第七話
「改めて自己紹介をさせてくれ。僕の名前はアルバート、西大陸出身の賢者だ。気軽にアルビィと呼んで欲しい」
「私の名前はリリアナ、アルビィとは同じ孤児院出身で兄妹みたいな関係なの。さっきの対応は本当に悪かったわ」
警戒心がなくなったのか、長い廊下を歩きながら二人はずっと俺に話しかけてきた。
もちろん、俺の方も知り合いがいれば心強いので、先ほどまでの出来事は全て水に流していた。
「俺はメグル。メグル・クロノス。お察しの通り迷い子だ。たまたま良い人に出会えて、ここの試験を受けに来た」
「迷い子はやはり極端だな。僕たちを越える魔力を持った化物か、君みたいに魔力なしか、そのどちらかしかいない」
「出会った事があるのか? 他の迷い子に」
地球人がこの世界にいるという事実は、喜びと共に不安もあった。
研究所が次元を突破する方法を見つけた可能性があるからだ。
「ええ、だけど期待しないほうが良いわ。転移元は無数にあって、同じ世界の名前を聞いたことは一度もないもの」
「……そっか」
期待どころか安堵する答えだった。研究所の心配は当面しなくていいらしい。
「ところで、さっきの力の正体を教えてもらうことはできないだろうか? もちろんメグルが嫌なら問い詰めたりはしない。冒険者は競争社会だ。己の手の内をさらす必要はないからな」
アルビィは言葉とは裏腹に好奇心の感情でいっぱいになっていたが、説明を始める前に次の会場についてしまった。
「試験に合格して、学園で出会えたら教えてやるよ」
「ふっ、良いね。僕はそういうの大好きだ」
ニヤリと笑いあう俺達。あれ、なんか楽しいぞ。
◇
次の会場は学園の訓練場、つまり王都の外部に位置していた。
視界いっぱいに荒野が広がっており、その向こう側には山や森、湖も見えた。
「試験会場はこちらです! こちらに集まってください!」
ぶんぶんと手を振りながら、可愛らしい制服、セーラー服に似たカラフルなファッションの女性が俺達を呼んだ。
「ひぃふぅみぃよ。うん、規定人数に達していますので、本試験の説明をします。私は試験のお手伝いをしている学園四年生のフィルリアです。気軽にフィル先輩って呼んでね」
ボブカットの緑髪を揺らしながら、フィルリアがウィンクを見せた。大人びた顔立ちなのに子供っぽい仕草は嫌味がなく、受験生の一人が嬉しそうに口笛を吹いた。異世界でも喜びを表現するために吹くんだ、笛。
「本試験は単純明快♪ あの東の森の奥にある合格証明を持ってここまで帰ってくるだけ」
随分と簡単な試験に拍子抜けしていると、受験生の一人が声を震わせた。屈強な肉体の青年だけに皆の注目が集まった。
「あ、あそこは東部唯一のBクラスダンジョン。魔物だらけで素人の行く場所じゃねぇぞ」
青年は慌てて背中を見せると、よろめきながら猛ダッシュで去っていった。
(なるほど、仕込みの彼が恐怖を煽って、それでも挑戦する受験生だけが合格のチャンスを得るという訳か)
『迫真の演技でしたけど、心臓の鼓動はゆったりとしていましたからね。つまり試験はすでに始まっているという事です。メグル、油断しないように』
実際、彼の発言は効果があったらしい。受験生のうち半分以上が恐怖に支配され、試験を受けるか迷っているようだった。
「ちなみに、途中でリタイアしても救助まで時間がかかりますので、死なないように頑張ってくださいね!」
フィルリアはどこから取り出したのか、手のひらサイズのシンバルを思い切り振り被り、「試験開始!」とそれを鳴らした。
「さて、一番乗りを目指しても良いけど」
躊躇している受験生達を置いて、半分以上の受験生が森に向かって走り始めた。
釣られて走り出す受験生や、うずくまって動かない受験生など様々な中、アルビィは胸ポケットから小さな杖を取り出すと、呪文を唱え空間を引き裂いた。
その先には森の風景が広がっている。
「メグル? 君も来るか?」
切り裂いた空間に片足を突っ込みながら、アルビィが俺に聞いた。
「いや、俺はこのまま歩いて行くよ」
「そうか。向こうで待ってる」
と、アルビィはリリィの手を握り森の中へエスコートした。リリィは手を振りながら「またね」と笑顔を見せる。その表情の可愛さは脳内メモリに永久保存しておくレベルだ。
「さて、俺も行くか」
二度三度屈伸をして、前方の受験生達を追いかける。
冷静に考えれば、公立の中学校に入学したばかりで人生が終わっていた俺にとって、これは地球も含めて生まれて初めての受験だ。
「ちょっと良い成績を残したくなってきたな」
◇
冒険者学園職員室。
冒険者学園の職員は元冒険者半分、学者半分で構成されている。
前線で魔物を討伐したりダンジョンを攻略したりするだけが冒険者ではなく、むしろ大部分はサポート役――討伐した魔物の解体、アイテムや武器の整備、依頼の整理選別などに多くの人員を割く必要があるからだ。
元冒険者の多くはAクラス以上であったが、怪我で引退せざるを得なくなったり、加齢による魔力低下が原因で前線を去る必要があったり、全盛期の実力を失った者がほとんどだった。
「三分の一が攻略意欲を失っているか。逃げた者もいるな」
「そうと思えば、西大陸の有名賢者が二人も参加していたり、今年は面白いですな」
右腕を欠損している屈強な男と、ローブを身に包んだ老人が楽しそうに試験の実況をしている。
「しかし、毎年ながら学園長も面白い試験を考えなさる。受験生の振りした劇団員が皆の恐怖を煽り、それでも森へと向かった受験生を合格とするなんて」
「ああ、逃げた受験生も裏方として入学しないか誘うらしいな。本人にどの分野を歩むべきか理解させるいい方法だ」
「訓練を受けてからだと、心に鎧を着てしまう。我らも何度無謀な若者の死を見てきたことか……」
やれやれ、と老人が嘆いていると、離れた場所で立体映像を見ていた学者の教員が口を開いた。
「ところで、成績はどう決めるんですか? クラス分けにも必要だと思うのですが」
その問いに片腕の男が即答した。
「ああ、今年は面白いぞ。森の中に潜んだ暗殺者……と言っても別大陸から雇った冒険者なのだが、彼らと戦った結果がそのまま成績になる」
「はぁ~、別大陸の冒険者を雇うような時代になったのですね。凄い事だ」
学者が感嘆の吐息を漏らす。
つい半世紀前まで中央大陸は戦乱の世だった。国同士が争い、そこに魔族が介入し、多くの民が死んだ。
戦争が終結した理由は単純だった。
魔物の台頭。
戦死した兵士達の魔力を大地が吸い取り、その多くを魔祖として還元し、強力な魔物が次々と生まれた。
まるで大地が愚かな人々に罰を与えたようだと評する者も少なくない。
国同士で戦う余裕のなくなった中央大陸は和平協定を結び、冒険者の時代へと移り変わったのだ。
「やはり、二人の賢者が圧倒するかのう?」
「ああ、全員の魔力や身体つきを測ったが、彼らを越える者はいなそうだ」
そんな中、職員室の扉が開いた。ドレス姿の女性とタキシード姿の男性だ。
「邪魔するぜ。どうせ辛気臭い顔して実況してると思ってよ」
南支部の冒険者ギルド長カミラ・エヴァンスは挑発的な態度で言い放った。バルトは彼女の影に隠れて静かにしている。
「あぁ? 戦争も知らない世代のガキがギルド長かよ。うざってぇ」
「黙れ老害。知識も技術も拙い奴らが冒険者を育てられるのかよ」
「カミラ、その程度にしておいた方が……」
一発触発の空気を切り裂いたのは、学者の悲鳴だった。
映像の一つ、細身の青年受験生が致死量とも思える血しぶきを吹いたのちに倒れたからだ。
「し、死んだんじゃないか!?」
「おい、あの雇われ冒険者は誰だ!?」
「えーっと、……ディレイ・マーカスです! 東大陸のA級冒険者で、双剣の達人です!」
ディレイという言葉を聞いてカミラが椅子を蹴り上げた。
「お前らの目は節穴か!? あいつはディレイとかいう冒険者じゃなくて、お尋ね者のラベルダじゃないか!!」
「ほ、ほんとだ!? あの顔の入れ墨、間違いなくラベルダじゃないか!? どうしてこんなところに!?」
職員室が喧騒に包まれる。彼らの多くは非戦闘要員であったため、何もできず狼狽えるばかりだった。
「ラベルダって言えば、毒矢や毒針を使うお尋ね者だよな」
バルトの問いにカミラが頷いた。その表情は怒りに満ちている。
「あの男、東大陸に隠れていたのかい。私が殺してやろうと思っていたのに」
カミラの美しい赤髪が魔力によって逆立つ。
好戦的な彼女なら飛び出して森に向かいかねないと慌てたバルトだったが、ラベルダの前に現れた二人を見てカミラの熱気が一気に冷めた。
「ほぉ、あの二人の本気が見られるのなら、もう少し様子見してもいいかもな」
そこに映っていたのはアルビィとリリィ。
さらに直線上にその場所に向かっている黒髪の青年の姿があったのだが、誰も気づいてはいなかった。




