第8話 はいはい噂話、はいはい最強?
翌日。俺は昨日とほぼ同じ時間に、冒険者ギルドの扉を押した。
――入った瞬間、違和感。
空気が重い。正確には、ざわついているのに妙に静かだ。
視線。まずそれを感じた。
「……昨日の転生者だ」
「ブラックファングを退かせたって話だ」
「一歩も動かなかったらしいぞ」
ひそひそ声のつもりなのかもしれないが、残念ながら全部普通に聞こえてますよ。歩くたびに、視線がついてくる。
昨日までの、
「触れると面倒そうだから距離を取ろう」
とかいう空気とは明らかに違う。
今は――
「近づいていいのか分からない」
みたいな距離感だ。
怖がられているのとも、尊敬されているのとも違う。
ただ、扱い方が分からない。そんな感じだった。
受付へ向かう。通路がわずかに、しかし確実に空いた。
誰かが一歩下がり、誰かが横にずれ、結果として、俺の前に道ができる。
俺は爆弾かなんかなのか?やめてほしい。
「おはようございます」
受付のお姉さんは、昨日より背筋が伸びていた。声も、やけに丁寧だ。最初からその感じで接してほしい。
「本日は依頼の確認でしょうか?」
「いや、様子見で……」
そう答えた瞬間、彼女の視線が、俺の冒険者証ではなく、その奥――ギルド内全体を一度だけ確認した。
嫌な予感しかしない。
カウンター横の掲示板。昨日までは気にも留めなかった場所に、見慣れない小さな紙が貼られている。
《要注意:高位魔物に対する特殊威圧例》
《対象:転生者》
……俺の名前が書いてある。
「……何ですかこれ」
「正式な注意喚起です」
即答だった。注意喚起ってなんだよ。
「注意……喚起?」
「はい。想定外の影響が確認されたため」
俺は影響を与えた覚えがない。
背後から、重い足音。振り返ると、明らかに場慣れした冒険者が立っていた。鎧の傷が、実戦の数を物語っている。
周囲の視線が、一斉に集まった。
「噂は本当か?」
「何のですか」
「ブラックファングだ」
ギルド内が、静かになる。会話が止まった。
「退かせたそうじゃないか」
「いや、勝手に逃げただけで」
「それを退かせたと言う」
話が合わない。
「俺たちの依頼に、同行する気はないか?」
「え?」
「戦闘はしなくてもいい」
冒険者は真顔で続けた。
「ただ“いるだけ”でもでもかまわない」
何それ。なんか酷くない?
「……考えときます」
そう答えると、冒険者は満足そうに頷き、去っていった。
完全に、勘違いされている。
入れ替わるように、リルが隣に来る。
「おはよう、話題の人」
「やめてよ」
「完全に広まってるね」
あまりからかわないでもらいたい。しばらく様子を見ると、ギルドのあちこちで、噂が独自進化しているのが分かる。
・近づくだけで魔物が怯える
・殺気を極限まで抑えている
・前の転生者とは“方向性が違う”
・本気を出すと都市が完全に消える
最後のは、さすがに盛りすぎだと思う。
「否定した方がいいかな……」
「もう無理だと思うよ」
リルは即答した。
「噂ってね、事実より“便利な方”を選ぶんだよ」
「便利……?」
「使いやすい、って意味」
掲示板に目を戻す。いくつかの依頼の横に、小さく追記がされていた。
《※転生者同行歓迎》
《※威圧要員》
《※抑止力として有効》
なんか熊よけの鈴みたいな存在になってないか?
剣も振っていない、魔法も使っていない。
それなのに俺は、
「強いけど使いづらい」
「いてくれると安心だけど近づきたくない」
そんな、面倒な立ち位置の切り札枠(?)になっていた。
「次、絶対ろくな依頼来ないよな……」
その予感だけは、なぜか外れる気がしなかった。




