ウン百万課金したソシャゲの推しが死んでしまったっぽいのでアンストします!泣
私の日常は仕事と家の往復のみであり、これといって特筆すべき事柄はない。見た目は普通、髪なんて染めたこともない真っ黒で、視力はゲームのし過ぎで眼鏡必須。外で行える趣味というものも特になし、恋人なんてもってのほか。帰宅後はほとんどゲームをするばかりであった。特に熱中していたのは「アーカイブ・オブ・ブレイジングサーガ」という対戦型RPGである。このゲームにおいて私は「アルト」というキャラクターに魅了されていた。
公式からは「取るに足らない小姓」と紹介されるほど地味な立ち位置でありながら、主人公たちを陰から支える姿に深い魅力を感じたのである。彼の持つ温厚さと控えめな優しさは、忙殺される現代社会で働く私にとってかけがえのない癒しであった。結果として私は彼のカード収集や育成のためにウン百万円もの資金を注ぎ込んだのであるが、それを惜しいとは全く感じなかった。特に、使用は24時間に1度のみだが、途中瀕死状態になった時にリスタート地点に戻れるにも関わらず経験値が貰える少しお高めの課金アイテム、懐中時計を大量に購入しレベリングに励んでいた。
だが先週末のアップデートによって状況は一変した。終業後、アプデが終わっておりメインストーリーが更新され、「王国の秘宝」と題された新章が始まったのである。アルトは重要な情報を持つ貴族の息子とともに避難していたが、突如現れた闇の勢力の襲撃により彼は敵の呪文に巻き込まれたのであった。運営側の説明によればアルトは「生死不明」であり今後のストーリーへの登場は未定とのことであったが、私の目には明らかに死亡しているように映った。
推しを失った悲しみは大きく、もはやこのゲームを続ける気力すら湧かなくなった。そこで私はついに決断を下したのである、アンインストールすると。
スマートフォンを手に取り、アプリ管理画面を開いた。アーカイブ・オブ・ブレイジングサーガのアイコンを選択し、「削除」の文字に指を伸ばしたその瞬間であった。
画面が突然暗転し、中央に大きく「使用します」という文字だけが浮かび上がった。
一体何が起きたのか理解できず、しばし呆然と眺めていた。すると次の瞬間、スマートフォンが眩い光を放ち始めた。慌てて顔を背けたが間に合わず、部屋全体が白い閃光に包まれた。
光が収まると同時に、私は床に膝をついていた。ゆっくりと目を開けると、そこには見知らぬ青年が立っている。
「……ここはどこですか?」
柔らかな声でそう問いかけてくる青年こそが、私が追い求めていたアルトその人だったのである。灰色の髪に紫がかった瞳を持ち、簡素だが品のある服装に身を包んでいる。彼は確かにゲームのイラスト通りの容姿であった。
「日本……って言うのよ。」
震える声で答えた私に対し、アルトは困惑した表情を見せた。
「ニホン?聞いたこともありません。申し遅れました、俺はアルトと言います。あなたは?……あの、俺邪魔ですよね、すみませんすぐに出ていきます。」
そう言うアルトに、私は少しだけ大きな声を出して居た。
「名乗る程のものではありません!!私はあなた様の一ファンといいますか。っていうかまままま待ってください!!!プレゼンを!プレゼンをさせてください!」
「ぷ、ぷれ……?」
「はい!プレゼンです。私は貴方のことを知ってます。貴方は私のことを知らないだろうけど…そして貴方が今どのような状況にあるのかも、知ってます。その懐中時計…。」
アルトの胸元から覗いている懐中時計を指さすと、アルトはそれを取り出した。
「その懐中時計についても知ってます。きっと24時間経過すればまた使えるようになってもしかしたら元いた世界に戻れるかも。」
「……!本当ですか!?」
「確証はないけど、たぶん。それで、24時間程度でしたら貴方はお邪魔なんかではないです。むしろ、ここで少しお休みしてください!」
と、ここが安全であること、普段自分は働いていて1日程度の資金は余裕であることをプレゼンし、勢いに負けたアルトは微笑みながらこういった。
「ありがとう。今は戦いのことなど忘れ、ここで少し休ませてもらいます。ここならば安全そうだ。」
そう言って微笑む彼の姿に、完璧なプレゼンを終えた私の胸は高鳴った。
翌朝になると、アルトは好奇心旺盛な少年のように私のアパートを探検し始めた。
「不思議です。この小さな板で人々と会話できるのですね」
スマートフォンに興味津々の彼の様子は愛らしく、「これは便利道具なんです」と説明すると目を輝かせて頷いた。
「外の世界を見に行きたいのですが。」
彼の願いを聞き入れた私は、急いで衣類店に向かい彼の服を選んだ。シンプルなTシャツとカーキ色のパンツを購入し、彼に着替えさせると「異国の装束ですね」と言いながらも快く受け入れてくれた。センスなくてすみません。
街に出た私たちはまず公園を訪れた。ベンチに座り、アルトは鳥や花々に興味を示した。
「美しい場所です。森とは違いますが、ここにも生命の息吹があります」
次に本屋に行った際には、彼は書籍の数々に圧倒されていた。
「一つの場所にこれほどの知識が……素晴らしいことです。料理の本なんてものもあるのですか…!元の世界に戻れたら俺も料理をしてみようかな…。」
夕方になり、スーパーマーケットへ行くと彼は初めて見る食品に驚きの声を上げた。
「これら全て食べられるのですか?何という豊かさでしょうか。」
公式からアルトは豚のしょうが焼きが好物だと言う情報を覚えていた私は早速豚肉としょうがを購入した。
二人でキッチンに立ち、不慣れながらも一緒に豚のしょうが焼きをつくった。付け合せはもちろんキャベツの千切り。
白米がふくふくと炊きあがり、アルトはとてもはしゃいでいた。
「凄いです!とても美味しいです。」
「よかった。」
そう言って笑い合いながら、アルトはご飯を4杯もおかわりした。
その後は一緒にテレビを見て過ごした。ドラマを観賞しながら、「人々の生き方は私たちの世界と似ているようです。」と感慨深げにつぶやく彼の横顔は穏やかだった。
そして深夜になる頃、私のスマートフォンが再び光を放った。
「懐中時計はあと4時間で使用できます。」
アルトのポケットから取り出された銀色の懐中時計が青く輝いている。彼は静かに告げた。
「明日になればこの時計は再び力を宿します。おそらくその時に私の世界へ戻れるでしょう」
別れの時間が近づいていることに気づいた私は言葉を失った。アルトはそんな私を見て優しく微笑んだ。
「今日一日を通して多くのことを学びました。感謝します。」
眠れない夜を過ごした私たちは、翌朝早くに目覚めた。アルトは昨晩と変わらず落ち着いた様子で言った。
「あなたのおかげで忘れられない経験ができました。」
彼がスマートフォンに触れると、画面が再び明るくなり「懐中時計の使用が可能です。」というメッセージが表示された。
アルトはゆっくりと懐中時計を取り出し、ボタンを押した。
「もう行きます。ありがとう、やっぱりあなたのお名前を聞かせて貰ってもいいですか?」
「私の名前はーー…」
時計が強く光り始め、アルトの身体が少しずつ透明になっていった。最後まで笑みを絶やさずにいた彼の姿は、完全に消える直前に一言残した。
「また会いましょう。」
光が収まるとともに、部屋には私の一人だけが残された。夢だったのではないかと思ったが、テーブルの上に置かれた一枚の紙片が現実だったことを証明している。
それはアルトの手書きと思われるメッセージだった。
"あなたと過ごした時間は生涯忘れません。アルトより"
私はそっとその紙片を大切にしまい込んだ。窓の外を見ると空には雲ひとつなく、まるで新しい始まりを祝福しているようだった。ソシャゲを起動すると、不思議なことにメインストーリーが更新されており、アルトが無事に生還するシーンが追加されていたのである。彼は懐中時計を使ったことが判明し、その後の活躍が描かれていた。
私は彼の生き様を遠くから見守ることを決意した。もしかしたら、いつの日か再び彼と出会うことができるかもしれない。そんな期待を抱きながら、私は今日も画面の中の彼に挨拶をするのであった。
それから三ヶ月が過ぎた。アルトはゲーム内で徐々に重要な役割を担うようになっていった。最初は単なる背景キャラクターだった彼が、今やプレイヤーたちの人気投票で常に上位に入る存在となっている。
私も相変わらず彼のファンとして日々を過ごしていた。ただ以前と違うのは、画面越しとはいえ彼が実際に生きているという実感があったことだ。
ある日曜日の午後、いつものようにログインしたところ、システムメッセージが目に留まった。
「特別イベント『異界の架け橋』開催決定!過去に繋がりを持ったキャラクターたちと再会せよ!」
詳細を読むと、限定キャラクターが通常より高い確率で出現するガチャイベントのようだ。「過去に繋がりを持ったキャラクター」というフレーズに胸が高鳴った。もしかして……
期待を込めてガチャを引くと、そこには懐かしい姿があった。
「アルト!」
久々の邂逅に思わず声が出た。イベント用の新規カード「想い出の騎士・アルト」は他のプレイヤーからも好評を得ていた。特設ページには「懐中時計の不思議な力で異世界への道が開かれた」というストーリーが添えられている。
その夜、再び奇妙なことが起こった。スマートフォンの通知音が鳴り、確認すると知らない番号からのメッセージだった。
『こんにちは。久しぶりです。覚えていますか?』
返信するとすぐに既読が付き、新たなメッセージが届いた。
『あなたのことがずっと気になっていました。あの時間の記憶は鮮明に残っています。もし良ければまた会いたいです。』
私は震える手で返事を打った。
『私も、会いたいです。』
数分後、スマートフォンが強く光り始めた。かつてと同じように眩しい光が部屋を満たしていく中、扉をノックする音が聞こえた。
恐る恐るドアを開けると、眩しく輝くたくさんの光が私を包んだ。
「やったぞ!聖女様の召喚に成功だ!」
「まて、二人いるぞ、元より聖女様は明るい髪色だと言う。暗い髪色の方は捨てておけ!」
了…?




