えてしまったのだ。
ああ神よ、ようやく分かりました。
弱き子らを導くことこそ私の使命。
全ての子に啓蒙を。
全ての子に救いを。
◇◇◇◇◇
「愛しき子たち、お待たせしました」
「ようやく出てきたな!」
「降りてこい!」
教会のバルコニーで。
エレノアは静かに微笑んだ。
「皆さん、そんなに怒らないで」
「ふざけるな!」
「お前は王女殿下を殺そうとしたんだろう!」
「聖女の名を騙った罪人め!」
飛び交う怒声に、エレノアは悲しそうに目を伏せた。
……そう。
この子たちは、まだ間違っている。
怒りに囚われて、自分が何をしているのかも分からなくなっている。
私が導いてあげないと。
「大丈夫ですよ」
聖女は両手を広げた。
「私が救ってあげます」
「何を——」
淡い光が、聖女の身体から溢れ出した。
本能的に安心感を覚える、柔らかな光。
「——《ヒール》」
たった一節の初級呪文。
しかし、聖女のそれは数多の人々を救ってきた奇跡。
光が当たり全面に広がった。
人々が目を見開く。
「な、なんだ……?」
怒号が止まった。
「身体が軽い……」
「傷が消えたぞ!」
「これは……聖女様の奇跡?」
「いや、だが罪人だ!」
エレノアは微笑む。
「もう大丈夫ですよ」
二度目の《ヒール》。
皆の顔から険が消えた。
「何故こんなことしてたんだ?」
「聖女にも理由があったのかも」
三度目。
「聖女……様」
その声には、先ほどまでの憎悪がなかった。
聖女は一人一人の顔を見つめる。
さっきまで怒りながらも——苦しそうで、迷っていた子たち。
この子たちは間違えてしまっていた。
でも、もう救った。
ここにいる人だけじゃない。
王宮の人、王都中の人、王国の人、世界中の人。
みんな私が救ってあげる。
「もう怒らなくていいのです」
四度目の《ヒール》。
「もう苦しまなくていい、迷わなくていい」
五度目。
六度目。
七度目。
「私が、あなたたちを導きます」
静寂が広がった。
先ほどまでの人々の瞳に浮かんでいたのは、憎悪。
しかし、今浮かんでいるのは敬愛だった。
やがて、一人が声を発した。
「聖女様、万歳!!」
エレノアは微笑んだ。
やがて声は大きくなる。
「「「聖女様、万歳!!」」」
「「「「「聖女様、万歳!!!!」」」」」
「もう、間違えなくていいのですよ」
エレノアは教会の門を出て、王都中を巡った。
その日から、王都では。
怒る人が、悩む人が、悲しむ人が消えた。
間違える人が消えた。
……喜ぶ人も消えた。
ただ、ぼんやりとした穏やかさだけが残っていた。
エレノアはそれを見ながら、胸の前で手を組んだ。
――神よ。
どうか、彼らをお許しください。
この子たちは弱いのです。
だから、私が導きます。
見ていて下さいね。
「さあ、愛しき子たち」
エレノアは微笑んだ。
「王宮へ参りましょう」
その声に、人々は一斉に頷いた。
◇◇◇◇◇
「止まれ!」
「何としてでも城内に入れるな!」
「聖女様を守れ!」
「進め!」
人々は、文字通り血路を開いた。
武器を持った兵士に対し、民たちは武器を持たない。
しかし兵士たちは押されていた。
理由は、圧倒的な数の差と、その狂気的なまでの一体感、そして——。
「《ヒール》」
「《ヒール》」
聖女の存在。
民を癒し、兵を洗n——救うエレノアによって、戦況は刻一刻と兵士たちに不利になった。
そして。
「……聖女様」
全ての兵が救われた。
やがて王宮の門が開く。
震える侍従を救い、怯える騎士も救い。
そして——
「エレノア……」
玉座の前に立つ、国王。
その隣には王太子。
そして、その後ろには隣国の王女がいた。
エレノアは二人を見つめた。
懐かしい。
ほんの少し前まで、私が愛していた人。
そして、私を捨てて、陥れた人。
王太子は青ざめた顔で一歩下がった。
「なぜ、こんなことを……。私が許せなかったのか?だからといって洗脳など……」
「洗脳?違います。私は救ったのです」
「これは救いなんかじゃない……!」
「ふふ」
エレノアは笑った。
「大丈夫、間違えても神は許します。私が救って差し上げます」
王太子の顔が歪む。
「エレノア、聞いてくれ。私が悪かった、だから——」
「別に悪かったとは思ってないですよ?」
エレノアは首をかしげた。
「隣国との和平のために、王女様を選んだ。だから、邪魔な婚約者の私には冤罪をかけたのですよね?」
エレノアは無邪気な笑みを浮かべた。
狂気すら感じる笑みだった。
「あなたたちは間違えてしまっただけなのです」
エレノアは一歩踏み出した。
「来るな……」
「私が救って差しあげます」
「エレノア!」
「——《ヒール》」
光が人々を包んだ。
「やめろ!」
その声が消える。
王太子の顔から、苦悶が、恐怖が、罪悪感が消えていく。
王太子は呆然とエレノアを見つめた。
「エレノア、私は……間違っていた」
「ええ」
「君を、傷つけた」
「もういいのです」
「もう、間違えなくていいのですから」
◇◇◇◇◇
三日後。
王国中に王命が下った。
——聖女エレノアを、王国の唯一の導き手とする。
反対の声はなかった。
皆、穏やかに微笑んでいた。
エレノアは今日も人々を癒している。
「私がみんな救います」
王国は平和になった。
争いも、犯罪もなくなった。
誰も怒らず、迷わず、悲しまない。
喜びもしない。
皆、日々を穏やかに過ごしていた。
エレノアは満足そうに微笑んだ。
そして今日も、彼女は祈る。
――神よ。
どうか、この子たちをお守りください。
もう二度と。
誰一人として。
間違えることがありませんように。
「全ての子に啓蒙を」
「全ての子に救いを」
王国の子は全員救った。
次は隣国かな。
「神よ、どうか見ていて下さいませ」
エレノアは理想のディストピアを作ることが出来るのでしょうか……笑
お読みいただき、ありがとうございました!
面白かったら、ぜひ☆をよろしくお願いします!!




