第五話
カミラ・エヴァンスがギルド長だと分かったのは、執務室に入った瞬間、部屋の奥に巨大な彼女の絵画が飾られていたからだ。
薔薇の花が敷き詰められた背景に、女神と見間違えるほど美しい姿。
ご丁寧に額縁まで金ピカで、自己顕示欲が服を着て歩いているような代物だ。
バルトが口パクで「見るな目が腐るぞ」と言っているので、この世界にも〝くどい”という気持ちが存在するのだなと感動した。
「さて、まずは君達をここに呼んだ理由だが……」
背中を向けていたカミラが、突如右手を天井に突き出した。
ブゥンと音を立てながら、赤黒いエネルギーが掌に集まっていく。やがてそれは禍々しい槍、正確にはランスと呼ぶのが相応しいだろうか、円錐の形に整っていく。
「君のような危険人物を生かすわけにはいかなくて――ねっ!」
ブン、と。
カミラの手から放たれた武器は、空気を切り裂き、真っすぐ俺の眼前に向かってきた。
「メグル!! 避けろ!!」
兄貴の叫び声が聞こえたが、俺は未知の物質を避けるつもりはなかった。
殺気がない。ただの試すような視線。
研究所で何度も味わった、「実験動物の反応を見る目」と同じだ。
パァンッと乾いた音を立てて、ランスは俺の右頬に軽い傷をつけて後ろの壁を貫いた。
頬を伝う熱い液体。だが、俺は眉一つ動かさずカミラを見据え続けた。
「……なぜ避けなかったんだい?」
「………」
返答に迷っていると、胸元からスススッとナノ子が俺の頭上に飛び出した。
『ナノ子が代わりに説明します。メグルは数秒先の未来を予知する能力を獲得しています。これは魔法や法術のように奇跡の力を使ったのではなく、むしろそれらを極める際に獲得した副産物であり――』
「分かった! それ以上の難しい事は言うな! 要は私が攻撃を外すって予想してたって事だろ!?」
『肯定します。メグルは貴方の筋肉の動き、視線、表情、様々な要因から殺意がないと結論付けました』
「なるほど、攻撃力が高すぎたが故に当てる気がないとバレた訳か」
カミラとナノ子の間で高次元(?)の会話が繰り広げられている間、バルトと俺は目を合わせて肩を竦めていた。
ナノ子は俺の観察眼と演算結果を「未来予知」と言い換えてハッタリをかましたらしい。相変わらず優秀な相棒だ。
呆れから立ち直ったバルトが、怒りの形相で一歩前に出た。
「おいカミラ! まずはごめんなさいだろう!!」
「確かにそうだな。少年、すまなかった」
カミラは深々と頭を下げると、棚から銀色のカードを取り出した。
「迷い子なんだろう? 今の攻撃が適性試験ってことにして身分証を発行しよう。バルト、君が保護者になるのか?」
「ああ、頼む。冒険者ギルド公認の身分証があれば冒険者学園に通えるぞ。よかったなメグル」
「ありがとうございます」
人から厚意を受けたらお礼を述べる。当たり前だと思っていたが、バルトとカミラは目を丸くして固まっていた。
「おい、やっぱりお前の身内にするには勿体ない。私が後見人になってやろう」
「ふんっ、メグルの事を何も知らない奴に任せられるか」
「貴族のガキは平和に慣れすぎて礼儀知らずばかりだ! メグルのような息子が私は欲しいんだ!」
「ダメだダメだ! どうしてもメグルの親になりたかったら、俺に片膝ついて求婚してみるんだ――」
ブチューッ! と音を立ててカミラがバルトの唇を奪った。
不意打ちに油断していたのか、バルトは身動き取れない状態で彼女を受け入れるしかなかった。
「ぷはっ、へへっ、既成事実を作ってやったぜ」
「ひ、ひどい……っ」
なんだか男女逆転しているように見えたが、バルトもまんざらではなさそうだったので触れないでおこう。
さっきまで兄貴だった人が義父になり、さっき出会ったばかりの人が義母になった。まさか異世界で家族ができるなんて。
「母として認めてもらうために隠し事はなしにする。私が君を養子にしたい理由は二つある。一つは君を人として気に入った。可愛らしくて礼儀正しい子供が私は大好きだ。だが、もう一つはギルド長として、この世界に生きる者として君を導く必要があると思ったからだ」
『なるほど、家族の情でメグルの危険性を下げようという訳ですね』
ナノ子の指摘にカミラは素直に頷いた。
「もちろんメグルの面倒を見てやりたいという気持ちの方が大きい。こんなガサツな男だけに任せられないしな」
「……まぁ、カミラが手伝ってくれると分かって、少しほっとしている」
頬を赤らめながら、バルトは頷いた。
「という訳だ! メグル、私を受け入れてくれるかい?」
カミラが右手を差し出す。
彼女の表情はかつて毎日見ていた本当の母のように優しく、気づけば俺はその手を握っていた。
◇
その後、クロノス家に嫁ぐかエヴァンス家に婿入りするかで揉めた結果、結婚は保留となり、内縁の子供となったのだが、正直どうでもよかった。
お互いに好意を抱いているのは感じ取れたし、自然とどちらかの家に納まるだろう。
むしろ大変だったのは、シルビア達の反応だった。
「はぁ!? ウチが母親になるつもりだったのに!?」
「いや、シルビアはメグルと二つ三つしか年齢違わないのにゃ」
「年齢は関係ないだろ! 愛だよ愛! メグルに対する想いの強さが家族になる条件だろ!」
「……だったら夫婦になれば良いのにゃ?」
「………っ!?」
顔を真っ赤にして逃げ出すシルビア。
この世界の人達は勝手に暴走する人たちが多いな。
『メグル、楽しそうで何よりです』
「ああ、ナノ子も楽しいか?」
『ええ、メグルの幸せがナノ子の幸せですから』
その後、気を落ち着かせたシルビアが「冒険者学園の休みの日に遊んでくれる?」と恥ずかしそうに聞いてきたのがこの世界に訪れて最大のイベントだったことは俺しか知らない。




