第77話 決着
「うげっ……」
本日二度目の変な声が漏れてしまう。
「──トリ……さん、だっけ。何でここに?」
「うわっ、素敵なお声ですこと。想像通り、とってもダンディーですわ! わたくし、カトリーナお嬢様が参りましたのは、ひとえにおじさまへの愛の力でしてよっ!」
俺は思わず、話しかけてしまう。
そして話しかけたことをひどく後悔する。俺の耳がその内容を受け取るのを、拒否するほどだった。
そのトリなんとかさんが、こちらへと迫ってくる途中でぴたりと足をとめ、俺が戦っている相手に視線を移す。
「邪魔な女がいますね。あら、もしかして、配信者の──」
「タッちゃんだよー。って、年増のゲロリーナお嬢様じゃん。何々、ここまで吐瀉物くさいんですけどー。げろげろー。きゃはは」
「──はぁ? はぁっ! こんっの、小娘がーっ!!」
タッちゃんのセリフに、いきなり激昂するトリなんとかさん。どうも怒り方からして、顔見知りだったようだ。
なんだか、あまり触れたくないような事情がありそうだ。そっとしておこうと俺が思った、次の瞬間だった。
トリなんとかさんの全身の筋肉が膨れ上がる。
明らかに異常な筋肉の挙動。あれは、どう考えてもスキルの効果だろう。全身が二回りは大きくなり、横幅だけで言えば、すでに俺よりある。
そのまま、トリなんとかさんがタッちゃんへと突進していく。
速い。
俺でも目で追うのが、やっとだ。
まるで重機のような迫力。縦ロールの髪型も相まって、まるでドリル掘削機だった。
──これだけの効果のあるスキル、ユニークスキルか。いったい、何てスキルだろう。
俺の低ランクスキルである筋肉増加とは比べ物にならない劇的な肉体の変化だった。
そしてさらにその体は膨らみ続けていく。ついには巨漢の相撲取りほどの体格へと至ると、そのまま肥大した四肢でがっつりとタッちゃんに組みつく、トリなんとかさん。
「うげ。なにこれ。こんなの、きいてないんですけど!? きもっ、重たっ、汗臭っ。このっ」
「お前も息が臭いぞ、この小娘がーっ」
タッちゃんがはじめて焦ったような顔にかわって、わめいている。
その息を顔面に浴びて顔をしかめながら怒鳴りかえす、トリなんとかさん。しかしそのトリなんとかさんの顔色も、急速に土気色に変わり始めていく。
──スキルによる急激な肉体の変化に、心肺機能が追い付いていないのか?
俺が見守るなか、トリなんとかさんは、さば折りをするかのようにがっしりとタッちゃんに組みつき続けている。
そのトリなんとかさんの腕から抜け出そうと必死に体をよじっているタッちゃん。
そしてそのタッちゃんの目論見は徐々に成功しつつあった。
その代わり、タッちゃんの体は原型を留めないぐらいに変形していた。そのせいで皮膚と肉が破れて、そこかしこから、中身だと思われる本体らしき部分が所々、現れ始めている。
「そのまま、動かないでっ! いま、そいつを叩き潰すっ」
「──おっほ。おじざまに、おねがいざれじゃっだ。いいでずよ、はやぐ、ぎで……」
明らかに様子のおかしいトリなんとかさん。限界が近そうだ。
これは急がねばと、俺は自分のエキストラマンの仮面が外れる可能性もかえりみず、渾身の振り下ろしを、放つ。
そこへちょうど、トリなんとかさんのさば折りから、タッちゃんの肉体に寄生していたと思わしき中身が、ひねり出されるように飛び出してくる。
それは頭部が三つある蛇のようなモンスターだった。
「つぶせっ、錆丸っ!」
俺の声に呼応するかのように、錆丸が巨大化する。
三頭の蛇を完全に凌駕するサイズへと膨らみきった錆丸を、俺は力いっぱい、そいつへと叩きつけたのだった。