第7話 はいはい初仕事、はいはい初戦闘
冒険者登録を終えた翌日。俺は冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
――ついに来た。初仕事。初依頼。初戦闘。
テンプレ異世界なら、ここで
「スライム討伐(初心者向け)」みたいな紙が目に入るはずだ。
だが、現実は違った。
・倉庫整理
・書類運搬
・下水道清掃
・街道の草刈り
「……戦闘、どこ?」
掲示板を端から端まで見ても、魔物とか討伐の文字が一切ない。
「初仕事は雑用が基本だよ」
背後からリルの声。気づけば、いつの間にか隣に立っていた。
「え、でも冒険者ギルドだよ?」
「うん。でも初心者だし」
「初戦闘は?」
「早くて数週間後かな」
テンプレ異世界、完全敗北。
「転生者って聞いたから、いきなり戦わされるかと思った」「むしろ逆。危ないから後回し」
合理的すぎる。
俺は半ば投げやりに、一枚の紙を剥がした。
《街道沿いの荷馬車護衛(危険度:低)》
「お、これなら戦闘ありそうじゃん」
「それ、戦闘起きない前提のやつだよ」
「期待させないでよ……」
受付に持っていくと、お姉さんが冒険者証に目を落とす。
一瞬だけ、表情が固まった。
「……転生者、ですよね」
「はい」
「護衛依頼ですが……」
「はい」
「念のため確認します。魔物が出た場合、対応できますか?」
正直に言うしかない。
「実戦は初めてです」
「ですよね」
即答だった。
「では“同行見習い”という扱いであれば受注できます」
「見習い?」
「戦闘は原則、他の冒険者が行います」
俺の初仕事、戦う前から戦力外。
護衛メンバーは、ベテラン風の剣士と弓使い。そして俺。
「……なんで転生者がここに?」
剣士がぼそっと呟く。普通に聞こえてる。
「見習いです」
「ふーん……」
軽蔑、というより警戒。そんな視線だった。
街を出てしばらくした頃、弓使いが足を止めた。
「――来る」
次の瞬間、茂みから犬のような魔物が飛び出してきた。
「きた! 初戦闘!」
テンションだけが一気に上がる。
剣士が前に出て、弓使いが矢を放つ。連携は完璧で、魔物はあっさり倒れた。
……俺、何もしてない。
「皆さん大丈夫ですか?」
「動かないで」
「え?」
「転生者は余計なことしないで」
思っていた以上に、転生者への当たりが強い。前の転生者が相当やらかしたんだろう。
その後も何度か魔物が出たが、俺は指をくわえて見ているだけだった。剣を振る機会すらない。
――そして、問題は突然起きた。
弓使いが馬車を止め、声を潜める。
「……やばいのがいる」
茂みの奥から現れたのは、さっきまでとは明らかに違う存在感を放つ黒い獣。
「ブラックファング……」
剣士が顔をしかめる。
「俺たちだけで対処は無理だ」
一瞬で分かった。これは勝てるかどうかの話じゃない。
「撤退する」
剣士は迷わなかった。
「依頼主の安全が最優先だ」
そう言って、二人は馬車に飛び乗った。
俺も続こうとした、その時。馬車が動き出す。
「え、俺は!?」
剣士が一瞬だけ振り返った。本当に、一瞬。
「……悪いな」
それだけだった。
弓使いは何も言わず、御者が手綱を引く。馬車は容赦なく走り去った。砂埃だけが残る。
「……冗談だろ」
ブラックファングが低く唸る。距離は、もう近い。
後ろを見ても、誰もいない。
あ、これ死ぬやつだわ。瞬間的にそう悟った。
「……はは」
笑うしかなかった。
テンプレ異世界なら、ここで覚醒してチート能力で倒して「なんか俺やっちゃいました?」で終わるんだろう。
でも、この世界は現実的だ。
「……クソッ!」
盾を構え、剣を抜く。手が震えている。
ブラックファングが飛びかかる。重い衝撃。視界がひっくり返る。
地面に転がった拍子に、胸元から一枚の紙が落ちた。
《転生者証明証》
それを見た瞬間、魔物の動きが止まった。
一歩、また一歩。距離を取るブラックファング。
「……あれ?」
唸り声を残し、魔物は森へと消えていった。
静まり返った街道で、俺はしばらくしてから立ち上がる。
「前の転生者……本当に何やらかしたんだ?」
しばらくして、遠くから馬車の音が戻ってきた。
「……生きてたのか!?」
「なんとか……」
「お前が倒したのか!?」
「いや、勝手に逃げていきました」
依頼は無事完了し、ギルドへ戻る。
報告を聞く受付のお姉さんの表情が、途中から明らかにおかしくなっていった。
「……確認します」
「ブラックファングと遭遇」
「ベテラン二名が撤退」
「同行見習いの転生者が単独で対処」
ペンが止まる。
「……その、対処とは?」
「倒してません」
「ですが、魔物はいない」
「勝手に逃げました」
ざわめきが広がる。
「ブラックファングは通常、人間程度で退くことはありません」
嫌な予感しかしない。
「“何もしていない”のに退いた、と」
話がどんどんズレていく。
ギルド内の視線が変わった。
外に出ると、リルが待っていた。
「おかえり。初仕事どうだった?」
「……生き残った」
「それ一番大事だよ」
歩きながら、周囲の冒険者たちの視線を感じる。
「なぁリル」
「なに?」
「俺、なんか勘違いされてない?」
「そうなの?」
即答だった。
「でもさ」
リルは少しだけ楽しそうに言う。
「もう軽蔑はされてないよ」
それは確かだった。
冒険者証を見下ろす。
初仕事。初戦闘。初めての命の危機。
テンプレ通りじゃなかったけど、確実に一歩、前に進んだ。
けど――
「次、もっとヤバい依頼回されないよな……?」
嫌な予感しかしない。




