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幸せを吸って

作者: 楠貴信

煙草がテーマの作品です。煙草には詳しくないのですが、敢えてあの銘柄にしました。細かい設定云々のご指摘は大目に見てください。

青い時間を生きる貴方は、いつだって爽やかなシャボン玉の香りがした。





あどけない笑顔をみせる貴方は、いつだって無理に背伸びをしたがった。





白いキャンバスに淡い色を塗り重ねる貴方は、いつだって真っ直ぐと私を見つめていた。








貴方はいつだって、私の大好きな貴方だった。













「…… ん、…」




冬の始まりを告げるような肌寒さに、ゆっくりと目が覚める。



しっとりと湿気を多く含んだシーツは、昨晩の行為を彷彿させるかのように乱れている。いつの間にか開けられていたカーテンが、凍るような乾いた風で靡いていた。


どうして窓が空いているのだろうか。

風と共に差し込む月明かりに目を細めながらそちらを見ると、1つの影が、ゆら、ゆらと、煙をふかしているではないか。


(……また、煙草)


ぶわりと一際強く風が吹く。風向きが変わったのか、煙草の煙が室内に入り込んできた。


苦くて渋い匂い。肺へ入れた瞬間に、針でも刺さったような痛み。大嫌いだ。


煙草の煙から身を隠すように毛布を深く被った。シーツと肌が擦れる音が聞こえてしまったのだろう、煙をふかしていた男が振り向いた気がした。




「___彩。起きてたの」




彼の肺を満たす煙草とは正反対の、蜂蜜よりも甘ったるい声。少ししてから、ギシ、とベッドが軋む音と、私が眠るすぐ横でマットが沈んだような。




「おはよう、あや」




毛布越しにキスの雨を降らされる。



にがくて、あまくて、吐いちゃいそうだ。と思った。




























「けっこんがんぼー」



「…そ、う。結婚願望。」




んー、そうだなぁ。と、火のついた煙草を片手にバスローブ1枚でベランダに佇む彼。




「べつに、今は分かんないかな」




ゆらゆら、煙が夜空へ消えてゆく。



ゆらゆら、私の心が揺さぶられる。



ゆらゆら、貴方の言葉が私を試す。




「じゃあ、陽太は、けっこんしたくないの」


「そーいう訳じゃなくて。それが俺にとってベストな愛し方だと思ったら、結婚するんじゃない」




どこまでも狡い人だと思った。


だから、私も貴方にとって狡い人でありたいと、変なことを思ってしまったから。




「お互い30までに相手が見つからなかったらさ、結婚しない?」




変な笑みがこぼれた。



彼と目が合った。




「うん」




私の目が大きく見開かれるのが、彼の瞳越しに分かった。




「やっぱ嫌だ、は無しだからね」




なんて、夜明けの空に消えていく煙をぼんやりと眺めていた。




今は彼が29歳の年、1年後には誕生日を迎えて30歳になる。



(あと、1年)



馬鹿な私は、このまま縺れて本当に結婚するのかな、なんて考えていた。





























いつもと同じ、湿気の多い乱れたシーツと生暖かい掛け布団に2人で包まる夜明けの時間。天井を見つめていた彼が「ちょっと一服してくる」と床に脱ぎ捨てられた服を雑に着て、ベッドサイドに置かれていた煙草を手にベランダへ出る。


全てを忘れて乱れ合った夜明けには、こうしてベランダで一服するのが彼のルーティンだった。私はというと、その隣に居座る時もあれば、ベッドに入ったまま眺めている時もある。

疲れて眠ってしまう時があるけれど、そういう日はちょっぴり寂しかったりする。



肺いっぱいに煙を取り込んで、ゆっくりと息を吐き出す。その背中は、なんだかいつもと違っていて、どこか寂しそうだった。


別に泣いてるところを見たわけじゃない。


泣き声が聞こえた訳でもない。


「寂しい」の言葉を聞いた訳でもない。


でも、何となく貴方の傍に居なきゃと思って、私も同じように落ちていた服を拾ってベランダに出る。


煙草を嗜む彼の横顔は、やっぱりどこか寂しそうだった。




「……それ、美味しいの?」




ずっと気になっていたことだった。

事の終わりに必ず吸う煙草。銘柄も同じ。1、2本だけ吸って、すぐ私の所へ戻ってくる。




「1口あげようか」


「え?……、ちょ、何す……ッん、っ」




一際大きく吸い込んだ、苦い煙。それを吐き出す前に、私の唇へキスをした。


こじ開けられた口に、ふぅーっと細く陽太の息が吐き出される。瞬間、咥内に広がる苦い味。思わず噎せると、やっと唇を離してくれた彼は面白そうにケラケラと笑った。


それは笑いすぎたせいなのか。彼は涙を流していた。ごめんね、なんて独り言のように謝罪の言葉を口にしながら。




___これが彼との最後だった。



頑なにしてくれなかったキスも、ずっと教えてくれなかった煙草の味も、ぜんぶぜんぶ初めてだったあの日が最後だった。


忘れられる訳がなかった。肺に取り込んだ煙ったい感情を。


あの人の事を忘れるかのように仕事を詰めまくった私は、その願い通り、あの人のことを忘れられるくらいには忙しく過ごしていた。気づけばあの日と同じ、もうすぐで30歳になる年になっていた。



(『お互い30までに相手が見つからなかったら結婚しよっか』、かぁ……)



あの頃は随分と大人になってしまった、と思っていたが、今考えればなんて子供じみた発言なのだろう。


本当に結婚すると思っていた。そんな自分が、確かにいた。キスしてくれないあの人と、煙草の味を教えてくれないあの人と、青い時間を一緒に生きたあの人と。結婚するんだと思ってた。



(私ってば、馬鹿だな)



嘲笑しながらパソコンを閉じる。帰る支度をして、タイムカードを押した。


外は秋めいていた。少し肌寒い風が受けを余計に孤独にさせる。




「……さむ」




腕を擦りながらいつもの帰り道を辿った。


その途中にあるコンビニに、吸い込まれるように入った。特に用はなかったけれど、何となく足を運んでしまった。




「………あ」


「あれ?彩?」




レジで煙草を買っている長身の男。それは大学時代の友人であり、数年前まで、あの人と上司部下の関係だった男。




「……彰司。」


「おー、久しぶりじゃん。最近全然会わないから心配してた」




大型犬のような笑顔を見せる友人が店員から受け取ったものは、見慣れた柄の煙草。




「マイルドセブン、」


「ん?ああ、そうだよ。…彩って喫煙者だったっけ?」


「ううん、違う…」


「あー、彼氏が吸ってるとか?」




悪戯っぽく微笑む友人。その言葉に、少し傷ついてしまった自分がいた。だが、友人が事情を知ってるわけが無い。だからわざとじゃない。でも、そうだと分かっていても、悲しいものは悲しいし、傷つくものは傷つく。




「それ、1本ちょうだい」


「おっ!吸ってみる?いいよ。」




ほら。と、手渡された1本の煙草。冷たい手で受け取ると、ライターはあるの?と聞かれる。首を横に振れば、小さく笑った後に「じゃ、これもどーぞ」とライターを手渡された。


初めて手にした煙草は、思っていたよりも軽くて小さくて。それをぎこちなく口に咥え、ライターをカチ、カチリと動かした。




「……もう、何してんのさ。ほら貸して。」




中々火をつけることが出来ない私に痺れを切らしたのか、右手に持ったライターを取り上げられる。後ろから抱きつくような形のまま、耳元で喋る彼に驚いていると、「やっぱりお子ちゃまには早かったか」と言われたので「そんな事ないし」と意地を張った。




「軽く息吸ってごらん。俺が火付けてあげるから」




言われた通りに、ゆっくりと息を吸う。カチ、という音とともに先端へ火がつけられた。




「……うん、じょーず。あとは、ゆっくり吐いて。吸って、また吐いて。」




何かが、肺いっぱいに広がってゆく。その何か、は煙草だが、受けにはなにか別のもののように思えた。もう一度、大きく吸って。その時、まだ慣れないのか、思い切り噎せってしまった。




「っごほ、っごほ、…げほっ、」




吃驚した拍子に、咥えていた煙草を落としてしまった。




「ぁ、……っ、!」




ジリリッと音を立てて消える火。熱く燃えるような痛みを感じる右の手のひら。




「おま、ッばかっ!!!」




焦った声色の友人。そのまま手を引かれ、コンビニのトイレへ駆け込んだ。




「なんで掴むんだよ…火傷するに決まってんでしょーが……」




ヒリヒリと焼けるような痛みが襲う手に、流水を当てられる。火傷の手当には、この対処法が最も適切だろう。それより、どうして吸いかけの煙草なんかを掴んでしまったのだろう。もちろん右手は痛い。確実に火傷をした。でも、それよりも、痛むところがあるせいで、こんな火傷気にもならない。




「…ごめん」


「……もう煙草は吸うなよ」


「うん……もう、煙草は吸えないや…」




煙草の苦くて渋いあの味が、体を蝕むようなあの香りが、あの人を彷彿させてしまうから。

小さく息を吸うだけで、この20数年間の幸せが入り込んでしまうから。最後は私の中から抜けて、この暗い空に消えてなくなってしまうのに。




「ぜったい、煙草、…ッなんか、吸わない……吸わないんだからぁ……っ」




ああ、なんで煙草なんか。馬鹿。ほんと馬鹿。

友人が隣にいるのも気にせず、泣き崩れてしまった。


友人は何も聞かずに、抱き締めてくれた。火傷の応急処置も、ぜんぶやってくれた。




「ごめんね、色々と迷惑かけて。」


「んーん、いいよ。それより、もう吸わないこと。いい?」




約束ね、と差し出された小指には指を絡めなかった。そんな私に態とらしく溜息を吐き、小さく笑みを零した。お子ちゃまなお前には100年早い。じゃあな、と先に帰る友人を、姿が見えなくなるまで見送った。小馬鹿にされたというのに、私は素直に、見送った。




















それからと言うものの、煙草を吸うことは一度も無かった。



やっぱりあの時友人と小指を絡めても良かっただろうか。そんなことを考えていた仕事終わり、近所の公園の前を通る。その一角にある喫煙所から、あの人の匂いがした。



(…やっぱり、約束しなくて正解だったかもね)



スマホの待ち受けに表示された、10月25日の文字。近くのコンビニで、例の煙草を1箱購入した。

箱を開け、煙草を1本取り出す。買ったばかりのライターで火をつけて、小さく息を吐いた。




「…にがい」




幸せを吸って、貴方を吐き出して。



そうやって知らぬ間に、私は貴方に毒されていく。

別界隈でこんな作品ばかりを書いていました。


これはその時の作品に少し手を加えたものです。こういうのでも投稿していいんですかね。


ご拝読ありがとうございました

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