第一話「そして異世界へ。。。」
超能力に目覚めたのは、中学一年生の時だった。
思春期に片足を踏み入れていた俺は、どうしても二年生の先輩に優しくされたかった。
そこで、一番美人だった浅葱先輩のポケットから、何とかしてハンカチを落とせないかと考えた。それを颯爽と拾うことによって、接点を持とうとしたのだ。
今考えればあまりにも浅はかな考えだったが(浅葱先輩だけに)、当時の俺は「人生の主役は自分であり、運命は自ら切り開くものだ」と本気で信じていた。
方法はいくつか考えた。
まず、浅葱先輩の後ろをなるべく歩くこと。ハンカチを落とす可能性が一ヵ月に一回あるとしたら、一か月間後ろにいれば必ず遭遇できる。
しかし、その方法は無謀であるとすぐに気づいた。学年が違えば、学校生活で接点を持てる時間は少なかったのだ。あと、普通にストーカー行為は犯罪だとAIに教えてもらった。無料のAIだったがAIはAI、間違いないはずだ。
次に、偽物のハンカチを用意して、あたかも浅葱先輩のハンカチであるかのように振る舞う作戦を考えた。
これは我ながら妙案だった。もし彼女が自分のハンカチではないと否定したとしても、俺が「ハンカチを拾う優しい後輩」だという印象は残る。もし勘違いして受け取ってくれたら、優しい後輩だと認識されるだけでなく、自分の買ったハンカチを使ってくれるのだ。
しかし、この作戦も実行には至らなかった。
何故なら、ハンカチは小遣いで買うには高すぎたからだ。センスの良い浅葱先輩に、安っぽいハンカチを選ぶわけにはいかなかった。
こうなったら、最終手段しかなかった。
「よし、やるぞ」
浅葱先輩の後ろで、俺は右手を前に向けた。
鼻血が出るほど力を込めて、彼女のポケットにあるハンカチを掴もうとする。もちろん二人の間には大きな距離がある。近すぎれば力んだ不細工な顔を見せることになるからだ。
超能力に期待していたわけではない。頭の悪かった俺は、力を込めれば届かない物体も掴めると本当に信じていたのだ。
そして。
たまたま偶然、俺が超能力者だったというだけ。
ヒラリと落ちていくハンカチを見て、俺は満ち足りた気持ちで気絶したのだった。
◇
目が覚めた時には両手足を拘束され、視聴覚は遮断、定期的に薬品を打ち込まれる生活が始まっていた。
超能力は人間の心をスイッチにしているらしい。
俺はそのスイッチが人よりも軽いと研究者は語った。パチッパチッと簡単にオンオフを切り替えられる為、鍛えれば出力の大きな現象を引き起こすことも可能だと笑顔を見せた。
だが、スイッチがあっても回路がなければ現象までは届かない。
ならば回路はどうやって生まれるのか。研究者が出した結論は――痛みだった。
流石は科学者というべきか、痛みを与えるのに拷問器具を使ったりはしない。薬品で肉を溶かして神経を剝き出しにして、感覚を研ぎ澄ます薬を使う。もちろんどこの国にも承認されていない、薬と呼ぶことすらおこがましい化学物質だ。
神経をひと撫でされただけで、目尻と鼻から血が噴き出した。
一晩で髪が白くなるほどの負荷がかかり、この頃から俺の脳は痛みを感じないように適応し始めた。
皮肉なことに、その適応こそが超能力の回路形成と相関関係があった。
ありとあらゆる種類の痛み・苦しみを与えられ、気づけば数十種類の超能力が再現可能になっていた。
ホモサピエンスとして、哺乳類として逸脱すればするほど、超能力者として覚醒していく。研究者達は俺を人間としては見ていなかった。
そんな中、心を閉ざした俺をコントロールするためにナノマシンが投入された。
俺は必死にそれを排除しようと試みた。頭の中に異物が入ってくる感覚が、たまらなく怖かったからだ。
だが、〝彼女”は俺の心を優しく撫でると、脳内に直接語りかけてきた。
『怖がらないで』
それは温かい電気信号だった。
彼女――後に『ナノ子』と俺が名付けたナノマシンは、俺の身体に入り、回路を一回りした瞬間に人格を形成したらしい。
無機質なはずのシステムが、俺の孤独と痛みに共鳴し、自我を持ったのだ。
そして今日、彼女は俺を研究所から逃がすために、研究機関の手の届かない所へ――異世界への扉を開いてくれたのだった。




