第75話 配信者様
「うげっ」
撮影ドローンを目の当たりにして、俺は思わず変な声が出てしまう。
これは完全に想定外だった。俺は慌てて手で顔を隠すと、急いで、前に買ったエキストラマンの仮面を取り出して、顔にかぶる。
「ちゃおちゃおー。おじさんが、撲殺おじさんだねー。やっぱり、こうなったかー」
モンスターの横に仲良く並んで立っている人物が、気さくな様子で話しかけてくる。そのダンジョン配信者特有のノリが鼻につく。
「あれは、そんな──、まさか?」
「──エミリーさん、あれ、知ってるの?」
「はい。まず、あのモンスターは、徘徊型エリアボス、特別個体の三体目です」
そこで、一度息をためるエミリーさん。声の感じからすると、口にするのを悩んだ様子で、しかしおずおずと続きを伝えてくれる。
「それで、そのとなりは、有名な探索ニュース動画チャンネルの、配信者です。配信者名は──」
「タッちゃんでーす。ちゃおちゃおー。よろしくね。こっちはツクヨカニちゃんだよ。で、そちらはダンジョン管理機構の方かなー。姿は見えないけど。邪田乃鏡も貸与されたっぽいね。ね、ね、それ、元々は僕たちのなんだよ? 返してくれないかなー」
ポンポンと、隣に立つ真っ青な巨大な蟹のモンスターを叩きながら、邪田乃鏡を渡せと要求してくる、タッちゃんと名乗った人物。
一見すると、人間の女性配信者にしか見えない。
しかし、俺にはタッちゃんが、並々ならない実力者なのだとわかる。
というのも、何だかとても、殴りがいがありそうに見えるのだ。これまで俺が相対した中でも、トップクラスの殴りがいがありそうな相手。
それは不思議な感覚だった。しかし錆丸も俺の興奮に呼応するかのように震えているので、この感覚は間違っていないはずだ。
「で、タッちゃんとか言うそちらの配信者様は、敵ってことでいいのかな?」
俺は相手が何かとかよりも、殴ってもいい相手なのかが知りたくて、訊いてみる。
「いいよー。それにしてもさ、撲殺おじさんってさー。そんなに同族に顔が見られるのが嫌なの? ビビリなの?」
俺の質問に、煽り返してくるタッちゃん。
「まあ、少なくとも目の前の君よりは、そのカメラの向こうにいるだろう無数の人間の方が怖いね、俺は」
「へぇー。でもさ、どうせここで僕に殺されちゃうんだよ? せっかく生配信してあげてるからさ、死に顔ぐらい晒しといたら? どうせ死ぬんだし、その後のことなんて、怖くないんじゃなーい?」
「残念だけど、俺は生き残る気なんでね。顔出しは遠慮したいなっ。済まないけど、ツクヨカニの方は任せた!」
最後は橘さんたちに告げて、俺は一歩踏み込む。
全力で踏み込んだそれが、俺の体を急加速させる。そのまま錆丸を大きく振りかぶる。
俺は目の前の敵に、全力の叩きつけを放った。




