からくり競艇人物外伝第8話:野田あかり編②
「あー、マジ最悪。このラインストーン、もう一列増やした方が可愛くない?」
全寮制の大宮機艇教習所。明日の卒業記念競走を控えた整備棟で、野田あかりは自らの訓練艇に向き合っていた。
その手には、工学用ツールではなく、デコ用ピンセットと最高級の輝きを放つクリスタル。
「野田、貴様……また機体を重くしているのか」
背後から呆れたような声が響く。教官だ。あかりは振り返り、派手なネイルを揺らして不敵に笑う。
「教官、これ重さじゃないから。『マブイの反射率』を上げるための、超・理論的デコだから。ホバークラフト理論、読んでないの?」
「屁理屈を。貴様は学科も実技も首席だ。だが、そのふざけた格好だけは最後まで認めん」
教官が去った後、あかりは独りごちた。
「ホバークラフト理論」……機兵の浮遊構造と熱交換の極致。彼女はこの無味乾燥な科目が大好きだった。マブイを燃やせば熱が出る。その熱をどう逃がし、どう推進力へ「変換」するか。彼女にとって、機体の整備は計算式のパズルであり、デコレーションはその計算を完成させるための儀式だった。
卒業記念競走:1マークの奇跡
そして当日。
「全艇、起動!」
シグナルが点滅し、一斉にマブイが点火される。……はずだった。
他5艇が猛烈なホバー噴射とともにスリットへ向かう中、あかりの艇だけがピットで沈黙している。
「嘘っ、デコ用LEDにマブイ食われすぎた!?」
装飾に凝りすぎたせいで、メインシステムの起動シーケンスにコンマ5秒のラグが発生。致命的な出遅れ。観客席(家族や関係者)からは悲鳴と失笑が漏れる。「やっぱりギャルはこれだ」「首席の終わりだな」。
だが、あかりの瞳は冷静だった。
「……大丈夫。今のラグで、熱交換器に溜まった余熱は……計算通り。これ、全部『浮力』に回せるし」
あかりは、機体内の熱を冷却系に回さず、一気にホバーノズルへ直結させる禁じ手に出た。
「計算完了。――いっけぇ!!」
爆発的な噴射。出遅れたはずのあかりの艇が、水面を滑るのではなく、数センチ「浮いて」加速する。先行艇が作った複雑な引き波を、彼女は「ホバークラフト理論」に基づいた空気のクッションで無効化し、文字通り飛び越えていった。
1マーク。全艇がひしめき合うターンマークの最内を、彼女は摩擦ゼロの速度でぶち抜く。
「デコっても勝てるのが、本物の首席っしょ!」
結末:山口への手土産
結果は、大逆転の1着。
ヘルメットを脱ぎ、乱れた金髪をかき上げたあかりに、教官が歩み寄る。
「……見事だった。だが、山口支部の『黒田』という男は厳しいぞ。その機体を見たら、即座にハンマーでデコを叩き割られるだろうな」
「えー、超こわーい。でも大丈夫。山口には、マブイ1,000で勝っちゃうもっとヤバい変態(師匠)がいるんでしょ? あたし、その人にホバー理論の本当の答え、聞きに行くんだ」
あかりは、山口からやってきた「速水誠」という風変わりなレーサーの噂を思い出し、不敵にウィンクした。
彼女の機体に貼られたクリスタルが、西日に反射して黄金色に輝いていた。




