第67話 side 田中幸子 3
鬼の腰巻きの香りをまとい、ゲロリーナお嬢様としておバズりしてしまった田中幸子26歳。
彼女はあの一連の出来事以来、穢之島ダンジョンを訪れる度に、数多の好奇の視線と撮影ドローンにさらされていた。
あまりに悲惨なバズり方をしてしまった幸子ではあったが、それでも長年ダンジョン配信を続けてきたことによって培われていた彼女の根性だけは本物だった。
お嬢様キャラとしてのペルソナだけを頼りに、さらされる好奇の視線と、謂れのない誹謗中傷をすべて呑み込むように受け止め、逆にこのチャンスでビッグになろうと精力的に配信者としての活動に打ち込み始めた幸子。
ただ、残念なことに、その根性が本物なのと同じくらい、幸子の配信センスの無さも本物だった。
せっかく炎上して集まった注目を、幸子はまったく上手く活かすことが出来ないでいた。
そうして何とか配信界隈で這い上がろうしようとする度に、裏目裏目に出る幸子の配信活動。
結局、炎上が落ち着く頃には、ただただ悪評だけが、幸子に残されていた。
それでも諦めることをしない幸子は、血を吐く思いで今日も穢之島ダンジョンを訪れていた。
「私がおバズりするためには、貴方が必要なんです。ああ、愛しのおじさま。おじさまは今、どこにいらっしゃるのですか。カトリーナお嬢様の運命のお方よ……」
撮影ドローンを飛ばすことも忘れ、ただダンジョンの壁に向かってぶつぶつとお嬢様としての台詞を呟くのが最近の幸子の日課だった。
もちろん、ユニークスキルであるマイスイートダーリンは常時発動していた。もちろんそれは、山門思水の匂いを全身全霊をもってして渇望しているから。
今日も今日とて、そうやってぶつぶつとダンジョンの壁に独り言を呟きながら、ユニークスキルを発動していた時だった。
その瞬間、いくつかの奇跡が重なった。
幸子のユニークスキル、マイスイートダーリン《絶対嗅覚記憶》は記憶した匂いを、例え嗅ぐことの出来ないほど距離が離れていても、ある程度の精度で追跡出来るスキルだった。
それは匂い分子の存在自体を、スキルがどこにあるか幸子に教えてくれるから。
もちろん、スキルなのでダンジョンの中でのみ有効であり、幸子と思水が同じダンジョンにいる必要がある。
そしてこの時、ちょうど国内全域で魔族の手によるダンジョンの領域拡大が起きることとなった。
そう、思水のいる管理機構支部近郊の場所と、幸子のいる穢之島ダンジョンが、拡大したダンジョンの領域により、繋がったのだ。
幸子にとっては、とても幸運なことに。
その瞬間、待望のキャンセル撲殺おじさまの匂い分子の存在を、ユニークスキルが幸子に告げることとなる。
その感覚に電流が走ったように体を震わせる幸子。
「お、お、おバズりが──おバズりが、きますわっ! 北ですわっ!」
突然の幸子のそんな絶叫が、穢之島ダンジョンに響き渡ることとなった。




