第70話 移動開始
「おはようございます、思水さん」
俺が一眠りして用意された食事を食べていると、エミリーさんが橘さんを連れてやってくる。
もう一人、女性のエージェントの方がその後ろにいた。見た記憶がある。
──たしか、邪田之鏡をエミリーさんが使っていた時に隣にいた人だっけ。
「こちらは管理機構エージェントの巫烙印民子です。彼女も同行させる予定です」
「山門思水です。よろしくお願いいたします」
「巫烙印です。先ほどの戦闘、素晴らしいものを見させていただきました。感動しました」
俺の手をとり、泣きながら感動を伝えてくる巫烙印さん。整った顔立ちで、ポロポロと涙だけが垂れているので、なんだか不思議だ。
そして、鍛えられたことのわかる引き締まった体からくりだされる、ジェスチャーがいちいち大きい。
たぶん、そういう人なのだろう。
「何か予定に変更でも?」
「はい。実は各地のダンジョンからモンスターが溢れ始めておりまして、それらがこちらへと向かってきていると報告が入りました。思水さんはバイクの免許は?」
「車だけです。バイクは、乗ったことはないですね」
「わかりました。バイクは、管理機構にて用意しましたので、私とこちらのたみちゃんが運転させていただきます」
「あー。よろしくお願いいたします」
どうやらバイクの二人乗り二台で向かうようだ。確かにこの混乱で道路が塞がっているところもあるだろうから、車よりは速いのだろう。
こうして俺は始めてバイクの二人乗りというのを体験することになった。
◇◆
「け、結構ぅ、速いですね……」
「何かいいましたかー。もっと、しっかり掴まっていいですよー」
「はい……」
俺は遠慮がちに巫烙印さんの腰に回した腕に、少しだけ力をこめて体を寄せる。
戦力バランス的に、俺と巫烙印さん、エミリーさんと橘さんの組み合わせでバイクに乗っていた。
ちらりと振り返ると、後ろに橘さんたちがついてきているのが見える。
「しっかり体を寄せて、体重移動を合わせてくださいー。少し、荒れてきましたー」
よそ見をしていたのがバレバレだったのか、巫烙印さんから注意が入る。
「わかりました」
確かに周囲には遺棄されたと思われる車が散乱し、道も穴だらけだ。
それをすり抜けるようにバイクが左右に激しく進路をかえて走り抜けていく。
俺は言われた通り、前屈みの姿勢で、しっかりと巫烙印さんの背中に体を寄せる。
巫烙印さんの全身の筋肉の躍動が、じかに伝わってくる。それを感じながら、俺も合わせるようにして体を動かしていく。
こんなときだが、なかなか気恥ずかしい。
「モンスターですー。山門さん、お願いします」
「ああ、わかった」
進行方向にモンスターの姿が現れて、俺は逆にほっとしてしまう。
巫烙印さんの体の動きに神経を集中させているより、錆丸を太く長くして、通りすぎながらモンスターを叩いている方がだいぶ気楽だった。
スルーすると、橘さん達の運転の邪魔になりそうなモンスターを優先して叩いていく。
──ああ、癒されるわ……。叩きがいはあまりないけど、数がいるのはいいな。
バイクの後ろに乗ったまま、俺は撲殺を楽しむのだった。




